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#12 神さまに感謝

 月曜日の事件のあとに熱が出て、丸四日も俺は寝込んでしまった。

 五日目の朝には体調が回復したものの、金曜日だけのために学校に出る気にはならかった。


 起床時刻になっても母さんに怒鳴られなかったから、部屋着のままベットでWEBマンガを読んでいると、

「オニィだけズル~い!」

 と突撃してきたボウタイの制服姿の雫に非難された。


「あたしも学校休みたい! 」

「大事を取って休むという言葉をオマエは知らんのか?

 また熱がぶり返したら困るからだよ。」

「どんなに熱があっても明日はゼッタイ釣りに行くんでしょ?

 それを世間はズル休みというんだよ。」

「あのなァ、わけわからん(やから)から助けてやったお兄さまに、なんだその言いぐさは!」

「助けてくれたのはオニィじゃないもん。動画配信してくれたイケメン先輩だもん。

 あーゆー人が雫のお兄ちゃんだったら良かったのになぁ。」


 イケメン先輩?

 俺は記憶をたどってハッとした。


 田中のことか!

 雫までアイツのファンになるとは・・・。


 恐るべし天性の人たらし。

 そういえば、心雨と田中の関係はどうなっているんだろう。


 ああ、悩むとまた熱が上がりそうだ。


「オニィが倒れたあと、店長に救急車呼ばれてさぁ。

 『身内だから一緒に乗れ』って言われて救急車に乗ったの、めっちゃ恥ずかしかったんだからね!」


 雫の声のトーンが一オクターブほど上がって、ヒステリックさに拍車がかかる。


「救急隊員の人にもすっごいアレコレ聞かれたけど、まさか『能力使った反動です』とかは言えないし!

 オニィってホントに要領悪いよ。」


 お、俺も少しは頑張ったんだけどな。殴られたし・・・。


 なんとも言えない寂しい気持ちが胸をよぎる。

 まあ雫のためというより、九割は心雨のためだけど。


 なにも言い返せない俺に、雫がトドメを刺した。


「でさぁ、オニィの好きな人って、あの背の高い女子なの?」

「な、なんでだよ!」

「だって、あたしがチンピラに絡まれても反応薄かったのに、あの人が注意してくれた途端、急にしゃしゃり出てきたじゃん。ホントに分かりやすいよね~。」


 分かりやすい?

 雫にバレたということは、田中と田中の周りにいたクラスメイトたちにも??


「今すぐ出ていけッ‼」

 即刻、雫を部屋から追い出した俺は、部屋に内鍵をかけて一日中引きこもった。

 

 ※


 週末は突き抜けるような青空が入道雲を抱え込み、向こう一週間は雨の日がない予報だ。

 当然、いつもの浜厚名に釣りに行く。

 俺は朝から小雨に会えることが嬉しかったけど、同時に月曜のカフェでの失態をイジられのが怖かった。


 心臓が飛び跳ねそうになるのを抑えながらテトラポットのスポットに着くと、心雨のほうが先に着いていた。

 今日もアウトドアブランドのTシャツにショートパンツの心雨は、ポニーテールに白いキャップというスタイルだった。うなじのほつれたおくれ毛が首元に汗ではりついていて、うつむく姿が色っぽく見える。


 俺は、いつも以上にドキドキしながらこちらに気づいて手を振る心雨に声をかけた。


「おはよう。早いね。」

「おはよう。もう顔のケガは大丈夫なの?

 この前はいろいろ大変だったね~!

 妹さんを助けるために立ち向かったんでしょ?」


 開口一番、心雨は雫の話題に触れてきた。

 俺はやっぱり、と思いつつも腫れの残る鼻をさすりながら苦笑いした。


「初バイトを見守るつもりが、騒ぎ大きくして逆に店に迷惑かけちゃった。

 帰ってから妹にも怒られたよ。

 ガラにないことはしないほうがイイね。」

「そんなことないよ! 素敵なお兄ちゃんだったよ!

 多分妹さんは、照れくさかっただけ。兄妹ってイイよね。」


 竿のセッティングの手を止めて、俺に微笑む心雨の目が優しい。

 たとえ心雨が田中のことを好きでも、今だけは俺しか見ていない。


 神さま。

 今日は、いい日になりそうです!


 ※


 午後からは風が強くてあまり遠投ではふるわなかったけど、俺たちは仕掛けをブラクリに変えて楽しんでいた。

 穴釣りはテトラポッドの隙間にいる獲物目がけて針を落とすだけのシンプルな方法で、子供でも簡単にアタリがくるので楽しめる。


 俺はルアーのワームをつけたけど、心雨は生きたアオイソメを豪快に手づかみで針に引っかけている。

 ミミズよりもデカくてヌルヌルと蠢く虫をいとも簡単につまみあげる心雨に、俺は素直に感心した。


「スゲー、よく触れるな。」

「こういうコトは女子のほうが度胸あるかもね。」

 涼しい顔でブロックの隙間にラインを落とす心雨は、俺の何倍も頼もしい。


 しかもニンニクやショウガのすりおろしをあらかじめアオイソメにまぶしてきたらしく、その強烈な匂いに誘われて面白いようにカサゴやイソガニが釣れた。

 

 俺は今日の釣果と一日に120%満足していた。

 ちゃんと心雨に新しいラインを渡せたしウマイ飯も食えたし、何より可愛い釣り仲間がいるということに自然と頬がゆるみっぱなしだった。


 こんなに幸せでいいんだろうか。

 俺はふと空を見た。


 神さまに感謝はするけど、晴れの日ばかりは続かないように、またすぐに災害級の嵐がくるかもしれない。


「晴人くん、カニが!」


 空から驚いた顔の心雨を見て、俺は釣り上げたばかりのイソガニがバケツから脱走しようとしているのに気づいた。

「うわーッ!」


 すぐにカエルみたいに両手をついてブロックに張りついたけど、動きが速くてなかなか捕らえられない。

 クソ、せっかく釣れたのに!


「待って待って!」

 心雨もカニの進行方向を手でふさいでくれる。


「っし! 捕まえた‼」


 ギャーギャー騒ぎながらもカニを捕えた俺の両手の上に、心雨の両手が力強く重ねられた。

 思わず驚いて手の力が緩んでしまい、指の隙間から逃げたカニは俺の手の甲と心雨の手の中の空間に入り込んだ。


「大丈夫、まだ手の中にいるよ!

 晴人くん、そのまま動かないでね!」


 心雨との距離がとても近い。揺れた髪からシャボンのいい匂いがして、俺はドキッとした。

 グローブ越しだけど手が密着している!

 心雨の長いまつ毛も目と鼻の先にあって、俺の緊張は最高点に達した。


(これヤバイ・・・。)


「よし、逃走阻止は無事に成功したよ! このコ、めちゃくちゃすばやかったね。」


 両手で包んだイソガニを優しくバケツに戻すと、心雨はしばらくのあいだ慈悲深くカニを眺めていた。


 な、なんだ。

 意識してるのは俺だけ・・・だよな。


 身長のわりには小さな心雨の手のひら。

 そのあたたかい感触が、俺のこころもあたたかく包んでいる。


 俺はこのひとときの独りよがりな幸福な時間を、一生忘れられないだろうと思った。  

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