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八話:怒りは期待を下回った時に生まれる

妖怪君が苦しい時に「助けてくれ」と懇願してきた。

深夜だった。



礼節としてどうなのかと思うだろうが、

ボクは生活リズムが不規則な人間なので、その要素は『x-y』でマイナスにはならない。


その後妖怪君は何度も「ありがとう、ありがとう」と感謝をつぶやいた後、愚痴を語る。


それに付き合う。

なんの生産性のない意味のない時間だ。



そして、それを妖怪君もわかっている。


"妖怪君もわかっている"というのが肝だ。



だからお金を払うと申し出る。

今度会った時はいっぱいいっぱいご馳走すると申し出る。

さらにしつこいぐらい感謝を伝える。

それ以外にも会話の節々の所作に、こちらに無礼がないように妖怪君は気を遣う。



愚痴の内容も、一人称ではあるので割引は必要だが、

心の底から同情するような、可哀想な仕打ちを受けている。


強者として生まれたボクは、その弱い妖怪君に寄り添いたい。

9時間近く愚痴を聞かされた事もあった。


常識じゃない。

考えられない。


考えられないほど迷惑をかけたと、妖怪君も自覚してくれている。


それほどまでに弱っていて、感謝の言葉を連ねる。


そのなんの生産性もない意味のない時間、

ボクが『x-y』をする時、数字はプラスに転じる。



「妖怪君が喜んでくれてよかった」



それでいてお金もくれて今度いっぱいご馳走してくれるんだ。

もうプラスは計り知れない。

それに妖怪君も喜んでくれた。これもかけがえのないプラスだ。




――ある日、その時が起きた。



■妖怪が、ボクを生贄に差し出した。


自分が攻撃されない土台を作り、

バーテンダー様へ忠誠を誓う儀式へと、ボクを生贄に差し出した。


あんなに感謝を述べていた妖怪君が、

ボクを生贄に出したのだ。



「お前もおねだりして金もらってきたやろ」



――ショックだった。



ボクを知っている人は皆、ボクの我儘や傲慢さを知っている。

だからその場ではそれは刺さらない。

周囲にボクの、ボク達の知り合いが居れば「なに言っているんだ?」と怪訝にされる。



ただし、初対面のバーテンダー様は違う。

「そうなのか、こいつは媚びへつらう卑怯者なのか」


と正義の椅子取りゲームに二人が座り、ボク立たされた。



――もし、

もしもだ。



それが妖怪君にとって憧れの兄弟。

職場で良い顔をしたい取引先。

ずっと好きだった恋人。

あるいは理想の上司にゴマすり用として差し出されたどうだろう?



ボクは――呑んだだろう。


その生贄手法が通用するかはさておき、

なんならもっと効果的な提案で妖怪君の顔を立てるために全力で取り繕う。



しかし、バーテンダー様だ。


今日、初めて会った相手。

名前も知らない相手。



一目惚れをするような、そんな全てをなげうつロマンティックな展開ではない。

ただ、賛辞が欲しい。

つい、攻撃した。



"つい"、攻撃したんだ。


そのためにあれだけ感謝を述べていたボクを貶めるウソを付き、

そのウソを正当化するためにウソにウソを重ね、

指摘されそうになると逃げ、首根っこを掴まれそうになると

「まだ言うん? しつこいけど。場を壊すぞ」

と言いたげな顔。



従来と同じ手法だ。


被害者ポジションの椅子取りゲームが絶大上手い卑怯者。

立たされた生贄を数で蹂躙するいつもの捕食方法。


『正義は我に有り』


ショックだった。

本当に……ショックだった。



この人生で妖怪君に付き合ってきた時間。


色んな話を聞いた。

色んな愚痴を聞かされた。

内容が増え、どんどん好きのプラス値が高まる。

幸せになってほしいなあとどんどん大きくなる。

頑張ってるなあ。苦労しているなあ。羽ばたいてほしいなあ。


その時まで、そうだった。



"全ての時間が無駄だと理解した"



妖怪君のX-Yの答えは、初対面のバーテンダー以下。

それがボクの評価だ。



もしかしたら主語が『初対面のバーテンダー以下』というのは少し違うのかもしれない。



『つい攻撃したい』

『今この瞬間矜持を褒めて欲しい』


でもまあ……ボクからすれば同じ。


この妖怪君に付き合った10年以上の時間は、

なんの価値もなかったんだ。



余談だが、面白いのは妖怪は攻撃する時、毎回トイレに行く。

別の妖怪もそうだった。


反論されると分が悪いと理解、あるいは本能で知っているのかもしれない。


戻った後に振り返れば「まだその話するん?」と場を壊す事を脅迫する椅子取りゲームの王者だ。


一度飲み込めば最後。


数でスクラムを組まれ、妖怪君にバリバリ食べられてしまう。



――なんでボクを攻撃するんだろう。


ショックな要素は、もう一つある。

妖怪君は頭がよかったはず。


ボクから見ればもちろん浅はかだが、

それでも従来の妖怪の中ではよく出来た方だと評価していた。



だから、そんな事もわからないのかとショックだった。


ボクがそれを――オレがそれを許すとでも思ってんのかてめえ??

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