#14 タイムリープ成功
俺は光の輪に入り、辺りは真っ白い世界に包まれた。
何もない世界で、俺は上空から世界を俯瞰している。
サイコメトリーの感覚とは全然違う。
強いて言えば、幽体離脱とはこういうことを言うんじゃないのだろうか。
ふと気がつくと、俺の目の前に小さな男の子がいた。
見覚えがある。
それもそのはず、小学生の俺だ。
え、どこまで遡ったんだよ・・・⁉
小学生の俺の周りに、いつのまにか子供たちが増えた。
どれも見慣れた顔。
全員、俺の友だち。
「ねえ、晴人。占いしてよ。」
友だちのひとりが俺に話しかけてくる。
「いいよ。」
俺は目を閉じてそいつの手を握る。
目を開けた瞬間、俺は口の端をニヤリと上げて宣言するんだ。
「昨日、餃子食べたよね。」
「うわ、スゲー! 当たってる!」
この頃の俺は自分の能力を自在に使いこなして、貧血にもならなかった。
しかも占いなんて言葉で友だちに披露しては羨望の目で見られることに喜びを感じていたから、人の心を盗み見ることに何の抵抗もなかった。
当然、友だちは俺を取り囲みちやほやするんだ。
みんなが俺を慕っていたから、俺も持ち上げられていい気分だ。
その中でたったひとり、いつも占いに参加せずに輪の中から遠ざかる男の子がいた。
隣の家に住んでいた幼なじみの雪也だ。
「雪也、お前は占いしないの?」
「ああ、うん。大丈夫。」
「ズルイぞ、オマエもやれよ!」
やんちゃ坊主の陽都がはやし立てて雪也の背中を押す。
たまらず逃げる雪也。
よせばいいのに、俺は逃げる雪也を追いかけて無理やり手を握る。
俺は友だちの中で、どこか大人びた雪也ともっと仲良くなりたいと思っていた。
普段大人しいヤツだったから、遠慮しているとも思っていたんだ。
手にギュッと力を入れた瞬間、雪也の想いがなだれこんでくる。
え・・・? 何だコレ・・・。
いつもは蛇口をひねるように、見たいものだけ取り出せていたのに、雪也は違った。
俺に対する嫉妬・羨望・憎悪・卑屈・・・それから嫌悪。
愕然とする俺に追い打ちをかけるように、それを上回る哀切の感情が襲ってきた。
この感情は、誰に向けられたモノなんだ?
あ・・・。
「やめろよ!」
雪也の顔が真っ赤になって、俺の手を無理やりはがした。
俺は初めての経験にクラクラしながら、ようやく細い声をしぼりだした。
「お前の母さん・・・浮気して・・・家出したの?」
「全然違うよ・・・嘘つき‼」
雪也は怒って俺を突き飛ばすと、走ってその場から去った。
俺はその場で倒れて生死のふちを彷徨い、一ヶ月入院した。
※
雪也の家が引っ越しをしたと聞いたのは、退院した直後だった。
部屋のブラインドを閉めるとき、夜になっても灯のつかない隣の家の窓を見ると心が痛くなった。
それからというもの俺は制御できなくなったサイコメトリーをむやみに使わなくなり、人との関わりを避けるようになったんだ。
これはタイムリープじゃない。
胸の奥に押し込んでいた嫌なことを思い出したのは、タイムリープの能力の代償だろうか。
このことは忘れかけていたのにな・・・。
それから映画を見るようにどんどん俺が大きくなって、高校生の制服を着た時、また目が眩むような光に包まれた。
※
「佐藤~、オイ、佐藤起きろ!」
うるさいな・・・。
母さんじゃなくて、怒った男の声がする。
それから耳元で、同世代くらいの男子の焦った声が聞こえた。
「おい佐藤、マズイって!。」
マズイって何?
なんだかどうしようもなく疲れているんだ。
もう少し・・・あと十分でいいから寝かせてくれ。
無視して動かないと決めた俺の頭に鈍い衝撃が走った。
ボコッ!
「ギャッ‼」
目の縁に涙を浮かべて顔を上げると、田中がペンケースを手にしたまま、愉悦の表情を浮かべていた。
「HRから今まで寝続けるなんて、オマエ、意外に勇者だな!」
じんわりと汗が貼りつく蒸し暑い教室。
クラス全員が半袖の夏服。
外は日差しがすごく強くて、蝉の声がやかましく響きわたる。
俺は周囲をグルッと見渡して、もう一度田中に焦点を合わせた。
「今日ってさあ、何月何日? とりあえず夏だよね。」
「は? 何それ。まだ寝ぼけているのか?」
俺たちの会話が聞こえたのか、女子たちが抑えめにクスクス笑う声がする。
俺は田中にグイと詰め寄った。
「いいから教えろ。」
「新しいギャグ・・・ではなさそうだな。
明日から夏休みの三時限目だよ!」
タイムリープは成功したんだ!
俺は静かににガッツポーズを決めると、田中に変な顔をさせてしまった。
ここからが正念場だ。
俺は散らばっていた思考を整理した。
心雨を探す
↓
キーホルダーの金具の確認
↓
静かに退散。
もう二度と、心雨の人生には関わらない。
心雨にキーホルダーの金具が壊れていないかだけでも確認してもらえれば、落とすのだけは回避できる!
でも、また無視されたら?
匿名の手紙で注意を促すという手もあるかな。
でもーーー。
「そうだ!」
ある作戦を思いついた俺は、田中の顔をマジマジと見つめた。
「なに? 俺の顔に何かついている?」
「頼む! お前をイケメンと見込んで、大事なお願いがあるんだ。」
「褒められるのは嬉しいけど、それが関係ある?
内容にもよるけど・・・何?」
俺はサイドに隠しツーブロックをして、ピアスの穴が開いている田中の耳にヒソヒソと計画を打ち明けた。
俺の話を聞いて一瞬、驚いた表情をした田中は子供のように声を上げて笑い飛ばした。
「何だよ、その計画。小学生かよ。」
「分かってるよ。でも、田中にしか頼めないんだ。」
「ふーん、マジなんだ。まあ、そこまで言うなら引き受けてやっかな。
でも、高くつくよ。」
「い、いくらですか?」
「冗談だよ。今度、家系ラーメンおごってくれや。」
「家系? 手作りラーメンのこと?
作ったことないけど、今度挑戦してみる。
あ、今まで家に誰も呼んだことないから妹と母さんが騒ぐと思うけど、大丈夫そ?」
俺の話が終わるや否や、田中は弾けるように声を出して笑うと、涙を手の甲で拭った。
「今まであんまり話したことなかったけど、佐藤っておもしれーヤツだな!」
その瞬間、俺たちの耳に、先生の雷が落ちた。
「佐藤と田中!
授業中に普通に喋るな‼」