#15 告白
うちの学校は教室と教室の間がテラスになっていて、大きな円形のテーブルとイスが置いてある。
俺は心雨が、田中と向き合っているのをガラスの内窓越しに眺めていた。
キーホルダーの金具の確認という重要なミッションを、田中に託したからだ。
ボッチの俺が話しかけても変態だと思われて無視される可能性があるけど、イケメンの田中がたまたま偶然にぶつかった心雨を気にかけて、ついでにリュックのキーホルダーを気にしてやるのは自然だろう。
名付けて【イケメンにぶつかったらキーホルダー落とさなかったよ作戦!】
略してIBKRO!
フッ、我ながら恐ろしい才能。
俺、将来脚本家になれるのでは?
※
田中はこの計画を聞いた途端「少女マンガか。」と笑い飛ばした。
けど、待ち伏せした廊下で心雨とすれ違うときには、うまくぶつかってよろけさせた。
「キャッ!」
「ごめッ! 悪い、前見てなかったわ。
キミ大丈夫?」
「・・・平気です。」
「ああ、リュック落としたよ。」
ッし! 狙い通りだぜ。
少女マンガというよりはまるで映画のワンシーンみたいだ。
田中よ、将来は俳優になったほうがいいのではないか?
田中はぶつかった拍子に、床に転がった心雨のリュックを持ち上げて埃を払った。
そして今、気がついたかのようにキーホルダーの金具をわざとらしく指さした。
「あっれ~、この金具、壊れていない?」
(いいぞ、田中!)
俺は廊下からテラスに移動した二人から一度目をそらすと、大きく肩で安堵の息を吐いた。
今のところはうまくいってるように見える。
これがきっかけで二人が恋仲になってくれたら・・・。
そう思うと胸の奥がチクリとした。
まただ。
胸の奥に埋もれていた棘が、頭を出してきたようだ。
いいじゃないか。身長から見ても心雨には田中がお似合いだ。
ただ、思っているよりも心雨の田中に対する反応が希薄に見えるのは、俺の希望的観測だろうか。
もしや、タイムリープの影響とかじゃなきゃいいんだけど。
それにしても、分厚い強化ガラスのせいで話している内容が聞こえないのはもどかしい。
俺は見えないギリギリで耳をピタリと壁に張りつけてみたが、二人の会話は少しも届きはしなかった。
※
やがて、微妙な顔をした田中が俺の元に戻ってきた。
俺はすがりつくように田中の両腕をつかんだ。
「ど、どうだった?」
「ん-。ウサギのキーホルダーの金具の件、聞いてはみたんだが。」
田中はすまなそうな顔をして頭をポリポリとかいた。
「あのリュックについている金具は壊れてなかった。」
「そ、そんなはずは・・・!」
「俺も、引き下がれなくなって、他にウサギのキーホルダーがあるかを聞いたんだ。
そしたら、キーホルダーをたくさん並べられて『どれのこと?』って聞かれて、うまく答えられなかったんだよ。
すまんが佐藤よ、自分の目で確かめてくれないか?」
※
俺がおそるおそるテラスに出ると、制服姿の心雨が静かに席に座っていた。
眼鏡の奥の黒くて丸い瞳、長い髪をねじりパンみたいに編み込んだ髪型。
俺に冷たい生徒会長Var.の心雨だ。
姿かたちはまちがいなく俺の知っている心雨だけど、俺たちが釣りをしていた時の思い出は、今のカノジョの中には一ミリも残っていないんだ。
そう思うと、切なくて胸がひきちぎられそうになるけど、今は感傷に浸っている時間はない。
俺を認めて不審そうな顔をする心雨の視線に耐えながら、俺は声を裏返して口火を切った。
「心雨ッ・・・じゃなくて、鈴木さんッ!
あの、っと、俺のこと・・・知ってますか?」
「二組の佐藤晴人くんですよね。」
「え、俺の下の名前まで知ってるの?」
「あ・・・一応。」
な、なぜだ?
予想外の答えに頭がグルグルとしてパニックになってしまった。
思わず沈黙していると、心雨のほうから切り出してきた。
「田中くんから聞いたけど、私のウサちゃんのキーホルダーの金具が壊れてるって本当ですか?
しかも佐藤くんが見分けられるって。」
ここは気持ちを切り替えよう。
俺はテーブルを指さした、
「あの・・・はい。
キーホルダーを全部見せてもらってもいいかな?」
心雨は俺に指示されたとおり、大きさや形の似たようなウサギのキーホルダーテラスのテーブルにを並べた。
俺は手が触れないように目をしっかりと見開いて、じっくりとウサギの顔を見比べた。
これはちょっと目が離れている。
こんなに頭は大きくなかった。
ン、これは・・・。
「このキーホルダーの金具をよく見てみてください。」
「あ!」
心雨が動揺しながら財布についていたキーホルダーのナスカン金具をつまんだ。
ナスカンの可動する部品が緩んでいて、簡単に外れてしまいそうだ。
「ホントだ。危なかった・・・!」
でも、なぜこれを佐藤くんが・・・どうやって分かったの?」
俺に詰め寄る心雨。
その時、テラスに女子の団体が入って来た。
「どうした?なんの騒ぎ⁉」
「わかんない。生徒会長に男子が告ってるみたい。」
「アハハ! 身長差ヤバッ。逆じゃん。」
事情も分からないくせに、好きなことを言いながらワイワイと俺たちを話のネタにする女子たちに、遠慮という言葉はない。
心雨はすぐに俺から離れると、テーブルの上のキーホルダーを集めてリュックに放り込んだ。
「ひ、人目もありますから、それでは!」
ミッションは完了したんだ。
俺は、心雨の思い出を守ったはず。
なのに。
なぜか昔の雪也の顔がチラついて、俺は血の気が失せた。
ここで心雨と別れていいのか?
もう二度と会えないような、そんな予感がして・・・。
「ちょ待って!」
「アッ・・・。」
心雨を引き留めようと思わず手をつかんだ瞬間
カノジョの【想い】が俺の頭の中にとめどなく流れ込んできた。