#13 不穏な雲
辺りがオレンジの光に染まってカラスと海鳥の鳴き声が激しく交差する、昼と夕方の合間。
夢と現実の境のようで、不安な気持ちになるのは俺だけだろうか。
強めの風が海岸に白波を引き寄せて、テトラポッドに打ち寄せる波音が大きく聴こえる。
砂浜に押し寄せていた人波はだんだんとまばらになり、太陽は海へと姿を消していこうとしていた。
(残念だけど、そろそろかな。)
時は有限なのが、今日は本当に悔しい。
心雨の足元の影が長くなったのを見て、俺が声をかけようとしたとき不意に心雨が口を開いた。
「あの晴人くんて、同じクラスの田中くんと仲良いの?」
「いや、あんまり。どうして?」
「ううん。聞いてみただけ。なんでもないの。」
寸止めは余計気になるんだが・・・!
もしかして、田中の情報が聞きたかったのかな?
嫉妬心に襲われながら、俺は喉まで出かかった言葉を飲み込んで明るく笑った。
「今日は楽しかった! 暗くなるから、そろそろ片づけて帰ろうか。」
「だね。また来週。」
リュックに釣り道具をしまおうとしていた心雨が、急に青ざめて辺りを見まわした。
ポケットに手を入れたり、バケツの下をのぞきこんだりして何かを探している。
「どうしたの?」
「無いの・・・!キーホルダーが。」
「エッ、どんなヤツ?」
「ピンクのウサギ・・・どうしよう。」
心雨の声が震えている。
まさか、田中からのプレゼントじゃ?
「パパの形見なのに・・・。」
「それは大変だ!」
俺は単細胞の自分を責めつつも、安堵していた。
「探そう。テトラポッドの隙間とかに落ちているかも。」
「でも、もう電車の時間だし。
次の便逃したら、帰るのが遅くなるよ!」
「そんなのいいよ。とりあえず暗くなる前に探さなきゃ!」
丸い目に涙をいっぱい溜めた心雨は、胸の前で両手を固く組みながら言った。
「ありがとう!」
「心雨はこの辺りを探して。俺は向こうを探してくる!」
※
俺はテトラポッドのブロックの隙間をひとつひとつ確認しながらある思いに囚われていた。
「俺の能力を使えばすぐに見つけられるけど、心雨の手を直接握る必要がある。」
心雨に聞こえないようにつぶやくと、妄想シュミレーションを開始してみる。
『今日の記念に握手して』は不自然か?
強引に『手をつないで帰ろう』と誘ってみるとか?
いや・・・それはダメだろ。
っていうか、俺にそんな度胸がない。
「たとえ上手くクリアしても、こんな場所で貧血で倒れたら・・・迷惑すぎるよな。
一体、どうしたら・・・。」
無常にも夕暮れは宵闇をすぐ下に引き連れてきて、徐々に辺りは薄暗くなってきた。
俺は携帯用の小さな懐中電灯、小雨はスマホのライトをつけなければ、目がきかない状況になってきた。
懸命に探したけれど、キーホルダーは見当たらなかった。
能力で探したとしてもテトラポッドは至る所に小さな海の隙間があるから、落ちていたらもうおしまいだ。
これ以上暗くなったらもう・・・。
俺は向こうにいる心雨を盗みみたけど、ブロックに這いつくばって必死に探している彼女を見ていると、自分から探すのを止めるわけにはいかないと思った。
何かいい方法はないのか?
「いや、待てよ。」
俺はハッとしてた。
急いでパンツの尻ポケットから、古めかしいいぶし銀の懐中時計を取りだした。
「これならイケる!」
※
(一度も試したことはないから、どうなるかは分からないけど・・・。)
俺の手の中の古びた手巻き式の懐中時計は、チッチッチッと正確に秒針を動かしている。
母さんのじいちゃんの代から受け継がれているという、佐藤家のいわくつきの家宝だ。
いわくつきとは言ったが、それにまつわる話がある。
昔、能力者だった母さんのじいちゃんの弟の【千太郎】が恋人を災害から救うためにタイムリープした。
恋人は助かったけど、千太郎は災害に巻きこまれて帰らぬ人に。
しかも変えてしまった過去の一部分が消えてしまい、恋人の女性は千太郎のことをまったく覚えていなかったそうだ。
悲しいし、切ない話だ。
だからこそ、この懐中時計は安易に使ってはならないと、小学校に上がる直前に母さんに聞かされた。
俺は恐ろしくてすぐにクローゼットの隅に追いやったっけ。
それが最近、電池式の腕時計をどこかで落としたのをきっかけに、急に思い出して使うようになった。
普通に使えばただの時計だからな。
でも、もしこの懐中時計に能力をこめて使いこなせれば、心雨の杞憂を晴らすことができそうな気がする。
俺は懐中時計を見つめながら、ある決心を固めていた。
※
「こんなに暗くなったら、もう探すのは無理だね。」
海は夜の闇に包まれて、その姿を変えていた。
昼間の暑さと対照的に、露出した肌を刺す冷たい風が俺たちを嘲笑う。
「つきあわせてゴメンね! もう探さなくていいよ・・・。」
心雨は憔悴しきった顔に無理に笑みを浮かべて、俺の前に近づいてきた。
俺は心雨に構わず、ブロックの隙間に電燈の光を照射して舐めるようにキーホルダーを探している。
「ねえ、晴人くん。もういいから・・・!」
いいわけないだろ。
俺は心雨に噛みついた。
「諦めるなよ!」
サイコメトリーなんかしなくても、心雨の気持ちが痛いほど伝わってくる。
だから、だからこそ、俺に気をつかう心雨にイライラしてしまうんだ。
「電車も乗れなくなっちゃうし、ホントにいいの。
大事なモノなのに、持ち歩いていた私が悪いんだし。」
違う。
悪いのは俺の方だ。
チートな能力があるにも関わらず、それをコントロールできず試してみる勇気もない、キミのために何もできない男。
でも、ひとつだけ希望があるとするならば・・・。
俺は明るい声を出して心雨に笑いかけた。
「安心して。必ずキーホルダーは心雨に返すから。」
「どういうこと?」
俺はおもむろにフィッシンググローブを脱ぐと、尻ポケットから懐中時計を出した。
「これでーーー。」
それから、手のひらに意識を集中させた。
・・・。
・・・。
全ての音が消えた。
水滴の波紋が落ちるように、俺の尖らせた神経の粒が懐中時計に一滴零れ落ちた。
「俺たちが出会う前まで、時間を巻き戻す!」
※
ーーーオフクロから受け継いだもうひとつの能力【タイムリープ】
この懐中時計に俺のありったけの能力を注ぎ込んで針を巻き戻し、過去に戻ることができるというチートな能力。
俺はビビリだから、怖くて一度も使おうと思ったことすらなかった。
でも、今なら。
心雨のためなら何でもできる気がするんだ。
心雨の悲しむ顔が鮮烈で、胸がはち切れそうだった。
こんなに誰かのことを考えたり誰かと一緒に過ごすことが、とても大切で愛しいことだなんて。
もう少しだけ早く気づいていたなら、心雨とちゃんと仲良くなれていたのかな。
心雨の驚いた顔が白い光に消えていく。
さよなら心雨。
せっかく仲良くなれたのに。
いや、
もう遅いかーーー。