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#17 猫かぶるなよ

「て、手を離してください! 」


 心雨が俺の手を振り払ったのと同時に、カノジョの意識と繋がっていたサイコメトリーがプツンと途切れた。

 俺は急激な肉体的疲労と混乱した精神の整理で心身ともに疲弊して、立っているのがやっとだった。


「みんなが見ています!」


 いつの間にか俺と心雨の周囲には野次馬の集まりができていて、ワイワイ言いながらことのなりゆきを見守っている。


「何ごと?」

「痴話げんかかな?」

「え、あの二人つき合ってたの?」

「生徒会長とボッチがいつの間に!」


 悪気のないうわさ話が廊下を飛び交う。

 その純粋な好奇心と欲にまみれた本能が鋭い刃になるなんて、痛みは分かち合えないし知っていても誰も気には留めないだろう。


 俺も人のことを言えたもんじゃない。

 他人の不幸は蜜の味と思っているところは、同じ穴のムジナだ。

 人の取説なんぞ作らなくても勝手にラベリングして処理をしたほうが気が楽だし、自分が傷つかなくて済む最適な方法だからな。


 でも、この身勝手で危うい世界で生きるには、自ら傷つかなきゃならない時もある。

 そして、今がその時だと思った。


(もう限界だ。倒れる前に・・・言わなきゃ。)


 最初は、心雨が悲しい思いさえしなきゃいいと思っていた。

 ボッチだった俺に束の間の優しい時間を与えてくれた友だちに、少しでも恩返しがしたいだけだった。


 でも、俺の一方的な思い込みやエゴだらけのタイムリープじゃ、なにも伝わらないし変わらない。

 変えなきゃならないのは・・・。


 俺自身だ!


「あのッ、心雨。

 いきなりゴメンだけど、聞いてくれる?」

「さっきから私の名前をどうして? いえ、お先にどうぞ・・・。」

 心雨はチラチラと周りを気にしながらも、いつかのような無視はせずに、俺の話に耳を傾けてくれようとしている。


 目を閉じて大きく息を吸い込んで、俺は思い切り吐き出した。


「俺は二年一組の佐藤晴人! 趣味は釣りです!

 俺と友だちになってください! おねがいします‼」

「エエッ!」


 野次馬から歓声がわき、囃し立てるような口笛が鳴り響いた。

 心雨は真っ赤にさせた顔を両手で覆った。


「返事下さい!」


 目を白黒させた心雨は、小さな声をやっと絞り出した。

「きゅ、急にそんなこと言われても・・・困るんですけど。」


 『困るんですけど』だって?

 俺はそんな心雨を心の底から笑い飛ばした。


「なーに、猫かぶってるんだよ!」

「ネ、ネコ?」

「キミが本当は明るくて負けず嫌いで、活発な女の子だってこと、俺は知っているよ!」


 キョトンとしている心雨に向けて、俺は情熱のままに自分の素直な気持ちをぶつけた。


「釣りが趣味なこと、おにぎりよりおむすび派なこと、雷が苦手なこと・・・。」


 俺しか知らない、キミのこと。

 例え、それがキミの欠片だとしても俺には全てが愛おしい。


 共有した過去は消えてなくなっても、俺の恋する気持ちまでは変えられないんだ。

 だから・・・。


「急に背が伸びたことで恥ずかしくて自分を出せないこととか、全部含めてキミが好きだ!」


 ぜんぶ言えた・・・‼


 その瞬間、涙がブワッと噴き出して、泣くのをこらえることができない。

 そのまま膝をつきそうになった俺は、必死で自分を励ました。


 ったく、泣くなよ情けないな!

 男のくせによ!


 その時だった。


「佐藤、いいぞ!」


 威勢の良い田中の声がしたと同時に、野次馬たちからの割れんばかりの拍手と歓声が廊下を埋め尽くした。


「カッコイイ!」

「頑張れ、佐藤‼」


 その声は俺が今まで浴びたことのない応援の雨嵐のようだった。

 このむず痒い、不思議な気持ちをどう例えたらいいのだろう。


 ただひとつ分かったことは、声援が力になるって本当なんだ!

 いつもなら気を失って倒れてしまほどの疲労感なのに、声援が俺の力を後押ししてくれた。

 

 そうだ。まだ、終わりじゃない!

 俺は涙を拭うとポケットから出した懐中時計の蓋を開けた。


「俺は心雨には幸せになってほしいんだ。

 だから、もう一度、時間を巻き戻す!」

「巻き戻すって・・・なに?」

「サヨナラ心雨。」


 俺は心雨の姿を目に焼きつけるように見つめた。

 それから、俺の残りの力ぜんぶを振り絞って、時計の針に注ぎ込んだんだ。


 ※


「あ゛あ゛あ‶ーーー‼」


 世界が輝き、一瞬にして辺りは白い光に包まれた。

 誰もいなくなった空間で、俺はひとりで激痛に耐えていた。


 タイムリープは過去を上書きしてしまう罪深き能力。

 サイコメトリーを使った後に使うなんて、一世一代の大博打。


 この痛みは天罰か、それとも死へのカウントダウンなのか。


 (ヤバイ・・・全身がバラバラになったみたいに動かない。頭がクラクラして、全然働かない。

 頼む。もう少しだけ耐えてくれ、俺のからだ‼)


 何度も気が遠くなる感覚をこらえて、白い光の向こうにできるだけ手を伸ばした。

 ここで諦めるわけにはいかないんだ!


(心雨が悲しみを背負う前、この学校に転校する前にまで戻らせてくれーーー!)

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