#4 ゲリラ豪雨
俺たちは昼食を終えると、絡まってダンゴになってしまった釣り糸を切ってから結びなおした。
それからお互いに持っている釣具を見せあうことになった。
「うわぁ、このルアーは最新だよね? お店で見たヤツだもん!
けっこう高いよね~。」
「まあね。でも、高いからってスペックを全部生かせるわけでもないよね。
使ってみないと分からないものもあるし。
心雨のも見せてよ。」
「ウウ・・・私の道具は古いモノばかりだから、見せるの恥ずかしくなってきた!」
釣竿からリールからバケツまで、心雨の道具はほとんどお父さんから受け継いだという年代物だった。
「でも手入れが行き届いているからこそ、塩水に長期間さらされても娘の代まで使えているんでしょ。
本当に釣りが好きなんだね。」
「フフ。そう言ってもらえると、嬉しいけど照れるなぁ。」
心雨ははにかんで右手で額を押さえた。
お世辞ではなく、心雨の手作りだという疑似餌のルアーは実に精巧な作りで、その技術力にとても感動した。俺なんて釣具屋で高いルアーを買うのが関の山で作ったことはないからだ。
女の子の釣り師だからって少しナメていた自分に、ハイキックしたい気分だ。
かなりコアなルアー談議に花を咲かせていると、足もとが暗くなって俺は空を見上げた。
突如、頬に冷たさを感じた俺は反射的に片目を閉じた。
「あれ、今、雨つぶが・・・。」
そう呟いた瞬間のこと。
突然の激しい雨。
青空が一変して、バケツをひっくり返したようなどしゃ降りが俺と心雨を貫いた。
「ウソだろッ⁉」
慌てて釣具をクーラーボックスに放り投げるように詰め込んでいると、辺りに耳をつんざく衝撃音が鳴り響いた。
ゴロ ゴロ ゴロ ピカッ
「キャァッ! 私、雷ダメなのォ‼」
耳を塞いでしゃがみ込む心雨。
顔が真っ青になり、身体は小刻みに震えている。
女子にありがちのおおげさなパフォーマンス、というわけでもなく本当に雷が苦手なようだ。
俺も決して平気というわけではないけど、二人で怖がっていても埒があかない。
俺は腹を決めると二人分の荷物を両手に持って、心雨をはげました。
「向こうの岩場に小さな洞窟があるんだ。
荷物は俺が持つから、そこまで走ろう!」
「うん。」
俺は重い荷物を持ちながら、足場の悪いテトラポットを勢いよく駆け抜けた。
そして砂浜を抜け洞窟の前まで走ってから、ようやく心雨がついてきているか不安になって振り返った。
俺はバカか・・・自分勝手すぎるだろ!
しばらく待っていると、心雨が来ているのが見えてホッとした。
「遅くてゴメン。待っててくれて、ありがとう。」
息を切らせながら感謝の言葉を言う彼女に胸がしめつけられた。
※
「降水確率30%は当てにならないな。」
六畳くらいの小さな洞窟に滑り込んだ俺たちは、止まない雨から避難することができた。
天井は立てるくらい高いから、狭いけど荷物を置いても窮屈には感じない。
「寒い・・・びしょ濡れになったね。」
雷が落ち着いたせいか、心雨が硬い表情を少し緩めた。
夏仕様の薄手の半袖にデニムのショートパンツが肌に貼り付いていて、髪から水が滴っている。
「ちょっと待っててね。」
俺はリュックから簡易式の小さな焚火台を引っ張り出して、その上に新聞紙を敷いた。
新聞紙にはチューブから出したジェルと木炭を乗せ、二本の金属の棒を構えた。
「何が始まるの?」
心雨が濡れた髪をゴムで結わえながら、期待の目で見てきた。
「まあ、見ててよ。」
マグネシウム棒とストライカー棒を強くこすり合わせると火花が散って、着火剤に火の粉が飛んだ。
歓声をあげた心雨の声が洞窟に反響する。
「すごい、花火みたい。」
何回も火花を出していると、ボウッという破裂音とともに炎が燃え上がった。
「あったかい。」
心雨は手のひらを炎にかざしてホッとした顔をした。
「手際いいね。キャンパーなの?」
「それほどでもないよ。天気に左右されたくないから、いつも道具はひと揃い持ち歩いているだけなんだ。」
ボッチすぎて褒められるのが慣れていない俺は、照れくさくてうそぶいた。
「君こそ女の子なのに、ひとりで海釣りなんて珍しいよね。
いつもこのスポットに来ているの?」
「ん、転校前は友達と来ていたけど・・・最近はひとりになっちゃった。」
何か事情があるのだろうか。
心雨が寂しそうに笑ったから、俺の胸はツーンと痛くなった。
考えろ、俺。
なんか心雨に気の利いたことを言えないのかよ?
俺は、無い脳みそをフル回転させた。
「あの・・・。嫌ならいいんだけど、また今度一緒に釣りしない?」
フル回転させて、言ったセリフがコレ。
マジで自分勝手なエゴイストだよな。
「今日のお詫びにライン買ってくるから!」
「ラインなんて気にしなくていいよ。釣り仲間大歓迎!」
天使か?
初めて女の子を誘ったボッチに優しい世界線があるとは。
「じゃあ、メアド・・・。」
「ごめん。私、メアドも無いしSNSも止めたんだ。」
「じゃあ、どうやって連絡取る?」
「雨、上がったね!」
心雨は荷物を手に洞窟を出ると、雨上がりの天気のようにスッキリとした笑顔でこちらを向いた。
「私は週末はだいたいココに来るから、大丈夫だよ。
じゃあ来週ね、晴人くん!」
名前を呼ばれた喜びをかみしめていて、少しの間ぼんやりとしてしまった。
思い直して俺も洞窟を出たけど、もう心雨はそこにいなかった。
色んな感情をグルグルさせながら足元にあった流木を焚火に放り投げると、一瞬、炎が青く怪しげに揺らめいた。
・・・あれ?
「俺の名前、教えていたっけ?」