第三章 33 ママ
「アシュ。ホントに大丈夫?」
「どうしたんだ、ママ?」
「大丈夫ならいいんだけど、無理しないでね」
アシュラは股関節のストレッチをするように股を開いたニケの中で座り胸に背中をもたれていた。サウルスはニケの隣に座っていた。向かい側には同じようにして座っているシキラシたちがいた。地面には魚が串刺しされて焼かれていた。ニケは燃え盛る火を見ながらアシュラが心配で問いかけた。ニケはアシュラが母さんと呼ばなかったことから、無理をしていると悟った。
「ホントにツリトのことは聞かなくていいのです?」
一旦、話しが有耶無耶になってそのまま晩御飯の流れとなったのだが、ニケはラッシーとシキにツリト、父さんのことを聞くのを止めた。
「うん。今は父さんが死んじゃった理由を知るより、インドラのことを最優先にする。それに、その話はデストロイに関係することだから、インドラのことを片付けたらその内、聞けるでしょ?」
「強いですね。アシュと言い、ニケと言い。私なら聞いてしまう」
「まあ、フロンティアで生きていると優先順位を間違えると命取りになるって自然に感覚的に身に着けられるからさ」
「そうですか。では、その時まで、私たちからは何も言いません」
「うん。アシュもその方がいいでしょ?」
「おう。インドラを助けるためにノイズになってしまうかもしれないし、それに、爺ちゃんのことだろう。ちゃんと目の前のことが片付いてから聞きたい」
「と言うことよ」
「そうですか。なら、私からはインドラの件が片付いたら話しましょう。ですが、カシャはちゃんと元気にしてください。カエルの未来予知だけでは星を守り切るのは難しいですから」
「うぐっ」
「ママ。そう言えば、婆ちゃんはどこにいるの?」
「分かんない。父さんが亡くなってから少しして母さんは海に潜ったから。それからは、一回も姿を見ていないの。でも、天狗のお面がコキュートスの元に返って来ていないことから、まだ、生きてるとは思うんだけど」
「ふーん。でも、ミケ姉さんってなんか企んでなかった?」
「うん。でも、母さんは見つけれてないの」
「もしかしたら・・・、もしかしたら、アナザーフロンティアのように海にも独自の空間があるのかも」
シキラシは最初は自信が無くて小さな声だった。だが、意を決して声を張った。沈黙が流れた。皆シキラシを微笑んで見ていた。
「それは、今、皆が辿り着いてたよ。シキラシ」
アシュが沈黙を破った。凄いねえと反応をしても良かったのだが止めた。シキラシは顔を真っ赤に染めてアシュラを見るとアシュラの元に駆け寄ろうとして母のシキから放れようとしたのだが、しっかり抱かれていてアシュラの口を塞ぐことができなかった。
「そして、もう一つ、単純にミケ姉さんの作った作物を婆ちゃんは食べていない可能性もある」
アシュラはシキラシに追い打ちを掛けた。シキラシは体をブンブン振ってシキから放れようとしていた。その内、沸騰して倒れるんじゃないかと思うほどに。だから、シキはシキラシを放した。シキラシはアシュラの口を塞ごうとすぐに動いた。
「だが、海の中で暮らしているとすると、寝るときとか困るから、海の中にアナザーフロンティアのようなところがある可能性は高いわな」
「っ⁉」
シキラシはアシュラに心を上手いこと操られていたと悟ってまだ、喋る気配のあったアシュラに抱き着いて口を塞いだ。
「「あらまあ」」
「シキラシはこんなふうにして、キスをしていたのか。なるほど。合点が行った。だが、からかうのが上手だな」
「シキがずっとシキラシを押さえてるって思ってたのかしら?」
「ラッシーとシキは止めようとしないの?」
「私は余り止めようとは思わないですね。シキラシは人見知りで人以外と会話するんです。だから、おんなじ座敷童の子とも話さないんですよ」
「へえ。どれぐらいいるの?」
「ざっと千人ぐらいですかね?でも、座敷童と言っても彼ら彼女らは独自のシックスセンスに変化していってるんです。例えば、攻撃系特化、回復系特化、生存系特化、などなどとね。私たちは純粋に全部に対応しています」
サウルスは、限界が来てシキラシをアシュから離して女の子座りをしていた太ももの上に乗せてがっしりと押さえた。
「じゃあ、シキラシは言い方は悪いけど、最高傑作ってこと?」
「ははは。まあ、そう言うことです、サウルスさん。ですが、特化型の座敷童もシキラシに負けないぐらいの才能がありますよ。なのに、シキラシはノコとエルルとばかりつるんでいるんですよ。全く困ったものです」
「おいらは、こうして、未来の旦那を連れて来たじゃないか。色んな人とつるんでるよ」
「旦那ねえ。未来予知は未来予知であって確実に起こるものではないよ。もしかして、シキラシはアシュのことを凄く好きなのかな?」
「っ⁉」
シキラシは再び顔を赤くして手足をバタバタさせた。サウルスは涼しい顔でシキラシを押さえてアシュラの顔を見た。アシュラは照れている様子が無かったため胸を撫で下ろした。一方、シキラシは顔を赤く染めたまま喋らなかった。
「図星ですね。アシュ。君はシキラシをサウルスやインドラ、その他のたくさんの女の子のことをどう思っているんです?」
「うーん。俺かあ?そうだなあ。まあ、好きではある。嫌いになる要素はないし」
「なるほど。アシュは人を好きになるところの境界線が結構はっきりしていて一つしかないのね。ママとは違う考え方だなあ。良かったじゃん、二人とも」
「ぼっ、僕はそもそもアシュと両想いだと思ってたから」
「おいらは、そう決まってたし、そうなったし」
「シキ。間違えたかも。シキラシにはもっと視野を広く持つように擦り込むべきだった」
「かもね。でも、シキラシが嫌がってないから、とりあえずはいいんじゃないかな。さて、ニケさん。海のフロンティアに住んでいそうなカシャだが、アシュを上手いこと利用すると良いですよ」
「アシュを?」
「そう。アシュを。アシュが強くなって有名になればなるほど、カシャの耳にアシュの情報が入る機会が多くなります。そうしたら、カシャが会いに来てくれる可能性が高くなります。これは、カエルの未来予知の結果ですよ」
アシュラは体が硬直した。
俺だけが有名になれば婆ちゃんに会える。
アシュラはそう認識したからだ。だが、今回はへこたれるだけではなかった。
「アシュ。どうかした?」
「俺とインドラがだ。カエルが見えない未来を俺は実現するんだ」
全員がアシュラを目を丸くして見た。アシュラは敏感になりすぎている。でも、先ほどのように悪い方へは考えていない。それが分かって嬉しくなり、全員が微笑んだ。ニケはアシュラの髪の毛をクシャクシャにして頭を撫でた。アシュラが必死に恐怖に戦っている。描きたい未来を語って己を鼓舞している。無理をしている。だから、
「その通りね。よく言った。よく言い切った」
「止めろ、ママ」
「ホントに強い子ね。アシュは」
「アシュ。私と一緒に温泉に入ります?」
アシュラはニケの腕の中で迷った。だから、ニケが答えた。
「アシュはニケと一緒に入りたいみたい」
「そうですか・・・」
ラッシーは肩を落として猫背になって背を向けてカエルとノコの元に歩いた。
「可哀想ね」
「シキがいつも、シキラシと一緒に温泉に入ってるから」
「ラッシーとも一緒に入っていないの?」
「ラッシーはいつもはこの時間、アナザーフロンティアで起こったことを確認してるの。チノとツッチーとね。あ、ノコの両親ね」
「へえ。大変ね。それで、独りで寂しいから、アシュを巻き込もうとしていたわけか」
「そういうこと。じゃあ、行こうか」
「ええ」
「ちょっと待って。アシュも一緒に⁉」
「そうだよ。シキラシ。嫌ならラッシーに預けるけど」
「待って。サウルス。それはやだ。絶対に」
「なら、暴れない。行こう。ニケ、シキ」
「ええ」「そうね」
温泉に向かって歩き出した。
細分化、するか・・・。
アシュラは今まで与えられている情報を細分化して未来に起こることを推測をしようとした。だが、止めた。
怖い。・・・怖い。これだけの力を得てもまだ、足りない。足りないなんて。先祖は俺の適応と意識認識の拡大をどう生かせと言っているんだ。神龍は何を構成するためのピースだったんだ?俺がインドラにしなければならない最適解とは何なんだ?
アシュラは恐怖で細分化して情報の整理をして論理的に未来を推測するのを止めた。震えを必死に抑えてニケの母の温もりを全力で感じた。
「ふう。気持ちが良いわね。アシュ」
アシュラとニケは先に体を洗って温泉に入っていた。ニケは小山座りをしていて、アシュラはニケの太ももの上に座ってニケに抱き着いていた。ニケの心拍数を聞いて自分の動揺を抑えようと必死だった。
「うん。ねえ、ママ。俺は上手くできるかな?」
「アシュはどんな未来を描きたいの?」
「俺は、先の事なんて分からないけど、インドラを必ず助けて星を守って楽しく暮らしたい」
「そうね。それは、ママもおんなじ。今、アシュを苦しめてるのはインドラのことへの莫大な不安よね」
「うん」
「ママも凄ーく不安。アシュ。エルルが言った焦るんじゃないぞってどういう意味だと思う?」
「俺は、今日貰った力を使い熟そうって急ぐなってことと思ってる」
「うん。それも、凄ーく大事。でも、エルルがホントに伝えたかったことってそれじゃないんじゃないかなって思うの」
「何を?」
「ママはね、インドラを助けようとすることだと思うの」
「は?」
「うん。分かるよ。準備をしたいよね。助けたいよね。でもね、物事すぐに解決できることなんてないんだよ。だから、力が足りなかった時は焦らないでゆっくりと解決することが大事なんだよ」
「でも、それじゃあ、手遅れになる可能性があるかもしれない」
「うん。ある、かもしれない。アシュ。アシュはインドラを助けたいって言ったよね。アシュが抱えている恐怖を少し和らげる方法があるよ」
「和らげる?」
「うん。ちょっとしたことなんだけどね。ママとアシュの目標はインドラを助けること。じゃあ、助け方はどんな方法があるかな?」
「俺がインドラがシックスセンスの影響で体が壊れて死ぬのを防ぐために適応させることは絶対条件」
「うん」
「どんなシックスセンスかは分からないけどインドラが壊れることがあったら、すぐに助けたい」
「うん。その、すぐに、って言うのが焦っちゃってるの。ママはね最終的に助けられたら急ぐ必要はないと思うの」
「最終的に?」
「そう。最終的に。アシュとママにとって最悪な事態はインドラがシックスセンスに体が耐えられなくて死んじゃうこと。つまり、最悪な事態にならなければ、まだ、インドラを助けられるチャンスが残ってるってこと。生きていれば希望がある。希望があれば前を向けるでしょ。だから、もし、恐怖で体が動かなくなっちゃったら思い出して」
「ーーーーー」
「生きていたら、何度だって挑戦できる。一回で何とかしようなんて思わなくていいっ!」
「ーーーーー」
アシュラの中の恐怖が和らいだ。恐怖は確かに残ってる。ただ、心の、感情の余裕ができた。恐怖で極端に大きくなっていた繭とおんなじぐらい大きく希望の繭も大きくなったのだ。ただ、それだけのことなのだ。だが、それだけのことがアシュラにとっては涙が出るぐらい安心して恐怖を和らがしてくれることだったのだ。だから、アシュラは声を上げて泣いた。泣いた。泣き続けた。
ニケとアシュラの雰囲気に体を洗い終えたサウルスたちは近づけなかった。奥でずっと見ていた。アシュラが抱えているものをシキラシもずっと感じていてアシュラが泣き出すより早く泣いてしまいそうに何度もなった。でも、抱っこをしていたサウルスの震えを感じて必死に我慢していた。
サウルスはアシュラのこの約二年間の努力を知っている。今日、付与された二つのシックスセンスの恐ろしさの一端を身を持って感じた。それでも、エルルはアシュラが死ぬ未来を見たという事実も知った。この事実だけで、サウルスも泣きたかった。でも、アシュラが必死に我慢をしているから、必死に我慢した。
シキはシキラシが感じていた座敷童の一族としての虚無感。ツリトのことで感じた自分自身への虚無感を重ねてシキラシが泣きたくなる気持ちが痛いほど分かっていた。そして、そのシキラシとおんなじ二歳の子供が耐えきれないほどの恐怖を背負っていることを感じると同じように泣きたくなった。でも、アシュラが泣くのをずっと我慢をしているのを見てずっと我慢をしていた。
だから、三人はニケがアシュラの心に希望を与えた瞬間、アシュラが声を上げて泣いた瞬間に涙が溢れてしまった。ずっと温泉の淵に立ち尽くしていたがアシュラを抱きしめたくなった。三人がアシュラを後ろから抱きしめに行った瞬間、ニケはニッコリと笑ったと同時に、アシュラの心を救えた解放感、同時にアシュラの心に触れてずっと我慢をしていた感情を解放をして静かに涙を零した。
アシュラはニケの、サウルスの、シキラシの、シキの優しさに触れて、包まれてずっと泣いた。




