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#5 風雲急を告げる

 一ヶ月間の夏休みが明けて、悪夢のように学校が再開した。

 朝のホームルームが終わると、すぐに全校集会だ。


 趣味の釣りに明け暮れて充実していた日々が、夢のことのように思える。

 俺はため息をひとつ吐いてから、蟻の行列のように廊下に移動する集団にまぎれた。


「え〜海外行ったの ? いいなぁ!」

「来週からテストとかマジでクソ。」

「あいつら休み中に街で見たけど、もしかしてつき合ってるの?」


 聞きたくもない雑多な情報が勝手に耳に入り込んでくる。


 イヤホンで耳栓をするわけにも早足で列を抜かして歩くこともできず、俺は無になって押し黙ったまま前の生徒に続いて歩いていた。

 ノロノロと下ばかり見て歩いていると、上靴の紐が解けかかっているのに気がついた。


 仕方ない。

 集団を抜けて紐を結びなおした俺は、目の前の姿見鏡に映った自分に舌打ちした。


「相変わらず、冴えねーな。」 


 せめてあと5センチ足が長かったら俺の世界は変わったのかな・・・と思いながら背伸びをするが、したところで何も変わらないのは分かっている。

 正直、俺と同じような背格好でもリア充は腐るほどいる。


 まあ要するに、人間は中身だ。

 死ぬまで延々と続くんじゃないかと思うほど、尽きないクラスメイトたちが語り合う声を背後に、俺は少し歩調を早めた。


 ※


「夏休みも終わり、この新しい体育館で二学期最初の学校生活が幕を開けました。」


 夏休み中に改築を終えたばかりの真新しい体育館に校長の明朗な声が響きわたる。

 立ちこめる木の匂いが新鮮だ。


 いつもなら集会のときには剥がれそうなビニールテープを足で剥がすのに夢中になっていたけど、全て新品に張り替えられていたから暇をつぶすモノが何もない。

 新築の体育館の構造がもの珍しくて、俺はついキョロキョロと周りを見渡してしまった。


 広さは変わっていないはずなのに、妙に広く感じるのは何がどう変わったんだろう。

 それとも、新しいという情報に踊らされた俺の空間認識が違うだけなのかな。


 例え同じようなものだとしても『違うモノ』と言われたらそう感じてしまうのは、不思議だけどよくある話だ。

 そして、慣れるとその些細な変化がどうでも良くなる。


 それはすなわちカフェラテとカフェオレ、もしくはおにぎりとおむすびみたいに。


 ステージにまで目を凝らして見ているうちに、いつの間にか校長と入れ替わりで話している生徒会長が目に入った。確か、六月の選挙で当選した新しい生徒会長・・・鈴木さんだ。


(生徒会長って、よく見たら背が高いんだな。)


 脇に立っている司会役の先生より、頭ひとつ飛びぬけている。

 転校生でハイスペ女子だという噂は知っているけど違うクラスで接点がないし、間近でよく見たことがないから気がつかなかった。


(羨ましい。5センチでいいから分けてくれないかな。)


 ボッチなのはしょうがなくてもせめて背があれば、俺だってあの壇上で全校生徒に向けて喋ることができたかもしれない。


(っていうか、この声・・・どこかで聞いたことがあるような。)


 俺は生徒会長の声にゼッタイに聞き覚えがあった。

 壇上の眼鏡の少女から目が離せない。


 ・・・。


「アッ‼」


 突然フラッシュバックした記憶に、自分の耳を疑った。


「ま、まさかこの声!」


 その瞬間、週末に聞いたあの声が断続的に脳内再生されたんだ。


『じゃあ来週ね晴人くん。』 


 この声、あの高身長!

 生徒会長って・・・心雨じゃねーかッ!!


 ※


「せ、生徒会長、ちょっと待って!」


 全校集会が終わるのを待って体育館から飛び出した俺は、人波をすり抜けて階段を二段飛ばしで駆け上がった。

 驚いた顔の生徒たちを追い抜かし、階段を登ろうとしている生徒会長のクラスの生徒たちに追いついた俺。階段の踊り場で見つけた生徒会長の姿に、思わず後ろから声をかけてしまっていた。


 息も絶え絶えの俺を振り向いた少女は、黒ぶちのメガネ越しに固い表情で返事をした。

「何かご用でしょうか?」


 間近で生徒会長の顔を見た俺は確信を得た。

「やっぱり! 」


 メガネをかけているし黒くて長い髪を編み込んでまとめてはいるが、セーラー服から伸びる長い手足や大きな黒い瞳、それに桜色の唇はまちがいなく、あの日見た少女と瓜ふたつだ。


「せ、先週、浜厚名の海で会ったよね!」

「・・・。」 

「あの時は雰囲気が全然違ったから、分からなくてゴメン!」

「・・・。」


 興奮して一方的に生徒会長に話しかける俺を、周りにいた生徒たちが訝しげに見てきた。

 足を止めてヒソヒソと耳打ちをし合う女子たちもいる。


 でも、今はそんなことを気にしてはいられない。


「あの、心雨!」


 名前を呼んだ瞬間、生徒会長はため息とともに俺をキッとにらみつけた。


「なんのことかしら?」

「えッ・・・? 」


 予想外のカノジョの態度に怯んだ俺は、頭が真っ白になった。

 ウソだろ?


 毅然とした態度を崩さず、生徒会長は俺から視線を逸らすと背中を向けてこう言ったのだ。


「用件はそれだけ?

 忙しいので、私は失礼します。」


 ざわざわとしていた廊下から生徒会長が悠然と立ち去って、その場に居た生徒たちもも色を失くして入れ替わり、廊下の階段はいつもの落ち着きを取り戻した。


 人違い?

 その場に残された俺はヘナヘナと崩れ落ちて頭を抱えた。

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