第十六話 新たに結ばれる絆
エルデンの村へ戻ったフィリアたちは、真っ先に村長のもとへ向かった。
焚き火祭りの準備で賑わっていたはずの村は、森の異変のせいでどこか沈んだ空気を帯びていた。
だが、一行の無事な帰還に、村人たちはほっとした表情で道を開ける。
「……そうか……カレナ様は、我らにお怒りになっていたわけではなかったのか……」
報告を聞いた村長の目が静かに潤む。
周囲に集まった村人たちも、口々に安堵の声を漏らした。中には、肩を撫で下ろしながら涙ぐむ者もいる。
「皆さん……」
フィリアが声を掛けようとしたそのとき、空気が柔らかく揺れた。
夏の夕暮れのような温かな光が、広場を包み、その中央に、炎の揺らめきとともに長い紅蓮の髪を持つ女性が現れる。
黒い角飾りに褐色の肌、煌めく炎の衣──人の姿をしていながら、人ならざる気配が辺りを満たした。
「……あれは……一体……」
「絵姿で見た……カレナ様のような……」
誰もが息を呑む中、その女性は静かに口を開いた。
『わたしは火の精霊カレナ──古くからこの森を守ってきた者だ……』
名を聞いた瞬間、ざわめきは感嘆と敬意に変わり、村人たちは次々に膝をついて頭を垂れた。
『……村の者たちよ』
燃えるような紅蓮の髪が風にたなびき、憂いを帯びた朱の瞳が一人ひとりを見つめる。
『……すまなかった……わたしは怒りに呑まれ、お前たちの森を焦がしかけた……』
申し訳なさそうに瞳を伏せるカレナの声音には、揺れる炎の奥の痛みが滲んでいた。
だが、フィリアから事情を聞いていた村人たちは、口々にこう返す。
「カレナ様がご無事で良かった……」
「森を守ろうとしてくださったんですね……」
「どうかまた、この森を守ってください」
その言葉に、カレナの紅い瞳がかすかに揺れる。
炎の輪郭がふっとやわらぎ、朱の奥に金の光が差した。
『……ありがとう……これからも、お前たちと、この森を守りたい……』
短い言葉だったが、炎よりも温かく、まっすぐに村人たちの胸に届いた。
嗚咽をこらえきれない者もいて、村の空気はやがて静かな温もりに包まれていく。
「さぁ、カレナ様のために、焚き火の準備だ!」
誰かが声を上げ、村の若者たちが一斉に動き出す。
祭りのために準備しておいた薪を広場の中央に集め、飾り布を広場に結びつける。子どもたちも嬉しそうに花を運び、女性たちは香草を束ねて火にくべる支度を始めた。
村人たちは皆、幸せそうに笑っている──
フィリアはその光景を見つめ、クロリスと目を合わせて微笑む。
テオドールも、わずかに口元を緩めながら村人たちの輪を見守っていた。
その中心には、森を背に立つ炎の精霊カレナ──
朱と金の炎が、もう怒りではなく、祝福の灯火としてゆらめいていた。
* * *
広場が夕暮れに染まり始めた頃、村の中央に積まれた薪へと、カレナが歩み寄った。
紅蓮の髪が夜風になびき、その掌に小さな炎がともる。
『……これは、祝福の火だ』
炎は怒りの紅ではなく、夕陽のような柔らかな朱色。揺らめくその光には金の粒が混じり、夜の帳に散る星のように瞬いていた。
風がひと吹きすると、炎の尾が花弁のように開き、香草と花の香りを優しく包み込む。
村人たちの視線が、その幻想的な光景に吸い寄せられる。
カレナがそっと薪へと炎を移すと、乾いた木がぱちりと音を立てて燃え上がった。火は高く、しかし穏やかに立ち昇り、夜の闇をやわらかく押し返す。
その揺らぎの中には、森の緑と川の青を映したような色の層が、淡く織り込まれていた。
「カレナ様……」
「ありがとうございます……!」
村人たちが口々に礼を述べる中、子どもたちは嬉しそうにその周りを駆け回り、女性たちは香草や花を焚き火の周囲に飾っていく。
香ばしい匂いと草花の香りが混じり、夜風がそれを村中へと運んだ。
『ありがとう……』
カレナはそう言って村人たちにかすかに微笑むと、舞うように炎の衣を翻した。
精霊の焚き火の炎に重なるようにして、その姿は火の粉の煌めきだけを残して消えた。
村人たちは皆涙ぐみ、精霊の焚き火に深々と頭を下げた。
フィリアはクロリスと視線を交わし、そっと微笑んだ。
その隣でテオドールも焚き火を見つめながら、ほんのわずかに表情を緩めていた。
カレナが灯した炎の光は、村人たちの笑顔を照らし、焦土になりかけた森と人の心を再び結びつけた。
その美しく揺れる炎は──まるで精霊と人との新たな絆を象徴する灯火のようだった。
次回は、第十七話「精霊の焚き火」です。
エルデン村の祭りに参加したフィリアとテオドール。幸せそうな村人たちの姿に、フィリアだけでなくテオドールの表情も和らぎます。




