第十七話 精霊の焚き火
日が沈み、火の精霊カレナを祀る祭りが始まる。
森の異変が収まった祝いと、無事に戻ったフィリアたちへの感謝を込めて──村人総出の盛大な宴だった。
焚き火を囲む村人たちの歌声は、夜空に星をまき散らすように響いていた。
若者たちが笑いながら手を取り合って踊り、子どもたちは走り回っては、時折母親の腰にしがみつく。老人たちは長椅子に腰掛け、懐かしそうにその光景を眺めていた。
香ばしい匂いのする鍋や焼きたてのパン、果実酒の甘い香りがあたりを満たしていた。
フィリアとテオドールも、広場の一角に席を設けられ、村人たちから次々と料理を勧められている。
香草と肉の香ばしい匂いと共に、木皿を抱えた女性が笑顔で近づいてきた。
「どうぞ、たくさん食べていってくださいね。今日はカレナ様にも、あなた方にも感謝する日ですから」
木皿に盛られた肉の煮込みや香草パン、熟れた果物が次々と目の前に並ぶ。並べられたたくさんの皿を見て、フィリアは目を丸くした。
「わぁ……ありがとうございます。いただきます!」
『美味しそうね! でも、食べ切れるかしら……』
クロリスは、フィリアの肩の上に座って羽を揺らしていた。その紫水晶の瞳は、瑞々しい果実がたくさん盛られた皿を見つめている。その隣の湯気を立てる煮込みには、大ぶりの根菜と香草がたっぷり入っている。
テオドールも静かに礼を言って、ゆっくりと口へ運ぶ。噛み締めた瞬間、ハーブの香りと肉の旨味が広がり、ふと目を瞬かせる。
(……温かいな……味だけじゃない……)
テオドールが、皿の中の煮込みをじっと見つめている。
「クレイさん、どうかしたんですか?」
「……食事を、こんなに美味しいと感じたのは初めてで……」
思わぬ答えに、フィリアは一瞬言葉を失った。
「……ほら、これも美味しいですよ! クレイさんも、もっと食べてくださいね」
果物の盛られた皿を差し出すフィリアに、クロリスがすかさず飛びつく。
『テオドール、まだまだ美味しそうな料理がたくさんあるわよ!』
「そんなに食べられませんよ……でも、ありがとうございます」
そう言って笑ったテオドールの表情は、焚き火の光にやわらかく照らされていた。
* * *
食後、ふたりは焚き火の傍らに立ち、燃える炎と村人たちの楽しげな姿を眺めていた。
太鼓のリズムに合わせて手を叩く人々、笑い合う老人たち、肩を並べて踊る若い夫婦──村全体が一つの輪になっているようだった。
その様子をフィリアが微笑んで見つめている。
「皆、幸せそうですね……こうして笑っている姿を見られて、本当に良かったです」
「ええ……本当に……」
フィリアの言葉に、テオドールは静かに頷く。
炎の明かりにやわらかく照らされるふたり。テオドールは、微笑むフィリアの横顔を静かに見つめていた。
──今後は、彼女に絶対に怪我をさせないように……心の奥でそう決意しながら。
そこへ、村の女性が琥珀色の飲み物が入った木杯を持ってきた。
「果実を煮詰めた甘い飲み物です。お酒ではありませんので、よろしければどうぞ」
「ありがとうございます」
フィリアは受け取ってひと口飲み、目を丸くした。
「……甘くて、少し酸味があって……すごく美味しい……!」
フィリアの様子を見ていたクロリスも、『わたしにもちょうだい!』と言って、木杯に口付けた。
『本当、美味しいわね! こういうの、旅の途中じゃなかなか味わえないわよ』
肩にとまったクロリスが、フィリアの耳元で囁く。
テオドールも静かに口をつけ、小さく頷いた。
「……確かに、美味しいですね」
焚き火の明かりに照らされ、三人は小さく笑い合った。
果実の香りとほのかな甘みが、夏の夜風とともに喉を通り抜けていった。
次のお話は、第十七話「夏の終わりに」
エルデン村を去って、新しい目的地へと向かう一行。
次は、フィリアたちにどんな出会いが待ち受けているのか……。




