第三章 18 その瞬間
インドラはもう一つ、晩御飯の準備の前に済まさなければならない用事があった。クリだ。クリも同様にミケが作った農作物を白龍のある家族に届けるからだった。
「何か、嬉しそうね。凄く輝いて見えるよ」
「分かる?」
「うん。顔に出てる」
「聞きたい?」
「うん。何?」
「実は、カナたちのところに行ってカナの父さんに占ってもらったの」
「そっか。アシュと上手くやれそう?」
「うんっ!・・・でも」
「でも?」
「なんか、クロコクはまだ分かるんだけど、カナたちも上手くやれそうだって」
「カナたちも⁉カナたちにはツリト君のことは教えない方がいいわね」
「うん。私もそう思ってたの」
「インドラ、ドア開けて」
両手いっぱいに食材や作物を持っているクリの代わりにインドラがドアを開けた。
「久しぶり、叔母さん、叔父さん」
「うん。久しぶり。あら、インドラ様も来てくれたの?」
「はい。どうも」
「あっ!クリ様お久しぶりです。いっ、いっ、インドラ様!」
クリの叔父さんコウと叔母さんシャイニングと挨拶をしているとインドラの二歳上、クリの五歳下の少年スターが鼻息を荒くしてやって来た。それを止めようと三つ子の妹、長女のシャルルと次女で末っ子のキララが後ろから必死に抑えていた。だが、スターを結局止められることができず項垂れていた。スターは既にオーラを纏っていた。
「さすがは、インドラ様ですっ!僕の見立てだと、そのポテンシャルはまだまだ底が見えておりません。しかも、ポテンシャル事態に成長する余地がまだまだ残っている。白龍王のクリ様でも底が見えていなかったがインドラ様はクリ様以上。全く掴めない。なんてことだ。しかも、現状ではまだ、ポテンシャルの十パーセントも引き出せていない。なんてことだ。これほどまでに、白龍王と僕で凄く差があるというのに神龍と白龍王でも僕と白龍王以上に差があるなんて。恐ろしい。・・・尊敬ですっ!」
インドラは、この場にいた全員はスターの突然の捲し立てに驚いて圧倒されていた。しかし、一人だけキララだけが明後日の方向見て話を聞いておらず、音がなくなったと見ると頭にクエスチョンマーク、?マークを浮かべて
「あ、終わった?インドラ様、可愛いね」
やはり、キララのマイペースはこの頃から健在だった。
「なんか、よく分からない子だったなあ、キララは」
インドラは森を木と木の間を浮遊しながら抜けてやがて聞こえて来る水が流れる音が聞こえるところ、崖から水が流れ落ちる滝の上流、朝、釣りをした川の更に上の川にやって来ていた。その目的はもちろんウォーに会うためだ。
「てっきり、滝行でもしてるのかなあって思ってたよ」
「やだなあ、インドラ。ウォーがそんなことするはずないじゃないですか」
「まあ。で、今日の晩御飯は何にするの?」
「それはですねえ。実は魚を獲るのではないのです。上流まで上って来た魚を食べる熊を狩るのです」
「熊!捕獲の準備はしてるの?」
「罠は仕掛けてないのです。ですが、水辺なら余裕なのです」
インドラたちは更に奥に進んで行くと熊が岩に座って綺麗な川の中を凝視していた。足を組んで肘を置き、頬に手を当てていて、常習犯であることを物語っていた。
「なんか。気障ってるね」
「ですです。今日はあの熊を狩るのです。あの熊があんな風に調子に乗っている理由が分かりますか?」
「うーん。分かんない」
「ですよね。だから、今日、ウォーはずっとあの熊を観察していたのです。どうやら、あの熊、見ての通りナルシストで仲間に与えられた魚には手を付けないのです。どうやら、自分なりの方法で捕らえないと食べる気にならないみたいなのです。そのため、孤立して一人になったのです」
「でも、それって熊の中のボスは許すの?」
「普通は許さないのです。熊たちはウォーたち龍を打倒するために団結していますが、さすがに考えの合わない奴は仲間にしないみたいなのです。外の世界とは違ってはっきりしていてカッコいいです。ですから、凄くチャンスなのです」
「へえ、熊の中でもちゃんと社会はあるんだね」
「どの生物も成長はしますよ。では」
ウォーはオーラを纏うと川の水を操ったと同時に自身の目の前と熊の後ろ側に出現させた。
「行きます」
川の水が蔓のように伸びると熊の体が拘束された。そして、ウォーの目の前にある水鏡に龍鱗を纏った手を突っ込むと軽くデコピンした。熊は脳が揺れて気絶した。
「インドラ。血抜きをお願いして良いですか?」
「うん」
インドラは瞳に星を二つずらして重ねた紋様を刻んだ。そして、瞳にオーラを集中させると熊の皮を剝ぎ取り、血を抜いた。しかも、抜いた血は完全に燃やして、熊の毛皮は綺麗にして魅せた。ウォーはさすがにビックリ仰天した。
「いつの間に、これほどの力を得ていたのですか?」
「ふふう。アシュのためを思うとこれぐらい余裕なの!」
「・・・そうですか。では、家に戻りましょう」
「うん」
ウォーは少し釈然としないものを感じながら、一旦それを棚上げして熊を水の入れ物に入れるとインドラと一緒に浮遊して家に帰った。
「うぅぅ。食べたあ」
「インドラ。アシュの様子見ますか?」
「・・・うん」
インドラは膨らんだお腹をさすっていると洗い物を終えたばかりのウォーが提案して来た。
「いいんじゃない、インドラ。今日の占いの結果は良かったもんね」
「うん。だね。見てみよっか」
少し迷いのあったインドラの背中をクロコクが押した。インドラは今日のことを思い出して迷いが消えた。だから、ウォーが出現させた水鏡を食い入るように見た。そこで見たものは
「アシュ、大丈夫⁉」
大勢の人が街いっぱいにぎゅうぎゅうに敷き詰められている光景だった。ウォーは街いっぱいの様子を映すために水鏡を四個増やした。インドラたちはそれも食い入るように見た。さすがに状況が分からなさ過ぎて困った。だが、確実に気になることがあった。
「白装束の人達のオーラ・・・どこかで・・・確か、違う。オーラを支配するために干渉をしているオーラ?・・・」
インドラはブツブツと呟いていた。龍王たちは水鏡で何が起こっているのか状況を確認していた。だから、気が付かなかったのだ。インドラの様子に。
「あのオーラは白装束の人達の魂を喰っている?・・・・・・っ⁉」
インドラの瞳に星が二つ重なってずらした紋様を刻んでいた。そしてその瞳が徐々に濁って行き、オーラが禍々しくなって荒々しくなって纏った瞬間、龍王たちは気付いた。そして、いち早く対応したのはウォーだった。
「ごめんなさい」
ウォーはインドラが完全におかしくなる前に水鏡の水を使ってインドラの気管を塞いで失神させた。龍王たちはそれを見て一先ず安心した。だが、同時に疑問が生まれた。
「誰か、何がトリガーになったか、分かる?セツナは全く分からなかった」
「ウォーも全然です。あれぐらいで、アシュが困るなんてことあるはずないですから」
「ミラも。アシュの心のガッツを知ってるはずなのに」
「なら、ナリが雷を落としてあぶって見る?」
「待って。クロコクが闇に紛れて見て来る」
「それじゃあ、クリも行く。ついでにスターも連れてく。あの問題児の力なら何か違和感を掴めるかもしれない」
「いきなり、どうしたの?」
「ちょっと、スターを借ります」
「どこへ、行くんだい?」
「外に」
急にやって来たクリと話している母と父を横目に見ながらキララはコソコソと皆の肉を黙々と食べていた。ただ、外に行くと聞いて、なんとなく前から行ってみたいと思っていたから、志願することにした。
「はい。はい。はい。キララも行きたい」
これにはその場にいた全員が鳩に豆鉄砲を食らったようになった。だが、クリはすぐに落ち着くと
「キララはそもそもシックスセンスをまだ使えないんでしょ?それに急いでるから」
「キララ、使えるよ」
キララはオーラを纏ってシックスセンスを使った。皆にはキララが目をつむりたくなるほどキラキラに光っているように見えているだろう。だが、実際は何も起こっていない。キララがこのように欺いているのには、スターが他人の力を知るみたいなシックスセンスを身に着けたことで母と父とスターがクリに凄く責められていたのを見てこれは面倒臭そうだと思って隠していた。
「確かに使えて凄いみたいだけど、今は、スターのシックスセンスが必要なの」
クリは無理やりスターを光の蔓で掴むと家を出て行った。
クリとクロコクはツリトを初めて生で見て、スターの話を聞いてツリトなら、アシュなら大丈夫だと思った。涙が堪え切れなかった。愛しのアシュは元気でやっている。そして、ツリトでもちゃんと強い。それさえ分かれば、インドラが気付いた何かもきっとツリト一人で何とかできるだろうと思った。だから、ツリトに今、起こっていることはツリト自身が何とかできると思った。
「そうか」
シューンは眠っているインドラの頭を撫でながら静かにセツナたちの話を聞いていた。そして、セツナたちが話し終えると一度深呼吸してから静かに呟いたのだ。
「俺様がインドラの記憶を消す。インドラが何を見て暴走しそうになったかは分らんが、インドラが気付いたことはまだ、インドラには耐えることのできないことだってことだからな」
シューンはわざと声の調子を明るくして言った。セツナたちは十五歳で体も育って来ているが、やはり子供なのだ。だから、シューンは自分がしっかりしなければならないと心を奮い立たせていた。
「でも、シューン様のシックスセンスは無のイメージができないんじゃ」
セツナはシューンとよくトレーニングしていたため、シューンの弱点は分かっていた。
「確かに、まだ、できていない。だが、今は、俺様がやるしかないんだ」
シューンが決意を述べた時、クリとクロコクもやって来た。二人の目には涙の跡が見えた。
「何か、アシュにあったのですか?」
ウォーはいち早くそれに気付いて声を掛けた。
「アシュは立派にやってる。クリたちの助け何ていらないぐらいに」
「クロコクの闇にも気付いたんだから」
シューンは大きく息を吸った。そして、オーラを纏った。
「俺様もアシュには負けてられないな」
シューンは表情を無理やり明るくして歯を見せた。そして、イメージをした。
まず、炎をイメージしろ。この燃え滾る炎を水や風、砂などなにも使わずに存在事消すイメージを。待てよ。消すイメージ。炎を消すのにオーラを使うのは絶対条件。じゃあ、炎を上手い出すのに使っている力のエネルギーの向きを変えると。なんだ、簡単なことだったんじゃないか。
「イメージしろ。インドラが暴走して誰かを殺しそうになった瞬間にその攻撃は無効化され続けるイメージを」
シューンのオーラはインドラの中にその時のために封印された。
「シューン様。どうして、記憶を消さなかったのですか?セツナは記憶を消す方がいいとばかり」
「ウォーはシューン様に賛成なのです。インドラの今日の記憶を忘れさせるのは余り現実的じゃないのです。例えば、この先、何度も何度も、アシュのツリト君の状況を水鏡で確認することになるでしょう。今日みたいなことが起こった時に、また、シューン様にお願いして忘れさせてもらってって繰り返すのは必ずどこかで無理が出るのです。だから、ウォーたちはホントにどうしようもなくなった時に、インドラを止められるだけの力を蓄えましょう。シューン様はきっとこのインドラの最後の一手を止めるのに精いっぱいになってしまいますから」
「ウォー。気付いていたのか?」
「はい。だって、今のでオーラをほとんど使い果たしておまけにブレーキとしてインドラに繋がりましたから。きっと、シューン様は限界だろうなと思いまして」
「じゃあ、ミラたちはちゃんと気持ちをもしもの時のために作らないとね」
「クリもインドラに温かい光を当てれるように」
「クロコクもインドラの心の闇を除けるように」
「ナリはインドラとやり合えるほどのスピードを」
「皆。セツナは、セツナは」
セツナは皆が奥義の覚悟が固まっていることを悟り、涙が出て来て何も言えなくなった。そんな、セツナの肩をシューンが掴んだ。
「俺様がセツナたちがやろうとしていることのサポートをしよう。ちゃんと皆でまた机を囲める未来を創るための」
セツナは声を上げて泣いた。怖くて怖くてどうしようもなく怖くて。でも、自分が感じている怖さをちゃんと分かっている皆に優しさや覚悟を向けられることに嬉しさを感じながら。
「ねえ、今日は飲んでいい?」
「構わん。元々龍人の体には害はない」
シューンはセツナを優しく抱きしめた。自分の情けなさに唇を噛みながら。
インドラは怖かった。夢の中でも思考は止まっておらず、自分が一度見たアシュラの殺される未来と水鏡で見たことを紐づけてアシュラに既に危険が近づいていると感じて殺さなきゃという衝動が湧き出て来て、でも、生きることのできない未来を見てしまっていたことからそれができないことを悟って悲しくなって苦しくなって悔しくなって色んな感情が駆け巡ってやがて、耐えられなくなって自己を守るために忘れた。だから、目が覚めた時
「アシュにあんなことをした母さんは許さない」
一番、最初の強い殺人衝動を思い出したのだ。
『アシュに会いたかったらいつでも来てね、インドラ』
汗だくのインドラが目覚めたことに驚いたのも束の間、インドラがやはりおかしくなっていることが確実に分かったウォーは弱音を言うことはできないと改めて覚悟を決めた。
「おはようございます、インドラ。とりあえず、朝風呂に行きますか?」
「うん」




