#16 降り続く心雨の物語
心雨を引き留めようと手をつかんだ瞬間。
カノジョの想いが俺の頭の中にとめどなく流れ込んできて、自動的に俺の目は心雨の目に切り替わった。
覚えている。
これは、あの時と同じだ!
ガキの時に雪也をサイコメトリーした時のような、ねじ伏せられる感覚。
抗えない強力な思念が俺の意思とは無関係に、取り囲んで飲み込んで、蝕んでいく。
俺は暴走する能力を止められなかった。
いや、暴走しているのは心雨の想いの方だ。
突然降り注いだスコールみたいに強い心雨の想いを、俺は受け流すだけで精一杯だった。
まるで止まない雨のように俺の中に降り続く、心雨の【想い】が・・・止まらない!
※
その日の私は緊張しながら初めて入るクラスの教壇に立った。
今日会ったばかりの担任の先生は、教室の隅で欠伸を噛み殺して腕を組んでいる。
簡単な挨拶だけをして、あとの説明は私に丸投げスタイルのようだ。
「先生、あの・・・。」
フォローを求めて身振りで示したけど、全然目が合わない。
二日酔いのような青白い顔をして額を押さえるこの人には、もうなにも期待できないと思った。
「はじめまして。」
私はクラス全員の視線を一身に浴びて、ゆっくりと大きな声で自己紹介をした。
「小樽の高校から転校してきた鈴木小雨です。
よろしくお願いします。」
お辞儀をした途端、色んな方向からささやき声が飛び交ってきた。
「背デカ! 」
「スカイツリーかよ。」
「隣に立ちたくね~!」
「顔は可愛いけど、ナイ。」
身長をイジられたのは初めてのことで、動揺した。
ざわざわとした空気がやまないクラスの中で、自分の存在だけが異質に感じる。
(半年で身長がグンと伸びたから・・・。)
確か最後に身体測定で計った時には178センチで、これ以上は伸びないでくれと神様にお願いしながら眠った日もあった。
自然と背中を丸めて席に戻りながら、私は恥ずかしさで頭の中がどうにかなりそうだった。
(人間関係は最初が肝心だし、何とかしなきゃ。)
地味に、大人しく先生にも反抗しない。
私は自分を守るために、この誓いを固く心に決めた。
※
「あら、髪型変えたの? 」
夜勤明けに玄関ですれ違ったお母さんが、登校前の私を見て驚いた顔をした。
「しかも眼鏡も久しぶりね。コンタクトを買い忘れたの?」
ホントは昨日から変えているけど、お母さんが疲れていて気がつかなかったんだよ。
私はムリに笑顔を張りつけて答えた。
「次のバイト探すまでコンタクト代もバカにならないし、学校には眼鏡で行こうと思って。」
「ふうん。心雨が言うならいいけど。・・・うちの家計のことは、アンタが心配しなくても大丈夫よ。」
「心配してないよ。お母さんこそ無理はしないでね。」
「ハイハイ。娘に心配されるようなお母さんじゃないわよ。
それじゃ、行ってらっしゃーい!」
玄関のドアが閉まると、私は歩きながら大きなため息を吐いた。
ママには言えないよ、本当のことは。
だって知っているんだもん。
ママがお酒を飲んだ時には、いつもお父さんの仏壇の前で泣き疲れて寝ているのを。
「お父さん、何で死んじゃったの・・・?」
※
「ウチの高校は他より生徒会の選挙が早くて、来月から始まるんだ。
成績優秀な鈴木には、ぜひ会長に立候補してほしい。」
放課後に職員室に呼び出された私は、担任の畠中に面と向かってこう言われた。
(エッ⁉ 目立ちたくないよ!)
なんのために地味に生きていこうと決めたか分からないじゃない。
断るつもりだったけど、たまたま職員室に居合わせた女子グループが、それを聞いて騒ぎ始めた。
「鈴木さんが生徒会長になるの?
イメージどおりだね。」
「私も賛成! 推薦人やるよ!!」
「鈴木さんなら、なんか似合うよね。」
転校してから初めてクラスメイトに囲まれた。
私は立候補を辞退して、この空気を壊すのは違うと思いとどまった。
(断ったら、逆に目立っちゃう!)
「私、やります!」
※
週末は家から電車に乗って海に釣りに行く。
あまりこのスポットは友だちが居ないけど、仕方ない。
でも、小さいころに何度かお父さんに連れられて来ていた思い出がある。
前の学校では同世代の釣り友だちもたくさん居て、週末が待ち遠しかった。
でもお父さんが死んでからはなんとなく友だちと遊ぶ気力がなくなって、スマホを見るのをやめた。
海は好きだ。
憂鬱な人間関係もどうにもならない現実も、すべて白波がさらって行ってくれるから。
視覚では海の底までは見えないけど、ラインを落とした先に広がる弱肉強食の世界には、こんな悩みなんてちっぽけなものだろう。
私は釣りに飽きると、リュックにつけたお父さんが買ってくれたウサギのキーホルダーをもて遊ぶ。
このキャラが好きだと言ったら、何個も同じモノを買ってきてくれた。
私と同じ、不器用なお父さんだったな。
「お父さん、私、転校してから、何やってもうまく行かないの。
前の学校では自分を出せていたから楽しく過ごせていたけど、誰にも本音を言えなくなってから友だちの作り方も分からなくなっちゃった。
嘘の自分を塗り重ねて、私は何やってるんだろう。
ねぇお父さん・・・。」
呟いてもどうしようもない気持ちだけど、心が軽くなるような気がして、毒を吐くことをやめられなかった。
いいの。
ぜんぶ波音が消してくれるから。
やがて涙と鼻水が止まらなくなって、私はティッシュをポケットから取り出した。
その時、誰も来ないはずのテトラポッドに人影が見えた。
「こっちに来る!」
泣きはらした顔を他人に見られるのが嫌で、私は慌ててテトラポッドの陰に隠れた。
「あれ、あの人・・・。」
どこかで見たことあると思ったら、一組の男子じゃないかな。
よく学校の図書館でも見かけたし、カレの後に本を借りることが多くて、司書の人が呼ぶ名前だけは知っていたから。
私は彼の持っている竿を見て驚いた。
「わあ、玄人好みのロッド持ってる! あのカスタマイズは熱いよ・・・。
しかもおひとりさま? 孤高の釣り師だわ。」
もし、釣りが好きなら話しかけてみたい。
私は好奇心でいっぱいになった。
「でも、私みたいなデカイ地味女子に話しかけられても、迷惑だよね・・・。」
カレは周りの男子に比べて小柄な、小動物系男子だ。
デカい女子が隣に来たら、嫌な気持ちにさせてしまうかな?
「佐藤くんの下の名前は・・・確か晴人くん。いつか、一緒に釣りがしたいな。」
※
心雨の目で俺は愕然としていた。
心雨もボッチで悩んでいたのか!
まさか学校では知らないフリをしようと言ったのは、俺に気を使ってたのかよ・・・。
チクショー!
俺は全然、心雨の気持ちを理解していなかったんだ‼