第二章 20 初めての解体ショー
「ここは…、俺は」
目の前には星空が輝いていた。無数に光る星は自棄に明るかった。体に力が入らなかった。脱力していた。だが、傷や痣などは見当たらなかった。腹が減った。喉が渇いた。腕に違和感があった。先ほども言ったが怪我をしているわけではない。ただ、寂しさを感じるのだ。そんなことを思いながらも今は眠った。何故か溢れて来る涙を堪えて。
朝日が昇った。
「ここは…、俺は」
上半身を起こした。砂浜に文字が書かれていた。ツリト。その三文字だけが書かれていた。
「俺は、つ…りと。つりと、ツリト?」
違和感がある。しっくりこない。だが、名前を憶えていない。ツリトはその疑問を棚上げした。そんなことより、お腹の音が五月蠅いのだ。
「腹減った」
しばらく立ち上がったままだった。
「あれ?何をしようとしてたんだ?」
ツリトは歩いた。海に向かって歩いた。黒色のオーラを纏って大きく伸びをした。斬撃が飛んだ。それは海を深く斬る斬撃だった。二つの斬撃はぶつかって大きな水飛沫が上がった。ちょうど、一艇の大型船にぶつかる寸前だった。ツリトは当たらなかったことに大きく胸を撫で下ろした。しかし、その大型船から拡声器で怒号が飛んだ。
「どこ見てやがるんだ、ガキッ!」「このクソガキ」「殺す気か」「舐めてんじゃねえぞ」「この馬鹿野郎が!」
しかし、ここで、気付いてしまう。ツリトが黒色のオーラを纏っていたのだ。
「なっ、あいつ、黒じゃないか⁉」
怒号が止んだ。そして、大の大人たちは大きな円となって紫色のオーラを持つ船長を囲んで作戦会議を始めた。それは非常に情けない内容だった。
「謝らないとヤバくね?」
そして、事実としては大きな勘違いをする。だが、結果としてはこれが一番妥当な考え方だった。
「あのガキ、いや、坊主はギリギリで斬撃をぶつけて大きな水飛沫を飛ばした。これは、少年の遊び心だったのではないか?なのに、私たちは大人気ない態度をとってしまった。これは誠心誠意謝罪をするべきではないだろうか。一人ずつ誠心誠意謝罪をしよう」
「「「親分」」」
「先陣は俺が行く」
「「「親分」」」
親分は拡声器を持って船首に向かった。そして、頭を下げようと斬撃が飛んできていた方向を見ると少年は背中を向けて移動しようとしていた。
この時、後にツリトにおじさんと呼ばれる親分は終わったと思った。
完全に怒らせちまった…。やべえ、どうする、どうする。
この時、無意識に動いていた。
「おい、若いの。俺を大きく見せてくれ」
若いのも同様の心境だったためすぐに親分の体を大きく立体に見えるように幻影を見せた。
「大変申し訳ありませんでした」
拡声器の音量を最大にして謝罪をすると親分は額を勢いよく着けた土下座をした。
ツリトはただ、逃げようとしただけなのだが何故か、ラッキーな状況になり振り返ってただただ、戸惑った。
「もう、いいから。魚の匂いがするね。今から何をするの?」
あの後、船から降りた団員が全員膝を着いて土下座して何度も謝って来た。ツリトはさすがに戸惑った。だが、そんなことよりも気になったのは魚の匂いだ。とにかくお腹が減ったのだ。
「坊主。まだ怒ってるじゃないか。ケース五個分しかないのに魚の匂いがする?嫌みじゃねえか。お前ら、頭が高かったんじゃないか?もう一度深く深く深く謝罪をするんだ」
全員がすみませんでしたと大声で謝った。確かにあんなに大きな船の割には量が少なかった。ツリトは空腹でそこまで気が回っていなかった。
「ああじゃあ、ご飯奢ってよ」
「そんなことでいいのか?」
「ああ」
「くあ」
大型船に乗っていた全員が一つの居酒屋に集まっていた。初めはツリトのご機嫌取りをしていたが打ち解けていき愚痴っていた。
「おじさん。もうほどほどにしときなよ」
「聞いてくれ。最近、超巨大魚のせいで魚が取れないんだ。紫の俺ですらどうすることもできない。そのせいで皆、生活が厳しいんだ。十日も収入がほとんどない。クソっ」
「おいおい、子供にそんな話をするんじゃないよ。いくら黒だって言っても大人が子供にそんな話をするなんて情けない。ツリト君、まだ、寿司食べる?」
おじさんの奥さんも一緒に飲んでいた。
「うんうん。大丈夫。おじさんその魚、俺が何とかしてあげようか?その魚の儲けは俺が貰うけど」
「いいのか⁉」
おじさんは急に酔いが醒めてツリトの両肩を握った。周りにいた若者もツリトに期待した目を向けた。おばさんも驚いて同じ質問をした。
「ツリト君、いいのかい?」
「ああ、構わないよ。その代わり儲けが大きくなるように準備してて」
ツリトはこの短時間でお金の重要性に気付き、早くもこちらの生活に適応しようとしていたのだ。
「ふああ」
漁師の朝は早い。今日は海の波は安定していて船は余り揺れていない。ツリトは壁にもたれて座っていた。大型船は暗闇の中で一際明るく光りそして大音量で音楽を鳴らしていた。
「若、よくこんな環境で眠れますね」
おじさんの部下は昨日からツリトのことを若と呼んでいた。漁師になる気はないのだが何故かだ。若者はもちろんおじさんと同い年のおっさんもそう呼んでいた。唯一、おじさんとおばさんだけが名前で呼んでいた。
「まあね。でも、いつもこんな感じなの?」
「いや、今日は特別だ。超巨大魚の嫌がることをこの十日間で徹底的に研究して来た成果だよ」
「へえ。そういえば、どれぐらいの大きさなの?それと、何か気を付けることはある?」
「大きさはこの大型船の五倍ほど。で、注意点だが高く売りたいなら傷は付けない方がいい。気絶させてくれ。そしたら、後は俺たちがなんとかするから。そこらへんの詳しい作戦は親分から聞いてくれ」
「分かった」
ツリトは立ち上がり大きく伸びをしてから船首にいるおじさんの元に向かった。
「俺は何したらいい?」
「行動不能にしてくれたら嬉しい。気絶がベストだ。頭に強い衝撃を与えてくれ。そしたら後は俺が小さくして血抜きとか色々しとくから」
「うん。それで、ポイントには着いたの?」
「ああ。時期にやって来る。もうポイントに来ているから」
「分かっ」
大型船が大きく揺れた。乗員は大声で来たと叫んでいた。
「ふう。皆情けないな。こんなので倒れちゃって」
「ツリト、お前が異常なんだ。俺ですらオーラを纏っていないと立てないのにどうして、オーラを纏わずに立てているんだ?」
「さあ。じゃあ、気絶させるよ。ぶっつけ本番だけど多分、大丈夫かな」
ツリトは黒色のオーラを纏って昨日の斬撃、空気を圧縮させた斬撃をただの空気砲にして超巨大魚にむけて飛ばした。魚は確かにダメージを食らったがすぐに元気に動いた。
「もうちょっと圧縮かな」
ツリトは少し空気を圧縮させて威力が上がった空気砲を先ほど当てた魚の頭部に飛ばした。魚はピタリと動かなくなって沈もうとしていた。おじさんは急いで魚を縮小させると船に乗っている青色のオーラを纏った若者の一人が船の上に魚を引き寄せた。そして、船の板にゆっくりと落とした。何故か船は揺れなかった。
「おじさん。あんなにデカかったのにどうして船が壊れないの?」
「この船は重力を分散させるマットが何重にも板の下に敷かれているからな。ツリト、よくやってくれた。ひとまず眠ってて構わんぞ」
「うん。じゃあ、寝てる」
ツリトは柱にもたれかかって眠りに就いた。
「ツリト、ついて来い。俺がツリトが釣ってくれた超巨大魚を高値で売り捌いてやる」
おじさんは昨日までのやさぐれた顔から生気を取り戻した元気な様子になっていた。そして、振り返って綺麗な歯を輝かせた。
おじさんが連れて行ったのは競りが行われる場所だった。そこに一際大きくブルーシートが敷かれたスペースがあった。沢山の仕入れ人が物珍し気にそのブルーシートについて話し合うことに夢中になっていた。そして、おじさんの姿を見ると盛り上がった。
「その子が例の子か?」
「ああ。紹介するぜ。この子はツリト。黒色だ。そして、そのツリトが釣り上げたのがこの超巨大魚だ!」
おじさんは手に持っていた発泡スチロールの箱から魚を取り、元の大きさに戻した。大歓声が上がった。そして、ツリトに少年に期待の眼差しが向けられた。おじさんはツリトの肩を叩いて綺麗に輝く歯を見せた。ツリトは頷いて黒色のオーラを纏った。地響きが起こった。それは大人たちの興奮の歓声だった。そして、おじさんに視線が向いた。
「じゃあ、この少年がこの超巨大魚を実際に解体するのを生中継するのか?」
「ああ、会社の宣伝付きでな。その代わりたっぷりと大金を貰うぜ」
会場が沸いた。超巨大魚を見るまでツリトが黒色のオーラを纏うまで半信半疑だった競りに来ていた人たちは目の色が変わった。この場のライバルから話題を勝ち取るために。おじさんは先んじて牽制した。
「やあやあ、諸君。悪いがこれは百億からにさせて貰うぜ」
反応は二つに分かれた。一つは「こんなの参加できねえ」もう一つは「ふむ。最初からそのつもりだったが」だ。人数は半分に分かれた。ここで、今回の会社のメリットを説明しよう。この世界では言語は一つ。世界同時配信は可能。そして、ツリトというオーラが黒色の謎の少年のインパクト。この三つにより宣伝効果がかなり高いということだ。皆、昼には競り落とした会社が運営する魚を扱った店に駆け付けるだろう。移動手段はシックスセンスがあるためいくらでもある。
競りの値段釣り上げ人若い坊主の帽子を斜めに被った青年が引きつった笑みで大きく息を吸った。表情がキリッと変わった。
「只今より、本日の目玉の競りを開始します。尚、既に百億からと決まっています故、ご了承ください」
この青年の大きな透き通ったはっきりと聞こえる声が響き一瞬静まり返った後、やや正気が失った大人たちの競り落とし競争が始まった。
ツリトはその様子を見て呆気に取られた。
「では、本日の主役、見た目は十歳ほどでしょうか。こちらが黒色のオーラを纏うツリト君です。では、早速ですが、まず、オーラを纏って貰えますか?」
「はい」
ツリトは若い女性のレポーターの指示に従い黒色のオーラを纏った。四方八方あちらこちらから大歓声が聞こえた。が、その中に嫌な目線がいくつかあった。全員、白装束の服を着ていた。
「ホントに黒色のオーラを纏っています。王国ではサキュバース家のサルシア君に次いで二人目です。同世代に黒が、二人目の黒がたった今、全国で確認されました。では黒の実力を実際に確認しましょう。ツリト君お願いします」
「では、疾くと御覧あれ」
ツリトは洒落た礼、執事がするような礼、をして右手を大きく上げて下げた。そして、魚に無数の斬撃を飛ばして綺麗に解体した。この流れは全ておばさんからのアドバイスだった。ツリトは皆が歓声に沸く中、気持ち悪い笑みを浮かべる白装束の連中が気に食わなくて睨み付けた。




