表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊樹の眠る場所で、君を想う  作者: 星谷明里
第三章 森の村エルデン ―怒れる精霊と結ばれる絆―
18/39

第十六話 新たに結ばれる絆

 エルデンの村へ戻ったフィリアたちは、真っ先に村長のもとへ向かった。

 焚き火祭りの準備で賑わっていたはずの村は、森の異変のせいでどこか沈んだ空気を帯びていた。

 だが、一行の無事な帰還に、村人たちはほっとした表情で道を開ける。


「……そうか……カレナ様は、我らにお怒りになっていたわけではなかったのか……」


 報告を聞いた村長の目が静かに潤む。

 周囲に集まった村人たちも、口々に安堵の声を漏らした。中には、肩を撫で下ろしながら涙ぐむ者もいる。


「皆さん……」


 フィリアが声を掛けようとしたそのとき、空気が柔らかく揺れた。

 夏の夕暮れのような温かな光が、広場を包み、その中央に、炎の揺らめきとともに長い紅蓮の髪を持つ女性が現れる。

 黒い角飾りに褐色の肌、煌めく炎の衣──人の姿をしていながら、人ならざる気配が辺りを満たした。


「……あれは……一体……」

「絵姿で見た……カレナ様のような……」


 誰もが息を呑む中、その女性は静かに口を開いた。


『わたしは火の精霊カレナ──古くからこの森を守ってきた者だ……』


 名を聞いた瞬間、ざわめきは感嘆と敬意に変わり、村人たちは次々に膝をついて頭を垂れた。


『……村の者たちよ』


 燃えるような紅蓮の髪が風にたなびき、憂いを帯びた朱の瞳が一人ひとりを見つめる。


『……すまなかった……わたしは怒りに呑まれ、お前たちの森を焦がしかけた……』


 申し訳なさそうに瞳を伏せるカレナの声音には、揺れる炎の奥の痛みが滲んでいた。

 だが、フィリアから事情を聞いていた村人たちは、口々にこう返す。


「カレナ様がご無事で良かった……」

「森を守ろうとしてくださったんですね……」

「どうかまた、この森を守ってください」


 その言葉に、カレナの紅い瞳がかすかに揺れる。

 炎の輪郭がふっとやわらぎ、朱の奥に金の光が差した。


『……ありがとう……これからも、お前たちと、この森を守りたい……』


 短い言葉だったが、炎よりも温かく、まっすぐに村人たちの胸に届いた。

 嗚咽をこらえきれない者もいて、村の空気はやがて静かな温もりに包まれていく。


「さぁ、カレナ様のために、焚き火の準備だ!」


 誰かが声を上げ、村の若者たちが一斉に動き出す。

 祭りのために準備しておいた薪を広場の中央に集め、飾り布を広場に結びつける。子どもたちも嬉しそうに花を運び、女性たちは香草を束ねて火にくべる支度を始めた。

 村人たちは皆、幸せそうに笑っている──


 フィリアはその光景を見つめ、クロリスと目を合わせて微笑む。

 テオドールも、わずかに口元を緩めながら村人たちの輪を見守っていた。


 その中心には、森を背に立つ炎の精霊カレナ──

 朱と金の炎が、もう怒りではなく、祝福の灯火としてゆらめいていた。


* * *


 広場が夕暮れに染まり始めた頃、村の中央に積まれた薪へと、カレナが歩み寄った。

 紅蓮の髪が夜風になびき、その掌に小さな炎がともる。


『……これは、祝福の火だ』


 炎は怒りの紅ではなく、夕陽のような柔らかな朱色。揺らめくその光には金の粒が混じり、夜の帳に散る星のように瞬いていた。

 風がひと吹きすると、炎の尾が花弁のように開き、香草と花の香りを優しく包み込む。

 村人たちの視線が、その幻想的な光景に吸い寄せられる。


 カレナがそっと薪へと炎を移すと、乾いた木がぱちりと音を立てて燃え上がった。火は高く、しかし穏やかに立ち昇り、夜の闇をやわらかく押し返す。

 その揺らぎの中には、森の緑と川の青を映したような色の層が、淡く織り込まれていた。


「カレナ様……」

「ありがとうございます……!」


 村人たちが口々に礼を述べる中、子どもたちは嬉しそうにその周りを駆け回り、女性たちは香草や花を焚き火の周囲に飾っていく。

 香ばしい匂いと草花の香りが混じり、夜風がそれを村中へと運んだ。


『ありがとう……』


 カレナはそう言って村人たちにかすかに微笑むと、舞うように炎の衣を翻した。

 精霊の焚き火の炎に重なるようにして、その姿は火の粉の煌めきだけを残して消えた。


 村人たちは皆涙ぐみ、精霊の焚き火に深々と頭を下げた。


 フィリアはクロリスと視線を交わし、そっと微笑んだ。

 その隣でテオドールも焚き火を見つめながら、ほんのわずかに表情を緩めていた。


 カレナが灯した炎の光は、村人たちの笑顔を照らし、焦土になりかけた森と人の心を再び結びつけた。

 その美しく揺れる炎は──まるで精霊と人との新たな絆を象徴する灯火のようだった。

次回は、第十七話「精霊の焚き火」です。

エルデン村の祭りに参加したフィリアとテオドール。幸せそうな村人たちの姿に、フィリアだけでなくテオドールの表情も和らぎます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ