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#10 晴れ時々曇り

 いつもの週開けのダルさがウソみたいな月曜日の朝。

 俺はけたたましい電子音が鳴る前にスマホのアラーム機能を止めて、体を伸ばしながらベッドを降りた。


 勢いよく開けたカーテンから弾け出す七色の光線がまぶしいくらい、いい天気。

 まるで俺の心の中のような、すがすがしい朝だ。


 思い起こせば母さんに怒鳴られないで起きるなんて、小学生ぶりかもしれない。

 その頃は、夏休みのラジオ体操で皆勤賞が駄菓子の詰め合わせだったから、頑張って自分で起きていたんだよな。


 我ながら根が単純なヤツだけど、今もそれは変わらないらしい。

 駄菓子が心雨になっただけ、というのは非常に失礼な話だけど。


 カーテンのタッセルをきちんと留めて、俺は鼻歌まじりに自分の部屋を出た。


 ※


 階段を降りてキッチンを横切ると、タブレットで動画を視聴しながら皿洗いをしている母さんの横顔が見えた。


「おはよ。」

「え、晴人・・・! やだ、もうそんな時間なの⁉」


 母さんは、俺を見て大げさに目玉をひん剥き、慌てて見ていたタブレットの時刻を確認した。


「あらら? やっぱり、まだ6時よね。

 ど、どうしたのよ。アンタがいつもより早起きだと母さんの調子が狂うじゃない。」

「チェッ。早起きでも遅起きでも怒られるのかよ・・・。」


 舌打ちして浴室に向かうと、寝ぼけまなこの雫とすれ違った。


「えっ・えっ・え~!」

 雫は思い切り廊下の壁に背中を打ちつけた。


「オニィがあたしより早く起きるなんて、まてムリ・・・!

 もしかして、これから雪降る?」

「夏なのに降ってたまるか。」

「今日から初バイトだから雪降らされると困るんだよね。」

「え、バイト? どこでだよ。」

「もう。前にもゆったじゃん。JRの高架下のカフェ。

 【afterall】だよ。」

「ああ・・・あそこのコーヒー美味いよね。

 もしかして、従業員割引で飲めたりする?」

「初日だからわかんない。でもぜったい来ないでね。

 身内を接客するとか、雫的にはマヂでありえないから。」

「バイト初心者のコーヒーなんかに、金出すのがもったいないわ。

 一年たったら行ってやるよ。」


「ムカつく~!」

 雫が犬が威嚇するようにウーと唸ったので、俺もわざとワンワンと吠えてやった。


 ※


 放課後、俺は【afterall】の裏口からコッソリと店内に入った。

 やっぱり、雫が心配で来てしまったのだ。


 そう、俺は妹に激アマな兄だという自覚がある。


 正面入り口から入るとレジの店員に挨拶されるのだが、裏口から入るとカフェに併設されているパン屋側なので、カフェ側からは死角になる。

 うかつに正面から入って雫に気をつかわせるのも悪いから、遠くから様子をうかがうつもりだ。


(さて、雫はちゃんと仕事しているかな。

 アイツ、しっかりしていそうだけど、ギャルで生意気だし協調性とかあるのかね。)


 俺は入り口の横に用意されていたプラスチックの白いトレイと銀色のトングを手に持つ。

 パンを選ぶフリをしながら、俺はこっそりとレジの周りをうかがった。


 レジは三台。

 手前と真ん中は違うな。一番奥の店員は顔が見えない。


 危険は承知で、もう少し近づいてみるか。

 カフェとパン屋の仕切りの陰からそうっと顔を出すと、客席に見慣れた顔が見えた。


 心雨!


 俺は驚いてトングを落としそうになった。

 こんな偶然・・・いや、少女マンガ展開大歓迎!


 一気にテンションがアガって声をかけようとしたけど、はたと思いとどまった。

 制服姿に眼鏡姿の心雨に声をかけていいものか・・。


 学校では他人のフリの約束。

 ほ、放課後はどっちだ?


 雫を見に来たのに、俺はいつのまにか心雨のことで頭がいっぱいになっていた。

 そうやってもたついていると、心雨の席の向かいに男が座って話しかけているのが見えた。


(ンだよ、馴れ馴れしいヤツだな! ま、待てよ・・・!)


俺は口をあんぐりと開けたままを固まった。


(アイツ、同じクラスの陽キャ、田中じゃないか‼)


 心雨は読んでいた文庫小説を閉じて顔を赤らめ、田中に笑いかけている。


(なんで? なんで心雨と田中が同じ席に・・・。まさかアイツら、付き合っているのか・・・!?)


 パニックになった俺の耳に、レジの方からドスのきいた声音が聞こえた。


「オイオイ、ねーちゃん。何だよこのお釣り。

 どう見ても少なすぎるだろ。」


  一番奥のレジでもめ事か?

 視線をずらした俺はハッとした。

 

 奥のレジで強面の男の接客をしていたのは、雫だったんだ、


 ※


 男の怒号が響きわたり、店内は静寂に包まれた。

 有線からは旬のアイドルの夏ソングが流れているというのに、緊張感がハンパない。


 雫は蚊の鳴くような細くて震える声で口火を切った。

「コ、コーヒーМサイズが360円で、お客様から1000円お預かりしましたので640円のお返しです。」


「だから、俺出したの一万円だよ?9000円も足りないだろ。

 大体、さっき俺が一万円を両替したいって言って、金を出したのは見たよな?」

「そう・・・なんですけど・・・。私、ちゃんとお札の種類を見ないで機械に入れたんです。

 でも、ポスレジだから機械が計算してるし、お金のまちがいはないと思うんですけど・・・。」

「ハァ?

 俺がウソついているってこと??」

「いえ、でもおかしいなって・・・。」


「どうなってんだよ。両替ができないっていうから、わざと一万出して崩そうと思ったのによぉ。

 釣りは寄こさないわウソつきよばわりされるわ・・・この店、店員の教育なってねぇな!」

 自分の言葉に呼応するように、男の語気がどんどん荒くなってくる。


 コレはマズイ・・・!


 俺は周りを見渡した。

 雫は今にも泣き出しそうに涙をためて立っているのに、他の先輩店員は助けてくれないのか?


『て、店長呼んできて。』

『今、トイレ行ったから無理!』


 ヒソヒソと耳打ちし合う店員のささやき声がもれて聞こえる。

 クソ、本当に店員の教育がなってねぇよ!


 俺は兄として助けに行きたかったけど、心雨と田中に見られることを恐れて躊躇していた。


 どうする?

 どうする、俺!


「あの、スミマセン。

 他のお客さんもいるんで、迷惑だと思います。店の外で話しませんか?」


 落ち着いた若い女子の声が店内に響いて、空気が一変した。


 え、ウソだろ?


 男の前に立ちはだかっていたのは心雨だった。

 心雨に一瞬怯んだけど、男は自分よりデカい心雨をいまいましく見上げた。


「JK? この店にはカンケーねぇよな? ガキは黙ってろ! 」

「ガキだから、大人には常識のある行動をしてほしくて口を出しました。

 どうか、冷静な行動をしてください。」

「どいつもこいつも、生意気なんだよ!」


 男が心雨に向かって手を振り上げた瞬間、俺はとっさに駆け出していた。



「やめろ!」

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