#3 おにぎりとおむすび
「釣り糸ダメにしちゃった上に、昼飯までごちそうになるなんて・・・ゴメン。」
「気にしなくていいよ。【おまつり】なんて、珍しくないから。」
※
こんがらがってしまった釣り糸は、なかなか解けそうもなかった。
焦れば焦るほどに、引き抜いた場所の根元が固く結ばれてしまう。
でも俺は釣り糸なんかより、目の前で膝を抱えてこちらを見る黒い瞳を持つ少女のことが気になっていた。
半袖にショーパンの露出多めの格好だから・・・じゃなくて、情けないことに同世代の少女の釣り糸と自分の釣り糸が絡んでしまったことへの羞恥心が、俺の手を汗だくにして作業に集中ができないんだ。
やがて入道雲が顔を出し、容赦のない熱気が足元のコンクリートから揺らめいて陽炎が立ちのぼる。
テトラポッドがフライパンになる前に、もう少し日陰に河岸を変えようと思っていたのに。
三十分くらい無言で格闘したが、釣り糸は解ける気配がない。
万事休すというところで頭を掻きむしると、俺の腹の虫が運悪くグルルと唸った。
「う、ゴメン。」
心雨と名乗った少女はクスクスと笑いながら、クーラーボックスから小さな三角形の包みを取り出した。
「先にキミのお腹の虫さんに餌付けしようかな。はい、どうぞ!」
「餌付けって・・・まあいいか。じゃ、ゴチになります。」
俺はリュックに入っているコンビニで買った弁当の残像を頭の隅っこに追いやって、素直におにぎりを受け取った。
この炎天下で無防備にリュックに入れていた俺が悪い。
コンビニ弁当よ、申し訳ないが恋のために成仏してくれ。
南無三。
それにしても・・・。
「へぇ、うま。おにぎりにコンビーフと梅干しの具って、意外だね。」
「⁉」
言ってからハッとした。
(しまったーッ‼)
緊張しすぎた反動でつい気が緩んでしまったと思ったけど、もう遅い。
心雨もキョトンとした顔をする。
「エッ? なんでまだ食べていないのに、おむすびの具がコンビーフと梅干しって分かったの?」
「えーと、あの・・・。」
(ヤベ・・・なんて言おう?)
言いよどみうつむく俺の鼻に、不意に磯の匂いが香った。
(コレだ・・・!)
「実は匂いで分かったんだ。俺、昔から鼻が敏感で。」
我ながら苦しい言い訳だと思ったが、すぐに明るくて弾んだ声がポンと返ってきた。
「すごーい! 特殊スキルじゃん。じゃあ、こっちの具は何か分かる?」
「うーん・・・ツナと・・・マヨ?」
「ああ、惜しい! 正解はツナと味噌なの。
でも、半分アタリだよ!
確かに・・・ほのかに香るねえ。」
キャッキャと素直に喜びながら、おにぎりに鼻を寄せる心雨に内心ホッとする。
本当は味噌も当てられたけど、わざと間違ったことはゼッタイに言えない。
「でもさぁ、キミは【おにぎり】って言うんだね。私は断然【おむすび】派。」
心雨はおにぎりを手でふわっと握る仕草をしながら俺に笑いかけた。
「おにぎりって言うと固そうじゃない?」
「ん、確かに。」
俺は予言したコンビーフと梅干しの具が入ったおにぎりを頬ばりばがら、うなずいた。
この組み合わせは、思ったより美味い。
「地域によって呼び方が違うみたいだけど、イメージで呼びたい人も居るよね。
そういえば、この前コーヒー店でカフェラテを頼んだら『うちにはカフェオレしかありませんけど』って言われてパニックになったな。」
「どういう意味?お店によって呼び方が違うとか?」
心雨が身を乗り出して話に食いついてきたので、俺は今度こそ失敗しないようによく考えながら喋った。
「カフェオレはドリップ、カフェラテはエスプレッソを使うらしいよ。
カフェラテのほうがミルク比率が高いんだって。」
「それも店員さんが教えてくれたの?」
「悔しくてすぐにググった。」
「ふ、なにそれ可愛い。」
あー、それな。
女子はなんでも可愛いっていうけど、同世代にそう言われるのはあまり嬉しくない。てか、微妙。
リアクションに困っていると、心雨が少し桜色の唇を尖らせた。
「ま、どちらにしてもミルクコーヒーだよね。
その店員さん、ちょっと意地悪だね。」
「でも、俺も注文するたびに言い間違えていたから・・・。」
「それはアウト!」
のほほんと会話していたのに、急に鋭いツッコミを入れる心雨の甲高い笑い声が、天上高く照り付ける太陽の陽射しみたいで眩しい。
こんなに会話のキャッチボールができるなんて、思ってもいなかった。
しかも、初対面の女子相手に。
(スゲェ、楽しい。)
俺は自分の口の端が緩んでいるのを感じて、今さらながら驚いてしまった。