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#2 ときめき注意報

 今日の狙いはロックフィッシュ。


 カサゴやソイなんかの岩陰や海藻の奥に潜んでいる魚で、針にかかると鋭い引きを感じるのが魅力だ。

 おまけに食べてもウマイので、他に言うことがない。


 釣り座を決めて、セッティングはオッケー!


(さあ、やるぞ!)

 俺は気合いを入れて、一心不乱にロッドを振った。


 おひとりさまは気が楽だ。

 相手がいるとペースを合わせたり、食事の時間もちゃんと取らなきゃならんが、適当に菓子パンなんかをつまみながらでも竿を振り続けることができる。


 そう、俺はいわゆる【釣りキチ】なんだ。


 けどやる気とは裏腹に、アタリはあるものの小ぶりの可愛い小魚(ヤツ)ばかりが引っかかる日だった。

 小さすぎる魚はリリースしてやるのが釣り人の優しさとマナーだ。


 「大きくなって、また俺に釣られてくれよな!」


 って願いをこめて言いながら、海に返す。

 サバの恩返し・・・は、ないか。さすがに。


 気づけばもう真っ赤に燃える太陽が頭の上まで昇っていて、俺は滝のように流れる汗を首に巻いていたタオルでぬぐった。


 あちぃ。

 日影がないのがこのポイントのネックだな。


 でも(ココ)にいると、時間を忘れてしまうのがありがたい。

 他にも忘れたいことは山ほどある。


 自分の存在価値とかうまくいかない友人関係とか、人には話せない秘密とか・・・。

 そんなことを全部ひっくるめて、海は偉大で俺をまるごと包んでくれる。


 母なる海に感謝。

 それが、俺が(ココ)に通う理由だ。


 ※


 風向きが変わって、急にアタリがなくなった。

 風の流れ、潮の流れ、自然相手の釣りは些細な変化にも影響がある。


 次のキャストがダメなら河岸(かし)を変えよう。

 でも・・・。


(最後に攻めてみるか。)


 岩場の際を狙ったキャストは、思いがけない突風にあおられてラインがたわんだ。


「ヤバッ!」


 あわやテトラポッドに乗り上げるかと思ったが、ギリギリの際で海に落ちてくれたので、俺は湿った息を吐いた。


「あっぶねー。やらかすところだった・・・ん?」


 軽くリールを回したとたん、クッと竿先が強く海の底へ引っ張られたのだ。

 これは、キタんじゃないか⁉

 しかも・・・。


「もう喰ったのか‼」


 ここは逆に心を落ち着けて、静かにリールを巻きとっていく作業。

 だけど、この滅多にない引きの強さは過去イチの大物で間違いないと、俺の手の感覚が言っている!


 バクバクする心臓をなんとか抑えながら、俺はラインが伝える魚の動きに全集中した。

 しなる竿先に否が応にも期待が高まる。


 引きが少しでも弱くなったら、一気に勝負だ!

 俺は固唾をのんでその時を待った。


「あの・・・。」


 ワイヤレスイヤホンからガンガンに流れるメロコアの片隅に、女の子のか細い声が聞こえた気がした。

 でも、今はそれどころではない。


「イッケェェーーー‼」

「ねえ・・・いい加減・気づいてくれないかなぁ。」


 俺の中の妄想女子が、ついに不満そうに声を荒げる。

 彼女いない歴十七年のプロになると、釣りをしている最中にも癒しを求めてしまうのか?


 硬派になれ、俺!

 集中、集中‼


「あ・の・ね! キミが釣ってるのって、私のラインなんだけど‼」


 突然、イヤホンが引き抜かれたのと同時に高いキーの声が耳の中を反響して、俺はビクッと身をすくめて横を向いた。


 まず目に入ったのは、潮風を孕む黒いサラサラのロングヘアと眉の上で潔く切り揃えられた前髪。

 意思のある太い眉の下の丸い瞳が大きく見開かれていて、少し尖った桜色の唇が色白の肌を強調しているように見える。


 大きな襟ぐりの白い半袖とデニムのショートパンツから伸びる手足が長くて細くて、俺の目にはまぶしく映った。


(ヤバ・・・!)


 俺の身長は165センチ。

 目の前の女子はどう見ても俺より10センチ以上はデカい。


「ごめん、もしかして驚かせた?」


 俺が何も言わないで固まったことに不安になったのか、女の子は戸惑っているように見えた。

 俺は震える喉に喝を入れてから、平静を装って吐きだした。


「だ、大丈夫です。」 

「良かった。何回呼んでも聞こえてないみたいだから、焦っちゃった!」

 ホッとして照れたように微笑む彼女と目が合ったとき、俺の胸が踏切警報音のようにカンカンと高鳴った。


(か、かわいい・・・‼)


 佐藤晴人(さとうはると) 十七歳 。

 友だち無し・彼女無しの底辺ボッチ高校生。


 しかも、みんなに言えない秘密がある。


 だけど・・・。


 ワンチャン、恋をしてみてもいいでしょうか? 

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