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精霊樹の眠る場所で、君を想う  作者: 星谷明里
最終章 眠る精霊樹
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第三十五話 明かされた真実

⚠ 本話は最終話直前の重要な展開やネタバレを含みます。

初めての方や、まだ序盤から読まれる方はご注意ください。



* * *



✧ 初めての方へ ✧


まずはプロローグからお読みいただけます。


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挿絵(By みてみん)





 フィリアを庇って、魔物の蔓に左胸を貫かれたテオドール。

 だが、その神官服の胸は白いままで、血の一滴も流れてはいなかった。


「テオ……大丈夫、なの……?」

 

 呟かれたフィリアの声に、テオドールが瞼を伏せて微笑む。


 (……テオは、精霊樹の──)


「フィリア、私は……──っ」


 左胸を貫いている黒い蔓が、背中からズルリと引き抜かれた。

 苦痛に耐えるような表情をわずかに見せると、テオドールは薄く微笑んでみせた。


「テオ──!」


 だが、蔓が抜かれたその穴から零れたのは、血ではなく──


「え……」


 ざぁ……と精霊樹の葉を揺らす凍えるような風に、ふわりと茶色の粒子が舞う。


(──土……? ……どうして……)


 大きく見開かれた翡翠の瞳が、大きく揺れている。

 蔓が抜かれたテオドールの左胸には、指が数本入るほどの空洞が空いていた。そこから、細かな土がさらさらと零れ落ちている。


『お前、何故生きて……その身体は、まさか──』


 黒い葉をざわめかせ、異形の影が立ち尽くしている。赤い瞳がテオドールの傷を食い入るように見つめていた。


『お前も、私と同じ……いや、違うな……』


 震える低い声に、ゆっくりとテオドールが振り返る。


『お前には、名がある……私には、名さえ付けられなかった……』


 憎悪に震える声が、精霊樹の葉を震わせる。黒ずんだ葉から覗く赤い瞳が、テオドールを睨みつける。

 テオドールは杖を握り、静かに立ち上がった。


『私も、お前のように美しく造られてさえいれば……!』


 叫んだ魔物が、再び蔓を伸ばし襲いかかる。

 伸ばされたいくつもの蔓が、風を纏うテオドールの杖に断ち切られていく。


「同じですよ……私も、“失敗作”と呼ばれる神殿の捨て駒だ」


 淡々と告げるテオドール。


 ──『何だ……結局お前も“失敗作”だったとはな……』


 脳裏に、冷たい瞳でそう吐き捨てた司祭の声が響く。


 目の前の『世界を滅ぼす』と言った魔物も、自分も、神殿に造られた同じ存在ホムンクルス──


 テオドールの杖を握る手は、震えるほどに力が籠っていた。


* * *


 黒い蔓が何重にも伸び、テオドールを覆うかのように押し寄せる。

 テオドールは風を纏わせた杖で黒い蔓を切り裂き、杖の石突で地を叩いて光を纏わせて魔物を弾き飛ばす。

 だが、断ち切ったはずの蔓はすぐに再生し、何度も彼を飲み込もうと迫る。


(テオ……!)


 終わらない攻撃に、テオドールの息が荒くなり、手元が震える。それでも彼は一歩も退かず、渾身の力で蔓を薙ぎ払い続ける。


『美しく造られたお前にはわからない……捨てられた、この気持ちは……!』


 押し寄せる黒い蔓を斬り裂きながらも、テオドールの腕は重く、杖を握る手が震えていた。視界の端が滲み、呼吸が荒くなっていく。

 それでも後退することはできない。背後にはフィリアがいる──その一心だけで、彼はなお一歩を踏み出した。


(だめ……このままじゃ、テオが……!)


 フィリアは声を出そうとしたが、掠れた小さな声が震えるだけで言葉にならない。


 叫びたい。駆け寄りたい。けれど、喉は凍りつき、足は地に縫い付けられたように動かなかった。

 ただ目の前で削られていくテオドールの姿を見ているしかない自分が、あまりにも無力で、悔しくて──。何もできない現実に、涙が溢れた。


『いくら美しく造られても、所詮お前は──土くれに命を吹き込まれただけの人形だ……!』


 魔物の叫びと共に、蔓が奔流のようにテオドールに押し寄せる。


『消えろ……神殿の土人形(ホムンクルス)……!』

「──これで、終わりです!」


 両手で杖を握るテオドールの体を、淡い緑色の光が包んだ。風と光を重ねた術を全力で杖に纏わせ、黒い影へと真っ向から突き込む。

 

 渾身の一撃が、黒い異形の胸を貫いた。

 だが同時に、鋭い蔓がテオドールの脇腹を深く抉る。


「くっ……!」

「テオ──!」


 両者の身体が崩れ落ちる。

 声も上げずに精霊樹の根元に倒れ伏した魔物は、淡い緑の光に包まれていた。

 その赤い目の光は色をなくし、黒ずんだ葉が淡い緑色の粒子となり、冷たい風に吹かれて消えていく。


 精霊の森は、再び静寂を取り戻した。


 そのとき、眠っていたように静かだった精霊樹が、かすかに輝きを取り戻し始めた──


* * *


「テオ……!」


 精霊樹の根元に崩れ落ちたテオドールに、フィリアが駆け寄った。


「テオ、大丈夫なの!?」

「フィリア、申し訳ありません……」


 困ったように微笑むテオドールは、全身傷だらけだった。神官の装束のいたる所が引き裂かれていて、その傷口からは、血ではなく細かな土が少しずつ零れ落ちている。


「テオ……テオ、どうしたら、良いの……?」


 「わたしのせいで、ごめんなさい……」と泣きじゃくるフィリアに、テオドールは微笑んだ。


「フィリアは何も悪くありません……この体は、もう長くはなかった……」


「大切なあなたを守ることができて、本当に良かったです……」と微笑んで、テオドールはフィリアの手をそっと握る。


「……隠していて、すみません……私も、人造人間(ホムンクルス)なんです……ここの、精霊樹の土から、造られた……」


 悲しげに微笑んだテオドールに、フィリアは泣きながら首を振った。


「……この話は、神殿には……いえ、決して、誰にも言わないでください……フィリア、約束してほしいんです」


 ──もしフィリアが口にすれば、神殿が彼女に何をするか……。


 真剣なテオドールの眼差しに、フィリアは涙を浮かべて頷いた。


 ふたりの上に、淡い光を纏う葉がひとひら舞い落ちる。

 その葉も幹も黒ずんでいたはずの精霊樹は、元の清らかな姿を取り戻し、優しい光を放ち始めていた。


 フィリアは震える手で、握られたその手の温もりを強く握り返した。

 まだ失われていない彼の温かさが、凍えかけていた彼女の心を繋ぎ止めていた。


 淡い光は枝葉へ、そして森全体へと広がっていく。

 凍りついていた大地に、ひとひらの花が芽吹いた──

──溢れる涙と重なる想い、その先に待つのは……。


第三十六話「精霊樹の眠る場所で、君を想う」

物語は、静かに結末を迎える。

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