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精霊樹の眠る場所で、君を想う  作者: 星谷明里
第四章 豊穣の街ミルディナ ―枯れゆく大地と芽吹く命―
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第二十話 ひび割れた大地

 黄金色に輝く穀倉地帯──本来であれば豊かな実りの季節を迎えていたはずのその景色は、無惨な荒野だった。


 見渡すかぎり、ひび割れた大地が広がっている。

 収穫期を迎え、本来なら黄金の波が揺れるはずの畑は、枯草がまばらに残るだけ。乾いた風が吹き抜けるたび、粉じんが舞い上がり、空気までもがひび割れてしまいそうだった。


「……ここまで、酷いなんて……」


 思わず立ち止まったフィリアの肩で、クロリスが小さく身をすくめた。


『精霊の気配もほとんど感じられないわ……まるで、大地が眠っているみたい』


 彼女の言葉に、フィリアは胸を締めつけられる。黄金の大地と謳われた豊かな土地が、ほんの数か月でこれほど荒れるものだろうか。


 足を進めると、やがて視線を上げた先に煉瓦造りの街並みが現れた。赤茶の瓦屋根が連なるミルディナの街だ。

 街の入り口へと続く石畳の広場には、地の精霊テルミナを模した大きな彫像が立っていた。

 波打つ長い髪に、その腕には小麦の束を抱える豊穣を象徴する女神の姿は、今や乾いた風にさらされ、どこか痛ましく見える。


「これが……ミルディナの街……」


 フィリアの呟きに、テオドールが静かに頷いた。


* * *


 街の中もまた深刻さを隠しきれていなかった。

 市場の露店にはわずかな萎びた野菜や干し肉しか並んでおらず、人々はそれを分け合うように買い求めている。

 通りを歩く子どもたちもやつれた顔をしており、笑い声はほとんど聞こえない。


「……やっぱり、ここも」


 瞳を滲ませて小さく呟くフィリアに、クロリスがそっと寄り添った。


 通りの人々は、精霊師と聞いてフィリアたちにちらりと視線を向ける。だが声を掛けることもできず、ただ祈るように彼女の背を見送るだけだった。


* * *


 やがて一行は、町長の屋敷へと案内された。

 煉瓦造りの堂々たる屋敷だが、中に入れば人手が足りていないのか、広間の空気もどこか重い。


「遠路はるばるお越しくださり、ありがとうございます」


 初老の町長が深々と頭を下げた。目の下には濃い隈があり、その疲労は隠しようもない。


「来るのが遅くなってしまい、申し訳ありません……」


 フィリアが震える声でそう告げると、町長は深く息を吐いた。


「いえ……苦しんでいるのは他の土地も同じこと。精霊師様にお越しいただき、どれほど有り難いか……」


 力なく微笑んだ町長に、フィリアは唇を噛み締めた。


「お恥ずかしい限りです……本来なら豊穣の季節を迎えているはずが、ご覧の有様。作物の育ちが悪くなったことから始まり、何故か雨は何か月も降らず、井戸も枯れかけております……民は……この地は、日々の糧を失おうとしています」


 町長は拳を握りしめた。


「どうか……精霊師様、あなた様の力で、この地をお救いください……」


 縋るような切実な声に、フィリアは迷わず頷いた。


「はい……精霊たちの力を借りて、できる限りのことをいたします」


 その答えに町長は涙を浮かべ、何度も頷いた。


* * *


 その夜、屋敷の一室に通されたフィリアたち。

 用意された食卓には、小さなパンと薄いスープ、そして少量の豆が並ぶだけだった。


 給仕をしてくれた若い使用人の少女は、やつれた顔で深く頭を下げる。

 細い体に背負われた小さな弟らしき子どもが、空腹のせいかぐずりながら眠っていて、少女はその背をあやすように揺らしている。


「……これが精いっぱいなのです。このようなもてなししかできず……どうか、許してください」


 申し訳なさそうに言う町長に、フィリアは微笑んで首を振った。


「とても温かいおもてなしです……大変な中でお心遣いをいただき、本当にありがとうございます」


 フィリアの言葉に、少女は涙を堪えるように唇を噛みしめ、町長は深く頭を下げた。


 クロリスは、フィリアからもらったパンの欠片をちぎりながら、静かに呟いた。


『ここの人たちは皆、こんな状況で耐えているのね……』


 テオドールは無言でスープを口に運びつつ、ちらりとフィリアを見やった。

 俯いて食事をするフィリアの皿に、雫が一粒落ちてスープを揺らした。


(フィリア様……)


 涙を浮かべながら食事を口に運ぶ彼女の横顔には、強い決意の影が宿っていた。


* * *


 夜更け。

 窓辺に立つフィリアは、月明かりに照らされた大地を見下ろしていた。街を囲むようにひび割れた畑が広がる光景は、昼間と変わらず荒れ果てている。


(この地を……必ず、取り戻す……必ず……)


 小さく握られたフィリアの拳に、クロリスがそっと触れた。


『大丈夫よ、フィリア。わたしたちは一緒なんだから……』


 その言葉に、フィリアは小さく頷いた。

 振り返れば、テオドールが扉の近くに立ち、変わらぬ静かな眼差しを注いでいる。


「……明日は、街や畑を巡って、この干ばつの原因を探りましょう」

「はい……」


 返事をしたフィリアの胸には、不安と同じくらいの希望が灯っていた。

 けれどその小さな灯火は、ひび割れた大地に吹き荒ぶ乾いた風に、今にも掻き消されそうで──


 フィリアの眠れぬ夜は、静かに更けていった。

次回、第二十一話「嘆く枯れ木たち」


この地を救うため、枯れ果てた大地を巡る一行。

突如現れた魔物との戦いの中で、フィリアは初めて自分の心に芽生えた想いに気づく。

それは恐れか、温もりか──揺れる胸の鼓動が、彼女を新たな一歩へと導いていく。

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