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#1 降水確率30%

 踏切警報音が頭の中に痺れるくらいカンカン鳴って、ホームに電車が滑りこんでくる瞬間が好きだ。

 金属のブレーキ音の間隔がだんだんと長くなって、大きな車体が緩慢になり目の前で動きを止める。


「よし、定刻どおり。」


 夏休み最終日の今日も、俺は始発で釣りに行く。

 日が昇る前の釣りは昔からテッパンなんだけど、それ以上に電車の乗車人数が少ないのが好ましい。


 人を見て席を選んだり、気をつかって荷物を小さくまとめる必要がないからな。


 発車15分前にきっかりと車内に乗り込んだ俺は、意気揚々とクーラーボックスと80リットルの登山リュックを肩から下ろし、手持ちの釣り竿を銀の手すりと壁の間に立てかけた。


「う~、生き返る!」 


 冷房がすみずみまで効いた車内に、思わず顔がニヤけてしまう。


 TVでは最近【地球沸騰化】というワードが飛び交っている。

 ココ北海道でも30℃前後の気温が連日のように続いているから、都市伝説のレベルではないことくらい意識低い系の俺でも感じている。


 今日は起きた時からうだるような暑さで風もなく、空調が壊れた自分の部屋ではとても寝ていられなかった。

 誰も居ない車内で手足を大きく伸ばしておひとりさまを満喫していると、次の駅で親子連れが乗ってきたので俺は慌てて足を閉じた。


(あーあ。

 俺専用車両は終了かい・・・短い天下だったな。)


「ママ【降水確率】ってなあに?」


 隣で腰かけている母親のスマホの画面をのぞきこみながら、半ズボンの男の子がよく通る声で聞いた。

 若い母親はスマホから目を離さずに答える。


「雨が降るかもしれないっていう数字でしょ。」

「じゃあ、30ぱーせんとは? どれくらいの雨が落ちてくるの?」 


 母親がパッと向かい座席の俺を一瞥(いちべつ)すると、顔を赤くして息子を叱った。


「もう、いいから黙っていなさい!」


 理不尽に怒られて、ふて腐れる男の子。

 つい、こみ上げる笑いを抑えながら俺は母親に同調した。


(確かになぁ。

 俺もこの子の母親なら、同じことを言うかもしれない。)


 だって、みんながみんな降水確率の意味がわかって使っているわけじゃない。

 世の中には白黒ハッキリしない、わざと曖昧にしていることが多いんだよ。


 実際、俺にも30%がどれくらい降るのかは分からない。

 たくさん、ではないのは確かだ。


 だとしたら、釣りには影響しないくらいかな? と思いながら目を閉じた。

 多分、だけど。


 ※


 一時間ほど揺られていた電車がトンネルを抜けると、急に視界が開けてきらめく海岸線が目に飛びこんできた。

 その瞬間、眠気でうとうとしていた頭が一気に活性化した。


(うおぉ、海だ! テンション上がるぜ‼)


 潮のツンとくる匂いを鼻腔いっぱいに吸い込んでから、自動扉が開くと同時に電車をいちばん先に下車する。

 この駅の降車客はいつも少ない。


 でも、それがいい。

 まだ開店していない昔ながらの古びた商店やジェラートを販売するキッチンカーを横目に、俺は鼻歌を歌いながらゆるやかな下り坂を走っていった。


 ※


 砂浜を横切ると、堤防の際にある人気のないテトラポットによじ登った。

 このポイントは足場が悪いし、運が悪けりゃ()()()()しやすいから初心者向けではないけど、俺はやっぱりここに来てしまう。


 しかも今日は照りつく陽射しがコンクリートを焼いて、もはや靴底からも分かるくらいにブロックが熱い。

 この分じゃ昼には鉄板状態(フライパン)になって目玉焼きが焼けるかもしれない。


 俺は妹の(しずく)からくすねてきた日焼け止めを顔や腕に塗りたくりながら、古めかしい懐中時計の針を確認した。

 コレはオフクロから受け継いだネジ巻き式の面倒な時計。


 けど、ネジを巻けばちゃんと正確な時を刻んでくれるから、つい持ってきてしまう。

 我ながらマメなうえに貧乏性でどうしようもない。


「今日は熱中症注意報も出ているし、ある程度釣れたら早めに切り上げるか。」


 さっそく俺は大物狙いのメタルバイブをリングに結び付けるとロッドをしっかりとしならせてから振りかぶり、その反動で海に向かってキャストした。

 夏休み中は、ほぼ毎日通っていたからだいたい同じ角度と飛距離で投げることができるようになった。


 あとはリールを少しずつ引きながら、生きている魚のように動かして魚たちを騙せたら、俺の勝ち。

 テトラポッドのすき間に足を差し入れて大物が来たときに踏んばれる用意をしたとたん、「釣れますか?」という声に俺は動きを止めた。


 ブロックの間から現れたのは、知らないオジサンだ。

 俺は正面を向いたまま、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「いや・・・あの、まだ仕掛けたばかりで何も・・・。」

「ああ、そう。」


 オジサンはつまらなそうな声を出してキャップのつばをあげると、周りをグルッと見渡してからどこかに行ってしまった。


(ふぅ、焦った。急に話しかけんなよ!)


 ドキドキする胸をそっとなでおろした。

 念のため、ワイヤレスイヤホンを耳に装着してフードも深めにかぶる。


 ただでさえ家族以外の人と関わるのは怖いのに、ノーガードの状態で話しかけられるのは本当に恐怖だ。

 俺はある能力のせいで人との関わりを避けている、陰キャで臆病な【ボッチ】だから。

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