第二十二話 芽吹いた命
※ 今回は長めのお話です
街中から街の外れの荒れた畑まで──できる限り足を運んで確かめたのち、フィリアたちはふたたびテルミナの広場へと戻ってきた。
綺麗に円を描く石畳の真ん中には、波打つ長い髪の女性像。
その腕に抱えられた小麦は石でありながら瑞々しさを宿していたはずなのに、今は粉をふき、微笑みもどこか遠い。
像の周囲に整えられた土は、草一本生えず、枯草だけが風に転がっていく。
今朝方襲いかかってきた広場を囲む枯れ木たちは、陽射しを受けても影のように沈んでいた。
『……テルミナの気配、やっぱりほとんど感じられないわ』
フィリアの肩で囁いたクロリスは、ひとつ息を詰めると、ふわりと宙へ舞い上がって美しい精霊の姿へと変わった。
薄紫の翅を震わせ、彼女は彫像の足元に膝をつく。その両手をひび割れた大地へ押し当てると、目を閉じ、耳を澄ますように土の奥へと意識を沈めていった。
『……やっぱり、今朝襲ってきた黒いものが地脈に絡みついて、流れを塞いでる。それに、ここに棲む小さな精霊たちの声が……全く聴こえない』
クロリスの横顔は険しい。フィリアは胸の前で指を組み、静かに頷いた。
「わたしたちだけでは、助けられないわ……。クロリス、協力をお願いしてもいい?」
『もちろん……呼びましょう、皆を』
フィリアとクロリスは顔を見合わせると、石畳に膝をついて掌をひらき、静かに目を閉じた。
フィリアは、ひとつずつ灯をともすように、敬愛する名を呼ぶ。
「──シルヴィア様……わたし、フィリアです。グラーデの森の大樹の精霊様……どうかお力を貸してください」
「ネレイダの美しい泉のエルヴィーラ様……どうか水の恵みの力を貸してください……」
「炎を纏い森を守るカレナ様……お願いします、あの黒く禍々しいものを焼いてください……」
フィリアは、祈るように囁いた。
その切実な声に応えるように、広場の空気が、かすかに震える。
最初に訪れたのは、木々の穏やかな匂いだった。風もないのに、どこからともなく若葉の香りが満ちる。
石畳に落ちる光が柔らかく揺らぎ、彫像の影が淡い緑に染まる。フィリアがそっと目を開けると、そこに長い銀色の髪を靡かせる女性が立っていた。
『……よく呼んでくれましたね、フィリア』
慈愛に満ちた微笑みを浮かべる、グラーデ森の大樹の精霊──シルヴィア。
纏う衣の裾は風もないのに揺らぎ、瞳は深い森のように静かだった。
彼女が軽く手をかざすと、ひび割れた石畳のすきまから、ぽつりと小さな芽が顔を出して、すぐに萎れてしまった。この大地の乾きが、それほど深いというしるしだった。
次に、石畳に涼やかな水の波紋が走った。地面に薄い水の輪がひろがり、そこから一輪の睡蓮のように美しい女性が立ち上がる。長い水のヴェールを引き、儚い微笑みを浮かべたのは水の精霊エルヴィーラだった。
『フィリア、間に合って良かった……水脈の歌が、この地でも途切れているのが聴こえます……』
最後に、広場の空気がぱちりと弾けた。
乾いた広場の石畳に紅い光が滲む。そこから生まれた炎が赤い花のように開き、その中心から褐色の肌に赤い髪の女性が姿を現す。黒の角飾りが凛として、フィリアを見つめる口元にはかすかな笑みを浮かべている。
『フィリア、よく呼んでくれたな……ここにも、あの不愉快な匂いがする……任せろ、すぐに片付ける』
カレナは少し俯くと、地中の方へと鋭い視線を送った。
花と植物の精霊クロリスも合わせて四柱が揃った瞬間、広場を包む空気が変わる。フィリアは深く頭を垂れた。
「来てくださって、ありがとうございます……! この地を救いたいんです。人々は苦しみ、テルミナ様も、精霊たちも、消えかけています……どうかお力を貸してください!」
シルヴィアは掌を胸に重ね、エルヴィーラは瞳を細め、カレナは目を伏せて──それぞれ頷いた。
クロリスはフィリアの手をしっかりと握った。
『皆、力を合わせましょう──』
シルヴィアの声にクロリスが立ち上がると、四柱の気配が広場の円に沿って流れ、ひとつの輪を描いた。テオドールは守るようにフィリアの前に立ち、長い杖を軽く持ち替える。彼の足元で、目に見えない風が低く唸った。
「私は、煙や塵を街へ流さぬよう風を操ります。フィリア様は前へ出ないでください……」
フィリアは頷き、四柱を改めて見つめた。
そして、その向こうに佇む彫像に視線を移した。重ねた両手を胸に当て、祈りの言葉を紡ぐ。
「──大地の精霊、テルミナ様……わたしは、あなたの民。あなたの大地を愛し、あなたの実りを尊ぶ者です……どうか、どうか……この声が、あなたに届きますように……」
フィリアの声に、石畳の奥深くで微かな応えが震えた。そして、その上で何かが蠢く気配も──
とたんに、カレナの唇が弓なりに吊り上がる。
『まずは掃除からだ』
カレナが腕を振るうと、その手に鮮やかな炎が咲いた。そのまま手のひらを大地へと付けると、地の底からしゅう……とかすかな音が聴こえ始める。だが、纏う炎は不思議と熱を放ってはいなかった。
「フィリア様、私に掴まってください!」
テオドールが言うのと同時に、広場の石畳の一部が隆起する。
(地面の下を、動いてる……!)
地面の下を、何かがのた打ち回るように蠢いているのが感じられた。
『逃がさん……!』
カレナの赤褐色の瞳が紅蓮に燃えた。両手を地に付けると更に力を注ぐ。
大地のひび割れから、墨のように滲む黒い煙が立ち昇り始めた。
テオドールが風の壁を広場の外周へと立ち上げ、立ちのぼる煙を高く高く押し上げていく。その黒い煙は揺らぎながら澄んだ空へと昇っていく。
次に、カレナは指先で弧を描き、枯れ木の根元のひび割れへと炎の流れを送り込む。ぼっ、と小さな爆ぜる音。地面のひびの奥で、黒いものが身をよじって逃げる。
『逃げられないわよ』
クロリスが地へ両手をあてる。彼女の手のひらから、糸のように細い根が何本も伸びた。根はひびの中へと潜り込み、迷わずに黒いものを追う。その感触をたどって、クロリスは目を細め、短く告げた。
『ここ、そして──そっち』
クロリスの言葉にカレナが頷く。
カレナの紅蓮の炎は根の先端を伝うように地へと潜り、黒いもののある地点で一斉に咲いた。
地面の下で、くぐもった悲鳴のような絶叫が大きく弾ける。
地面が揺れ、テオドールがその波動と同時に風を打ち下ろし、ひびから溢れ出た煤を上空へと流す。
(どうか、上手く言って……!)
フィリアが組んだ手を握りしめたその時、ひびから棘を纏う黒い蔓が蛇のように躍り出た。
煤に紛れて現れたそれは、あがくようにうねり、向かう先はフィリアの足もと──
『──させません!』
シルヴィアがその腕を地へと振るう。
崩れた石畳の隙間からしなやかな若枝がいくつも伸び、蠢く黒い蔓を絡め取った。
若枝は黒い棘に薄皮を裂かれながらも、逃がすまいときつく締め上げる。その結び目の内へ、カレナの炎が走る。
黒い蔓はぱちりと音を立て、煤となってほどけていく──墨のように滲むそれは、天へ昇ることもできず、宙へと霧散した。
もう、黒く禍々しい気配はどこにもなかった。
『やったな……』
勝ち誇った顔で笑うカレナに、エルヴィーラが淡く微笑む。
『次は、私の番ですね……』
エルヴィーラの纏う衣の裾が清らかな水になってあたりに広がった。
その指先から、透明な糸がいくつも流れ出し、ひび割れた大地へと染み込んでいく。
干上がった土にわずかな潤いが宿り、土の奥で眠っていた何かが息を吹き返したように脈動した。
『水脈の歌、かすかに聴こえてきました……でも、まだ滞りがあるようです……』
『任せろ』
カレナが両手を広げる。
どす黒く染まっていた土が、内側から紅い光に温められていく。その炎は土を焼き尽くすのではなく、硬く冷え切った塊をほぐすように、深いところからやさしく耕した。
地中から温かな波動が感じられ、眠っていた大地が目覚める──
フィリアは全身で大地の息を感じた。地脈を覆っていた硬い殻が砕け、道が開く。
『シルヴィア様、お願いします!』
クロリスが声を上げ、両手を差し出した。シルヴィアがその手を重ねると、二人の掌から溢れる新緑に輝く光が、温められた土にするすると浸み込んだ。
大地を走るひびの縁から、小さな芽がいくつもいくつも立ち上がる。最初は震えるほどに儚く、しかし瞬きをする間に、葉を開き、茎を伸ばし、土の皮膚を押し上げていく。
そして、広場を囲む枯れ木の根元が淡い光に包まれた。傷付き黒ずんだ幹に薄い色が戻りはじめる。
脈動するように地中から水を吸い上げ、乾いた年輪がしっとりと潤う。ひと枝、ふた枝──色を取り戻した茶色い枝の先に、ぽつりと若葉の粒が灯った。
(……生き返った……良かった……)
フィリアの瞳が滲んだ。胸の前で組んだ手に、思わず力がこもる。
エルヴィーラは、水の輪を纏ったまま一歩踏み出した。天を仰ぎ、その細い腕でゆるやかに弧を描く。
青白い光が彼女の指先から放たれ、ミルディナの上空に澄んだ泉が開いた。
『この地に雨を降らせます──優しい、癒しの雫を……』
それは、最初は塵を静める程度の霧だった。やがて霧は粒を増し、糸を束ねて、柔らかな雨へと変わっていく。
乾いた大地が音もなく水を呑み、ひびの隙間の土からは小さな泡がいくつも弾けた。
大地の匂いが変わっていく。苦しげな籠もった匂いから、植物を慈しみ育てる温かな匂いへ──
ミルディナの上空には、人々の祈りが天に通じたかのように、美しい虹が架かっていた。
フィリアが安堵の表情を浮かべて、強く組んでいた手をそっと下ろす。テオドールも杖を降ろすと、広場を覆っていた風が静かに止んだ。
黒い煙も塵も、もうどこにもなく、その地に降るものはただ清らかな水だけになった。
「良かった……」
フィリアがそう呟いた瞬間、広場の周囲で歓声が上がる。いつの間にか、広場の周りには人々が集まっていたのだ。
降り注ぐ柔らかな雨に子どもたちが目を輝かせ、使用人の少女が胸に抱いた弟を抱きしめて涙ぐむ。
両手を合わせ、感謝や祈りの言葉を中空へ投げる者。町長は雨に濡れた石畳に膝をつき、震える声で感謝の言葉を繰り返している。
広場から街の外へ視線を移すと、広大な畑にも変化が走っていた。ひび割れた大地は消え失せ、いたる所で淡い芽が顔を出し、その茎を伸ばし、やがてそれは風を纏う波となった。
黄金の季節を失った大地で、瑞々しい若い葉が風にさざめき、畦の草が笑う。遠くでは、枯れたはずの木がひとつ、二つと葉をつけていく──
『……もう、大丈夫ですね』
シルヴィアが微笑む。エルヴィーラは優しく頷き、クロリスはほっと肩を落とし、カレナは短く息を吐いた。
『この地の精霊たちも、少しずつ力を取り戻すはずです』
微笑むエルヴィーラの隣で、カレナもミルディナの大地を見つめている。
『まったく……あの黒いもの、思い出すだけで腹が立つ。二度と顔を見せないでほしい……』
そう言いつつも、カレナの横顔には満足げな色が宿っている。
フィリアは四柱ひとりひとりに向き直り、深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました……皆さんのおかげで、この地が救われました……」
『お礼を言うべきは私たちの方ですよ』
エルヴィーラがそっと微笑む。
『精霊たちのために、心を砕いてくれるその優しい心──どうか、これからも忘れないでくださいね』
彼女の足元に淡い水の輪が生まれ、透明な柱が立ちのぼる。きらめく滴が流れ落ち、エルヴィーラの姿はその中へほどけるように消えた。
『フィリア、よく頑張っていますね』
シルヴィアは慈しむように近づき、フィリアの頭をやわらかく撫でた。
『グラーデの森から、わたくしはいつでも見守っていますよ。──クロリス、この子を頼みましたよ』
『はい、任せてください』
クロリスが微笑んで強く頷いた。
シルヴィアは安らかな笑みを残して、森の香りをかすかに残して姿を消した。
『わたしはお前たちに救われた。……また、困ったときは呼ぶといい』
カレナは炎の衣を翻し、最後に視線だけでフィリアへ『よくやった』と告げるように頷く。
その炎を纏う輪郭は赤い花弁のように散り、あたたかな熱だけがかすかに残った。
三柱が姿を消した広場に、再び静けさが戻る。けれど、それはもう先ほどまでの重たい沈黙ではない。雨上がりの匂いを含んだ、やわらかな余韻だ。
「……ありがとうございました」
フィリアが小さく呟いたとき──
テルミナの像の足元に、淡い影が降りた。女神の肩から落ちた光が、ふわりと人の形に集まっていく。長い髪が黄金のように輝き、瞳は深い土の色。
『──よく来てくれましたね、精霊師』
その声に振り返ったフィリアははっと息を呑み、慌てて膝をついた。
妖精に戻ったクロリスも隣で深く頭を下げる。
テルミナ──この地を護る大いなる精霊が、やわらかに微笑んだ。
『おかげで、この地も、私も救われました……助けてくれた精霊たちにも礼をしなくては……』
テルミナはそう言って、優雅に微笑んだ。
『……あなたの香り、少し懐かしく感じます。昔、この町に来た女性に似ている……たしか……“オリーブ”と呼ばれていましたね……』
(おばあちゃん……!)
その名を聞いて、胸が熱くなる。フィリアは唇を噛み、しかし顔を上げた。
「それは、わたしの祖母のことだと思います……三年程前に亡くなりましたが……」
テルミナは一瞬目を伏せた。長い睫毛の影が土の色に翳る。
『そう……精霊と違って、人の命は儚いもの……だからこそ尊く、煌めくのでしょうね……』
テルミナの言葉に、フィリアの瞳が滲んだ。頬を伝う涙の温もりを、秋の風がそっと攫っていく。
その様子を見ていたテオドールの瞳には、翳りが差している。握られた拳は、わずかに震えていた。
ふと、テルミナの視線が横へ流れた。テオドールをまっすぐに見つめる。
『……あなた……精霊樹様の気配を、少し纏っているように感じます……』
その言葉に、フィリアの心臓がわずかに跳ねた。
テオドールは静かに瞬きをして、丁寧に頭を垂れる。
「……私は、精霊樹様を祀る神殿の神官ですので……」
テオドールは、穏やかな声でそう返した。
テルミナは短く『そう……』と呟き、彼を測るようにもう一度だけ視線を置いてから、ふっと笑んだ。
『いずれにせよ、あなた方の働きのおかげで、この大地はまた息を吹き返しました……心から感謝します』
フィリアたちに微笑みかけると、テルミナは広場を囲む人々へと視線を移す。
人々の目にテルミナは映っておらず、皆祈るようにテルミナの像を見つめている。
『これから……またこの地の民のために、力を尽くさねばなりませんね……』
憂いを帯びた瞳で、『早く、力を蓄えなくては……』と呟いたテルミナの輪郭が薄れ、像へと戻っていく。
抱えられた小麦は以前より瑞々しく見え、女神の微笑みに、温かさを感じられる気がした。
いつの間にか雨は止んで、空には美しい虹が残っている。
フィリアたちはゆっくりと振り返った。
その視線に気付き、広場の外から歓声がいっそう大きくなる。町長が涙を流しながら立ち上がり、声を張った。
「この地は……ミルディナは、救われた! 精霊師様、神官様──どうか、礼を言わせてください!」
町長の後ろに並ぶ人々が深く頭を下げる。
母親に抱かれた赤子が、雨上がりの匂いに嬉しそうに息を吸い込み、くすぐったそうに笑った。
フィリアは四柱が去った空間に向けて、深く、深く礼をした。
喉の奥が熱く、言葉はうまく出てこない。ただ、胸のなかで繰り返した──ありがとう。息を吹き返してくれて、ありがとう……と。
隣では、テオドールが静かに掌を見つめていた。風を操っていた彼の指先には、まだほんの少しだけ震えが残っている。それでも彼は、何事もないように外套を正し、フィリアの方へと振り向いた。
「……やりましたね、フィリア様」
「はい……!」
フィリアは零れた涙を拭って笑った。
クロリスが空へ舞い上がり、くるりとひと回りしてあたりに花片のような淡い光を散らす。
大地では、新しく芽吹いた緑が、雨を吸ってやわらかく香る。
ひび割れていた大地は湿り、盛り上がった亀裂の跡には、ちいさな白い花がいくつか開きはじめていた。どこからともなく、土の奥で眠っていた虫の声が帰ってくる。
涼やかな秋風が、広場と畑をいっせいに撫でた。さっと波が立つように、若い葉が揺れる。
人々の歓声と、芽吹いた命のさざめきが重なって、ひとつの歌のようだった。
フィリアはその響きを胸いっぱいに吸い込み、そっと目を閉じた。
(本当に、良かった……)
目を開けると、テルミナの像の横顔が、柔らかく微笑んでいる。
新しい季節へ向けて、この大地は息を吹き返したばかりだ。
風は乾きを脱ぎ、香りはやわらぎ、空は澄んで高い。その真ん中で、フィリアはもう一度、小さく頭を下げた。
──わたしは、必ず守る。あなたたちの声を、もう二度と失わせない……。
フィリアの翡翠色の瞳には、強い光が宿っていた。
* * *
「皆さん、すごく喜んでいましたね! 本当に、良かったです……」
わずかに涙を滲ませたフィリアが、雨上がりの街を見つめながら微笑んでいる。テオドールも優しい表情で頷いた。
泣きながら歓喜していたミルディナの人々は、テルミナの像とフィリアたちに向かって何度も頭を下げて、街へと戻って行った。
街の反対側では、数人の農夫が涙を拭いながら畑を歩いているのが見える。
「濡れてしまいましたね……風邪を引くといけません」
そう言ったテオドールが起こした風が、ふわりと濡れた体を包み込む。
「わ……暖かい……クレイさん、ありがとうございます」
『テオドールの風は気持ちいいわね』
クロリスと並んで嬉しそうに微笑んでいるフィリアを、柔らかな眼差しで見つめるテオドール。
「フィリア様、お疲れのはずです……町長の屋敷に戻って、休ませてもらいましょう」
そう言って、街の方を向くテオドール。
『フィリア? ……──フィリアっ!?』
クロリスの叫び声に、テオドールが視線を戻す──
「フィリア、様……?」
テオドールは、目の前に広がる光景を理解出来なかった。
雨上がりの石畳に、波打つ栗色の髪が冷たく張り付いている。
つい先程まで笑顔だったはずのその顔は、雪のように白くなり地面に伏せていた。
『フィリア、しっかりして!』
クロリスの叫びが反響する。
テオドールの杖が石畳に倒れ、その鈍い音が、広場の静寂に重く落ちた──
次回、第二十三話「揺らぐ光」
大地は蘇り、人々は歓喜に包まれた──しかしその瞬間、フィリアは力尽きて倒れてしまう。
目を閉じた彼女の心は、深い闇へと沈んでいく。
そこで聞こえる声は、果たして……。




