#21 消えたあの日のキミのように
週末、久しぶりに早起きをした。
ブラインドの隙間から漏れ出した太陽の陽射しがちょうど俺のまぶたを温めたからだ。
自然に目が覚めると気分がいい。スマホのアラームや母さんの怒鳴り声で起きていた時と違って、すごく新鮮で穏やかな気持ちになる。
ベッドの上で軽いストレッチをしてから立ち上がると、俺はスマホの天気アプリを開いた。
今日の天気は晴れ。
降水確率0パーセント!
なんの根拠もないけど、イイことが起きそうな予感はしている。
コレはもう、行くしかないでしょ!
「うっし!」
むくんでいる頬をピシャリと叩いて気合いを注入すると、速攻で釣り道具をまとめた。
※
「よし、定刻どおり。」
俺は発車15分前に、いつもの始発の次の便に乗り込んだ。
いつものとは言ったが、心意気がいつもとは全然違う。
スニーカーから羽が生えたように足取りが軽いし、長い乗車時間にも視界はクリアで全く眠くはならなかった。
むしろ電車の窓から見える田園を彩る朝焼けがとても綺麗で、俺は夢中で車窓に張りついていた。
ひんやりとした空気に降り注ぐ柔らかなピンクと赤色の彩りに、体じゅうのエネルギーが満ちていくのを感じる。
少し前まで移動時間にパーカーのフードで顔を隠して寝たり、イヤホンで自分の世界に閉じこもっていたことが信じられない。
今ならどんなに車内が混んでも嫌じゃないし、誰に話しかけられても堂々と会話ができる気がする。
それくらい、今日はテンションが上がっていた。
心雨との約束?
全然。
一切していないよ。
根拠はないけど不思議な自信はある。
今日、心雨が海に来てくれることを、俺は確信していたんだ。
※
海に着いた俺は唖然とした。
「なんだコレ?」
浜辺には、大量の流木が何キロにもわたって流れ着いていた。
そこには流木だけではなく巨大な丸太や不燃ゴミ、干上がった牛の水死体にいたるまで、とにかくバラエティに富んだラインナップの漂着物が海への出入りを禁じていた。
思い描いていた景色と違い過ぎて、ただあんぐりと口が開く。
まるで神さまが意地悪をして、海を閉鎖したみたいだ。
(そういえば・・・!)
記憶の片隅にある、全身びしょ濡れで帰宅した時の雫のボヤキを思い出した。
「先週の台風か・・・!」
俺は引きこもっていたために、天気予報のチェックを疎かにしていたことを後悔した。
台風の後なら海岸がこうなることは、簡単に予測できていたはず。
(なんつー、初歩的なミス・・・!)
俺はガクッと肩を落とした。
こんなんじゃ、心雨が来ることは期待できないな・・・。
風でめくれ上がり歩き辛い砂浜を、俺はテトラポッドに向けてトボトボと歩いた。
(俺ってつくづく・・・持ってないな‼)
※
テトラポッドの周辺は、そこまで被害は酷くなかった。
でも、ある程度木材をよけないと釣りはできないだろうな。
俺は吐息をついた。
(まずはゴミ拾いか。)
「遅いよ!」
テトラポッドを登りきる前に声をかけられた俺は、心臓がバッタみたいに跳ね上がった。
俺はニヤケそうになる口を片手で押さえながら、ゆっくりとブロックをかけ登った。
漂流物を両手いっぱいに抱えた心雨は、短パンにTシャツ姿に白いスニーカー姿。
俺と目が合うと、黒くて長い髪を風になびかせて弾けるように笑った。
「二週間前から待っていたのに。」
ああ、ようやく俺の知っている心雨に会えたーーー。
俺と釣りをした記憶はない心雨だと知っているのに、不思議とそんな気がしたんだ。
俺は、はにかみながらも心雨に話しかけた。
「待っててくれたんだ?」
心雨は急に俺に背中を向けて、木材をブロックの上に置いた。
(ヤベ・・・調子こいた。やっぱり怒っているのかな?)
「ゴメン。」
反省した顔で俺が謝ると、心雨は元気にこちらを振り向いて白い歯を見せた。
「許すよ!」
俺のこころに温かいしずくが落ちた。
いつか、キミと同じようなやりとりをした気がする。
キミの記憶にはないはずの、消えた俺たちの過去の話だけど。
それでも、また会えたのは・・・偶然じゃない!
「俺、キミのことが好きなんだ!」
ジッと押し黙っている心雨に、俺はたかぶった想いを直球でぶつけた。
「もしかしたらキミには好きな人・・・いや、彼氏がいるのかもかもしれないけど、どうしても伝えたかった。
自分勝手でゴメン。」
一瞬、驚いた顔をした心雨が恥ずかしそうに下を向いて独り言ちた。
「私に彼氏なんて・・・いないよ。」
「え? だって田中とあんなに仲良さげに・・・。」
もしかして、タイムリープしたことで心雨の恋心が消えてしまったのだろうか?
「田中って誰?」
心雨が不審そうに眉根を寄せたので、俺は慌ててカフェでの出来事を言おうと思ったけど、あれはタイムリープ前の話だから言えない・・・。
えっと・・・。
「俺と同じクラスの田中。
前に仲良さげに喋ってたの見たんだけど、付き合ってるのかなと思って・・・。」
心雨はようやく合点がいったように大きな声を出した。
「ああ、あの田中くんね! 彼は塾が一緒だから、たまに会ったら喋るかも。
田中くんは誰にでもフレンドリーだから私にも気さくに話しかけるだけなのに、晴人くんにはそんなふうに見えたんだね。」
なんだ。あの時の光景は俺の勘違いだったのか。
は、恥ずかしすぎるぞ、俺!
「私もね、ここで釣りをする晴人くんを見かけて以来、気になっていたの。
みんなの前で告白されたのは恥ずかしかったけど、嬉しかったんだ。
あのね、良かったら・・・私と釣り友だちになってくれませんか?」
心雨が顔を赤らめて、目をギュッとつぶりながら俺に右手を差しだしてきた。
俺も顔を赤くして手を差し出した。
「喜んで!」
心雨の手をうかつにしっかりと握った俺は、すぐに後悔した。
(ヤバい、無意識にサイコメトリーが流れたら、心雨の前で倒れる!)
あれ?
・・・何も起こらない。
何ひとつ手に響いてこない。
・・・。
嬉しそうな心雨の笑顔につられて笑いながら、俺は戸惑っていた。
※
俺の能力は、その日以来消えてしまったんだ。




