プロローグ ―失われた精霊の声―
この物語は──
森に生きる精霊師の少女と、神殿に仕える謎めいた神官の青年の出会いから始まるロマンスファンタジーです。
ふたりは精霊に纏わる土地の異変に導かれ、旅を通して自分の心と向き合いながら成長し、“愛”を知る──切なくも温かい物語です。
⚠ この作品は、最終章で全ての謎が明かされます。
※ 表紙風のイメージイラストです。
──精霊たちの沈黙。
この異変の行く末に、一人の少女が巻き込まれることになるとは、まだ誰も知らなかった──
ある日を境に、精霊たちの声は神殿に届かなくなった。大地を渡る風は細く感じられ、川のせせらぎは遠く、森の木々はざわめきを潜めたように思える。
アルティシア大陸の中心にある精霊の森には、はるか昔から精霊と共に大地を見守ってきた聖なる大樹──精霊樹が静かに鎮座する。
しかし、その息吹も、神殿の祈りにはもう応えてはくれなかった。
* * *
精霊の森の南に位置する街アルセナ。その東の森に抱かれた古い神殿では、今日も神官たちが集まり、声を潜めて言葉を交わしていた。
「……精霊樹さまの気配が、あまりに薄い」
「各地の精霊とも、連絡が途絶えて久しい……ネレイダでは泉の水が枯れかけているとか……」
「もはや我らの祈りは、あの方々には届かぬのか……」
長く続いた信仰の根幹が、静かに崩れ始めていた。
不安に染まった空気の中、年老いた神官が低く呟いた。
「……風に聴いた噂だが、遠い大陸では古から続いた信仰が途絶えたらしい……」
「何でも、空から赤い星が落ちて──災いが広がったとか……」
その言葉に、場が一瞬だけ凍りつく。だがすぐに別の神官が口を挟む。
「……所詮、関わりのない遥か遠い地の話だろう」
「この大陸の精霊の沈黙と関係があるとも思えぬ」
落ち着こうとする声。しかしその瞳には、消えない翳りがあった。
やがて、一人が口を開く。
「西の果てに──未だ精霊の声を聴く娘がいると聞く」
「確か、その名は……フィリア」
その名が響いた刹那、閉ざされていたはずの精霊の気配が、ほんのわずかに揺れた。
「……もしや、あのグラーデの精霊師、オリーブ・フローレンスの孫か?」
「だが、異変の原因もわからぬ地に、少女ひとりを向かわせることなど……」
「随行するなら、神殿の者が望ましいが……長旅に耐えられる者は……」
沈黙の中、ひとりが顔を上げた。
「──『神の贈り物』がいる」
ざわりと空気が動く。
「確かに……あれなら適任かもしれんな」
こうして名が定められた二人の旅立ちを、この時、誰一人として重大だとは思わなかった。
だが後に彼らは知ることになる──その旅立ちが、精霊樹の眠りとこの大陸の命運を巡る物語の、はじまりだったことを。
次のお話は、第一話「精霊師の少女」
西の果ての森、グラーデ村に住む、精霊師の少女フィリア。
ひとりの少女の旅が、いま幕を開けます──