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#9 同じだけど同じじゃないから

「あのッ、心雨!」

「じゃーん。

 真鯛のアクアパッツァの、でっきあがり~!」


 俺が口火をきった言葉は、フライパンの蓋を持ち上げる心雨の無邪気な声で上書きされた。

 磯の香りに煮魚の食欲をそそる匂いが混じって、俺の鼻孔にダイレクトアタックをかましてくる。


 フライパンから飛び出る60センチ近いクラスの真鯛を初めて釣りあげた事実より、誰かと初めて釣りをして調理して食事をすることのほうが興奮するし、心臓がバクバクする。

 俺の隣で真鯛を切り分ける心雨には、俺のチキンな緊張のキの字も届いていないんだろうけどな。


 ボッチな俺の目の前にハイスペな超絶美少女が降臨しているこの状況では、ホントに何も言えねえ。

 俺は聞こうとしていた言葉をそのままゴクリと飲み込んだ。


「どんな味か楽しみだねぇ!

 おむすびも持ってきたから食べてね。」


 俺はリスのイラストがプリントされた包みに入っている楕円形の【おむすび】を受け取った。

 確かにおむすびは三角じゃないほうが、()()()気がする。


「ありがとう。ごちそうさま。」

「さあ、問題です。今日のおむすびの具材は何でしょう?」

「ああ・・・えっと、サケ?」

「ブー。ワカメでした。

 あれ? もしかして、前にニオイで当てられたのは偶然だったりして。」

「バレた? 」


 俺は苦笑いした。

 だって前と同じ轍を踏まないように、わざとフィッシンググローブを脱がなかったんだ。


「その聞きたいことが・・・モグモグ・・・ウマァ!

 キミは学校で・・・クチャクチャ・・・ゲホゲホッ‼」 


 俺が咳込むと、心雨が優しく背中をトントンしてくれた。


 へへ。

 わざとじゃないけど、なんかラッキー。


「喋るか食べるかどちらかにしたら?」

「先週の約束のコトなんだけど、破ってゴメン!」

「でも・・・今日は来てくれたじゃない。」


 心雨は一瞬、海を見てから俺にとびきりの笑顔を見せた。


「許しちゃう!」


 反則級の可愛らしさ!

 俺は指の力が抜けて、あやうく持っている紙コップを落としそうになった。


 クソ、現実世界にエフェクト効果なんてあったのか?

 心雨の周りだけ、なんでこんなに輝いて見えるんだよー!


「あと、つかぬことを聞きたいんだけど。」


 俺はこの日のために、ずっと用意していた台詞を伝えた。

「もしかしたら、すごくよく似た姉妹とかいる?」

「ひとりっこだよ。」

「じ、じゃあさ、鈴木生徒会長と心雨は同一人物だよね⁉」

「そう。」

「でも、俺が学校の階段で話しかけたときに無視、したよね・・・?」


「ゴメンね!」

 太陽のような笑顔を見せていた心雨に、一瞬、翳りが見えた。

 長いまつ毛が伏せられて、頬が少しこわばって見える。


「学校の私と今の私は同じだけど同じじゃないから。」

「何だよそれ。なぞなぞ?」

「この前、晴人くんが話していたカフェラテとカフェオレみたいなことかな。」


 俺は髪をバリバリと掻きむしった。


「わっかんねーな。ますます頭痛くなるッ!」

「学校では人目があるし、おたがい知らんぷりしない?

 変に噂されたら嫌でしょ?」

「ああ・・・。」


 人目が気になる、か。

 なんだか胸につっかえてこんがらがっていた色んなことが、ストンと胃の奥底に落ちてきたようだった。


 分かっていたけど、現実は残酷だな。

 つまり学校いちボッチな俺と友だちづきあいするのが、心雨的にはキツイってことか。


「そうだよね。」

 心雨は俺の反応をうかがいながら、ゆっくりとした口調で返した。


「学校なんかより・・・こうやって外で仲良くしてくれるほうが私は嬉しいな。

 迷惑?」


 ズッキュン!

 イチイチ目が合うたびに撃ち抜かれる俺の軟弱なハートよ!


「ぜんぜん大丈夫!

 学校なんてどうでもいいよ‼」


 俺は慌てて心雨に調子を合わせることにした。

 内心、俺の心には冷たい雨がザーザー降っているが、ここで俺の気持ちを素直に吐露したら、この関係性が終わってしまうだろう。


 せっかく繋がったこの縁だけは、守りたい。

 俺はヘラヘラと馬鹿みたいに笑って、ペコッと勢いよく頭を下げた。


「釣り仲間最高です! これからも週末はよろしくお願いします!」


 心雨が頭を戻した俺と目を合わせて、ニッコリと素敵な白い歯を見せて笑ってくれた。


「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします♪」


 キタコレ、泣ける・・・。

 もう、それだけで今の俺には充分だった。


 このときだけはーーー。

 俺はこのときのカノジョの会話の意図に、全く気づいていなかったんだ。 

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