第三章 11 インドラの状態
ツリトが旅に出た日、キララが天空から脱獄した日、インドラは夕方になって目が覚めた。炎龍王のミラ、雷龍王のナリ、水龍王のウォー、白龍王のクリ、黒龍王のクロコク、元、炎水龍王のセツナはそれぞれまた、一緒に酒を飲んでいた。
「おそよう、インドラ。セツナたちも今、起きたばかりだよ」
「そう。うぅぅ、頭痛い」
「ミラがアルコール抜こうか?」
「うん。お願い」
ミラは黒色のオーラを纏うとインドラの体に炎を纏わせた。その炎はインドラを燃やさず、インドラの体内のアルコールだけを気化させた。インドラの体からは湯気が出ていた。やがて、炎は消えた。
「じゃあ、飲むのです。ウォーもそうやってミラに飲まされたのです。さあさあさあ」
横にいたウォーはすかさず、インドラに酒を渡して飲ませた。昨日のキララの酒の残りだった。
「キララは?」
「地上に降りちゃった。クロコクに続いてクリもやっちゃったよ」
「何よその言い方、クリ!」
「そっか。完全にやられちゃったね。元々、去年の件でその可能性はあったから気にしてたけど、仲良くなりすぎちゃったなあ」
「「「だね」」」
皆、キララの鮮やかな手法にしてやられたため、連れ戻そうとは思わなかった。ただ、今は、ツリトの旅に、新たな生活に危険なことがなく、楽しく過ごして欲しいと願い飲んでいた。
結局、昨日も酔いつぶれるまでずっと酒を飲んでいた。やはり、皆、キララのいなくなった悲しさとツリトが新しい環境に飛び込もうとしていることの不安を抑ええるために酒を飲んでいた。だから、また、夕方になってインドラは目が覚めた。
「あっ、起きた。ミラがまたやったげる」
ミラは昨日と同じようにインドラのアルコールを抜いた。
「じゃあ、飲むのです。ウォーもそうやってミラに飲まされたのです。さあさあさあ」
「デジャブだわ」
インドラは呆れながらも酒を飲んだ。今日、飲んでいる酒は、昨日、キララが地上に降りたことを報告して、謝りに来た。キララの兄のスターと姉のシャルルから貰ったものだった。
「昨日、キララの様子を見たんだけど、マジックショーで欺いてお金をいっぱい手に入れてたわ」
「へえ、クリちゃん。そっかあ、教育が行き届いてなかったね」
白龍王のクリは呆れてガックリと肩を落としていた。
「それに比べてクロコクの黒龍は、カナは王様だからねえ。これが、教育の差かなあ?」
「ウォーは姉妹揃って九人全員抜け出そうとする方が異常だと思うのです」
「十人にナリが雷を落としてあげよっか?」
「ナリならマジで落とせそうだけど抑えが効かないでしょ」
「そうね。セツナも罰を与えるって話ならウォーが適任だと思うわ」
「嫌なのです。ウォーはむやみやたらに人を傷つけるような真似はしたくないのです」
「まあ、そもそも、私は誰にも罰を与えるつもりはないよ。とりあえず、今日も飲もっか」
さすがに、三日続けて酔いつぶれるまで飲むということはしなかった。インドラが目覚めた時、龍王たちはいなかったからできなかったというのもある。
「私も切り替えよう。例え、アシュがカナとキララに何かされても心が動じないようにするために」
インドラは夕焼けを見ながら頬を叩いた。
セツナたちは場所を変えて、インドラを抜きにして飲み直していた。
「セツナたちは覚悟を決めなきゃダメね」
白龍王のクリと黒龍王のクロコクが同時に息を飲んだ。
「二人を責めてるわけじゃないわ。カナたちとキララはちゃんとセツナたちの隙をついたんだから。ただね、キララは大胆で確実な行動を取るだろうからアシュのツリトの運命は絶対変わる。きっとすぐにその瞬間は訪れるからそろそろ本気で覚悟を決めないとねって話」
「セツナはまだ、覚悟が決まってなかったのですか?ウォーはとっくに決めてました。アシュがあの時、守ってくれた瞬間からずっと。皆もきっとそうです」
セツナ以外全員が頷いた。皆、瞳が綺麗に澄み渡っていて濁っていない。
「そっか。皆、ありがと。セツナに命を預けてくれて」
一ヵ月が経った。穏やかに暮らしていた。だが、恐れていた事態、やはりと言う事態が起きた。
「なんか、もう、キララがごめん」
龍王たちが集まって密かに喋っていた。一番最初に喋り出したのがクリだった。クリは一パーセントの責任感で謝った。
「気にすることはないよ、クリ。セツナたちもキララにはもう・・・」
クリは九十九パーセント、クリ以外は百パーセントのショックで参っていた。
「「「「「「はあ、アシュの初めてを狙ってたのに・・・」」」」」」
「ねえ、アシュの初めてを狙ってたって何を狙ってたの?」
「「「「「「うんうん、なんでもないよ」」」」」」
「そう。アシュに何かあったら教えてよね」
インドラはツリトの、アシュラの情報を基本的に自分から得ることはなかった。これは、小さい時から習慣になっていた。インドラ自身、正常の時に、アシュのことは教えないでと自分から言っていた。だから、インドラは正常ではないことが証明された。
「ねえ、インドラ。アシュの情報を得てるでしょ?」
「よく気付いたね、セツナ。でも、安心して。セツナたちにもカナたちやキララにもアシュにも危害を加えるつもりはないから」
「アシュの童貞が奪われたことは平気なの?」
「ツリトはアシュじゃないよ。それに、アシュが記憶を取り戻したら最後は私のところに戻って来るに決まってるもん。だから、悲しくなんかないよ。泣くもんか」
インドラの目には涙が流れていた。正常でもそうではなくてもインドラは常にアシュラを思っている。だから、顔はぐちゃぐちゃだった。インドラの不安定な状態には二つある。一つは母がアシュラに危害を与えていてアシュラと会えていないという理解での不安定。もう一つはアシュラ以外は全員、アシュラを殺そうとしている敵と定める状態での不安定。インドラは前者の不安定に今、なっていた。だから、まだ、後者の危険な段階にならないように対策を取れるのだ。龍王たちはインドラに優しく抱擁した。今はお互いに悲しみを共有するのが一番だと思ったのだ。七人は失恋の涙を流した。声を上げてその日は泣き続けた。
次の日。想定外のことが起こった。
「アシュは一人に絞らない⁉」
水鏡でツリトの様子を覗いていたウォーは驚愕の表情をしていた。龍人はその性質上、人間のパートナーの場合、永く生きていくために龍の血を少しずつ入れていく。だから、基本、パートナーは一人と決めている。それなのに、ツリトはカナとキララ、両方とも見捨てない選択をしたために驚愕した。そのウォーの様子を見ていなかった龍王たちとインドラは、ショックでアシュラのことを知りたくなく自棄酒を続けていた、ウォーの声を聞いて生気を取り戻した。
「ウォー。詳しく教えてっ!」
インドラが一番早く反応した。
「二人とも子供ができたのは間違いないけど、アシュは若干消極的に受け入れてるの。キララの距離感が近くて照れっちゃってるけど、それはきっと生理的な反応なのですっ!」
「「「・・・えへ」」」
「嬉しいのです。だから、飲むのです」
「「「乾杯」」」
皆、もう、呂律が回っていなくてフラフラな状態で気持ちを一つにしていた。
次の日。違和感を覚える。
「アシュがキララと仕方なくデートしているのです。でも、明らかに違う視線を向けている人がいます。なんで、ウサギ人なんかに熱い視線を向けてるの⁉」
昨日は酔い潰れて一人ずつ眠って、起きたのは夕方だった。そして、また、飲みながらツリトの様子を観察していた。
「現実逃避してるんじゃない?」
「インドラの言う通りじゃないの?セツナもそんな気がする」
「「「「うん」」」」
残りの四人も頷いてからすぐにまた浴びるようにして酒を飲んだ。
「そうかなあ」
ウォーは一人納得できなかったが、忘れるために同じようにして酒を浴びるようにして飲んだ。
次の日。また、夕方に起きた。
「なんか、きな臭いことになってるのです。エージソンが大量にいて、今日の晩、イキシチ王国の王都で戦いが始まるみたいなのです」
「へえ、アシュは大丈夫そう?」
「カナとキララがいるから大丈夫だと思うのです」
「「「そっか」」」
全員が一安心した。
「でも、アシュ。カナとも一緒にいるんだ・・・飲もっ」
「「「飲もっ」」」
インドラの決意に合わせて皆も飲み始めた。
数時間ぐらい経った頃だろうか。この日のインドラはペースが速かった。もう、フラフラになって呂律も怪しくなり、ウォーの膝上に座り抱きしめられていた。
「うぐっ。アシュが、アシュが他の女に盗られるなんて、うぐっ」
インドラはここ数日いつもこんな調子だ。と言っても龍王たちも似たような感じで自棄酒しているのだが。
「わっ、始まったみたいですよ」
ウォーは頭上に大きな水鏡を浮遊させてイキシチ王国を俯瞰して見ていた。インドラも今回ばかりは、否、母をアシュラのために殺すと決意していて精神が不安定でアシュのことを毎日観察しているため正確には違うのだが、水鏡を見ていた。いくつかの空間が歪みエージソンが出て来た。腕の中にいるインドラの身が一瞬固まった。
「あの同じ魂。確か・・・」
ウォーはすぐに異変に気付いた。だから、全員を水で突き、インドラの体を水の水槽に閉じ込めた。
「「「ウォー⁉」」」
龍王たちはすぐに意図に気付いた。だから、ミラはインドラの意識を燃やして、ナリは雷を水の水槽に纏わせてクリはインドラが暗い気持ちにならないように光を集めて、クロコクは影を集めてインドラから遠ざけた。仕上げにセツナが睡眠作用のある毒を水の水槽の中に入れた。
「ホントに覚悟を決める時が来てしまったわね」
「シューン様。インドラの状態が最悪に近づいています」
「みたいだな。セツナ。トリガーはなんだった?」
「ウォーによるとたくさんのエージソンのクローンの魂が同じだったのに気付いてから様子がおかしくなったと」
「あの時より、ヤバかったのか?」
「ウォーが問答無用でシックスセンスを使ったぐらいですから。あの時よりヤバいと感じたんじゃないでしょうか」
「エージソン。クローン。複数人。同じ魂。それについて記憶を持っている。インドラは悪夢を見ていたと思っていたが、もしかしたら、未来を見ていたのかもしれない。河童の遺伝子に刻まれていたのかもしれないな」
「河童の遺伝子?」
「フロンティアでは河童が代々天狗のお面を被って未来を見ている。だから、遺伝子に天狗のお面のシックスセンスが刻まれていたのかもしれないな」
「だとしたら、インドラはアシュのことが大好きだから、アシュが殺される未来を見たってことじゃ」
「とりあえず、俺様がインドラの今日の記憶を消して暫く眠らせる。エージソンとやらはまたアシュラに挑んで来るに違いない。そうなった時、インドラが暴走してしまうと厄介だ。だが、もし、アシュラの記憶が戻ったらアシュにインドラのことを任せるために起こす」
「分かりました。でも、セツナたちはいつでも準備はできていますし、覚悟もできていますから」
「俺様はセツナの奥義を使わせたくない」
二日後。セツナたちは酒を飲みながらツリトの様子を見ていた。昨日からほとんど通しでずっと見ていた。その理由というのは
「ホントに、セナは抜け目がないわね。常にアシュのオーラを吸収し続けてて。インドラが寝ててホントに良かったわ」
「だね。でも、クロコクを差し置いて九人も黒龍がアシュと交わるなんて」
「それにしても、セナのシックスセンスって便利です。ウォーのシックスセンスは届きましたけど」
「ホントにね。ミラもビックリ。アシュの体内にウォーの水を気化して入れといて良かったよ」
「あっ、キララとカナに動きがあるよっ!ここまで来たら同じ白龍としてキララを応援しないと」
「何を血迷ったことを言っているの、クリ。ナリは嫌」
「凄いわね。こんな大胆な作戦。セツナななら絶対しない。カナとキララじゃないと普通しないわね」
水鏡に映ったカナとキララは大雨に打たれながら浮遊していた。カナが地面にアナのシックスセンスを保存したメモリブレットを撃ち、キララがそれにより揺れへの恐怖を欺いていた。その範囲はニューフロンティア全体まで拡がっていた。そして、一つだけ揺れていないタワマンがあった。
「「見いつけた」」
「想定外だわ。ナナのシックスセンスでアシュの封印が解けるなんて。こんなことならもっと仲良くなってたら良かった」
黒龍王のクロコクは酒も回って来ていたが完全に醒めてしまった。それは、他の龍王たちも同様ですっかり酔いが醒めてしまった。
「これは、セツナも、というか、誰も想定外よ。ナナにそこまでの力があるなんて思ってなんか無かったから」
「でも、これで、アシュが帰って来るのです」
「ねえ、クリたちここにいて大丈夫かなあ?」
「ミラも同じこと考えてた」
「ナリたちはアシュに悲しい思いをさせないように頑張らないといけない。でも、ナリはインドラにもアシュラが目覚める瞬間を味わって欲しい」
「当たり前じゃない。セツナも今言おうと思っていたところよ」
残りの龍王たちも一斉に頷いていた。
インドラは神龍の尾を枕にして眠っていた。
「シューン様、インドラを起こしてください。アシュが復活します」
「ホントなのか、セツナ⁉」
「ええ、ナナがツリトの、ゼウスに掛けられていた封印を解いてくれます。だから、インドラを起こしてあげてください」
「そうか。これも、ツリトが繋げてくれた未来だな」
アシュラがツリトになり、ツリトが己に掛けられた封印を自分で解くのを待っていた。ゼウスによりアシュラと知っている人は関りを持てなくなったからだ。だから、ずっと、待っていた。ツリトがここ数日で成長していることを知り、期待も膨らんでいた。だが、ツリトの存在がカナたちを地上に降りさせてキララが交流を加速させて、別の要因でゼウスの封印が解かれることとなるのだ。
「ですね。これも、アシュが、ツリトの存在がカナたちやキララを魅せてくれたおかげです」
シューンはインドラを起こした。
「インドラ。見るのです」
「何?」
「アシュラが目覚めるのです」
「っ⁉」
「私は、やっと・・・ようやく、目覚めたのね、アシュ。おかえり」
インドラたちはアシュラのオーラを感じてようやく、堪えていた涙が抑えれなくなった。
「アシュに会いに行ってもいい?」
「インドラ。一つだけ確認していいか?」
「何、父さん?」
「今は、どうなんだ?」
「私は、不安定だよ。でもね、アシュが大切にしている人と敵は区別できるようにはなってる。今も、地上に、あの魂がいるのを知ってる。でも、落ち着いてる。でも、母さんを憎む気持ちもある。なんだろうね、凄く複雑に絡み合ってるの。色んな感情がごちゃ混ぜになってて自分でも、本当の気持ちが分からない。でも、確実に分かっていることもあるの。私はアシュのことを何があっても好き。大好き。愛している。これは、絶対。アシュの気に入っている環境は守りたい。でも、私が気に入らないものは排除したいとも思ってる。私の負の感情の源となっているのは確実に殺してこの世に存在させないようにしたい。私は、何度も、アシュが死ぬ未来を見たから」
「その中に、ニケは母さんは入ってるのか?」
「言い忘れてたけど、私は私の望みを邪魔する者は容赦しない」
インドラは三つの星をずらして重ねた紋様を両方の瞳に宿した。
「数日で終わらせるつもりだから。眠って」「イメージしろ。俺様はインドラの攻撃を無にできる」
二人の声は同時に発せられた。どちらも、体に神龍の龍鱗を纏い、練度のかなり高いオーラを纏っていた。龍王たちは水鏡でその様子を見ていた。
インドラの父、シューンは眠ってしまった。
「さすがだね、父さん。私もギリギリだったよ」
インドラは瞳に丸の紋様を描いて移動した。念願のアシュとの再会だった。
アシュとキスをした。神龍の血を流すために。心躍った。だが、再び、インドラは天空に戻った。
「ねえ、皆。邪魔するならして来ていいよ。私が返り討ちにしてあげるから」
「今は、アシュとの再会を楽しんでおいで。でも、セツナたちは必ず邪魔するから」
「インドラは歪んだ考え方をしてるのです」
「ミラがインドラのその歪んだ闘志を綺麗に燃やしてあげる」
「クロコクはその心の闇を綺麗にしてあげるよ」
「そして、クリが光を当てて」
「ナリが最後にお仕置きしてあげる」
インドラは一滴だけ涙を流していた。セツナたちはそれが唯一の希望だと感じた。
「やれるならやってみなよ」
インドラは再びアシュラの元に向かった。




