第二章 19 フロンティアの王
「何で、母さんから連絡が来ないの。私のこと、嫌いになったの?ねえ、どうして。ずっと待ってるのにまだ、来ない。一時間は経ってるよ」
十歳のインドラは二歳のある日を境に母と弟と離れ離れになっていた。だが、一週間に一回連絡を取っていた。昔は、一ヵ月に一回だったのだが、心が落ち着いて来て最近はペースが増えて来ていた。そして、夜六時の連絡は毎回欠かさず、ピッタリに行っていたのだが、今日は連絡が来ていなかった。
「落ち着くんだ。きっと連絡は来るはずだから」
父親は細心の注意を払ってインドラを落ち着かせることに集中していた。
一時間が経った。インドラは父親に当たるようになっていた。先ほどから可愛らしくポンポンと体をグーで叩かれていた。十歳の少女がやっていることだから痛くないように見えるが体には痣ができていた。その理由は双子の弟であるアシュラの龍の血を吸収していたからだった。神龍同士で自身の姉と子を産んでいないため本来、弱いはずだがインドラとアシュラの体に神龍の血が行きかっていたことにより父親の力など軽く凌駕していた。
「アシュと母さんに会いに行くか?」
「いいの?」
「ああ」
インドラは昔みたいに自身が耐えられないほどの力に精神が負けてしまうことはなくなっていた。神龍の血に慣れたのだ、とインドラとアシュラの父、シューンは考えていた。シューンは約束通りアシュラと母さんの場所に瞬間移動しようとした。が、瞬間移動することはできなかった。
「なっ⁉どういうことだ?」
「どうしたの、父さん?早く行こう?」
「ああ」
シューンは何事もなかったように取り繕って今度はフロンティアの上空に世界樹のユグドラシルの上まで瞬間移動した。そして、インドラの手を引いてフロンティアの中に入ろうとした時だ。入ることはできなかった。体が痺れた。
「どういうことだ⁉インドラ、ちょっと移動するよ」
インドラは不安そうな顔をしながらシューンを見ていた。
いた。だが、ニケもミケさんも皆、倒れてる⁉
シューンはインドラの視界には別の景色を見せてその光景を見ていた。ニケ、インドラとアシュラの母親、とミケ、ニケの妹、二人の河童は倒れていた。他にも何人も倒れていた。そして、それを見下ろしている男がいた。五つの刀を持ち、十本の腕を持った男だ。彼は四方八方から襲って来る者たちを次々と倒していた。全員、意識を落とされていた。それを成し遂げていた男はシューンを睨み付けた。
「このゼウスに勝てたらアシュラを元に戻してやろう。果たして、この五つの刀を持ったこのゼウスに勝てるかはいささか疑問だが」
ゼウスは呟くように言った。が、シューンには聞こえていた。否ッ、聞いた。親として奮起する時だった。シューンはインドラに向き合った。もちろん視界にゼウスを映さないようにシックスセンスを使って。
「インドラ。ここで、待ってて。父さんが何とかして見せるから」
シューンはフロンティアの中にゼウスの前に現れた。
「貴様ごときでこのゼウスに傷一つ付けられるか?例え、オーラ量が極わずかでも最後にお前だけは簡単に倒せるぞ?」
「俺様は必ずアシュラを助けて見せる」
「貴様にはこの四つの刀は必要ない」
ゼウスは上から四番目の手で右手は人差し指を立てて左手はそれを包むようにして握った。そして、空に球の空間の半円の二人だけのフィールドを作った。そこには無数の手が伸びていた。上下左右、斜めからも伸びて来ていた。それらの手はゼウスの十本の腕を複製したものだった。シューンのシックスセンスはイマジネーション。このフィールドを破壊しようとした。が、できなかった。
「男なら拳と拳で語り合えば良い。神龍とはただのお飾りか?」
「ゼウス。絶対に後悔させてやるからな」
シューンは神龍の鱗を纏った。そして、空を全力で踏みしめた。右足でローキックを全身のバネを使って放とうととした。が、その攻撃をする前にシューンのお腹には穴が開いた。神龍の鱗を粉々に破壊して貫通したのだ。
「このゼウスを甘く見たな。腕だけを鍛えていると考えての足を狙ったローキック。愚かなり。このゼウス、腕を使い熟すために人一倍足は鍛えておる」
シューンの意識は暗闇に落ちた。ゼウスはハートの刻印をシューンの体に開いた穴に刻んだ。すると、体の穴は見る見る内に回復した。ゼウスはそれを見届けるとフィールドを解いた。と言っても全く使わなかったが。天狗が現れた。
「ゼウス。あんた、無茶をするねえ」
「仕方のないことだった。全員にアシュラの手助けをさせないようにするために」
「憎まれ役を引き受けさせちゃったねえ」
「何、このゼウスに異論はなかった」
「どうするの?」
「天狗の見た未来を伝授する。ここで倒れている者たちは皆、このゼウスのオーラが少し流れている。故にカシャ、構わんな」
「ええ。枝分かれした未来でアシュラの命が助かるのはこの方法しかなかった。でも、ゼウスがここまでするとは思わなかった」
「フロンティアの王であるこのゼウス、皆の反発を一斉に起こしたまでよ。それに、これからフロンティアのレベルは一段と上がる。来たるデストロイ戦に向けて」
ゼウスは鎖の印を空に刻み人数分具現した。そして、その全てを繋げて天狗のカシャに持たした。
「未来を見せてやってくれ」
カシャはその鎖を持ち皆に未来を見せた。そして、ゼウスに返した。
「このゼウス、ホントはこんなことはしたくはないがニケには敵わぬ。故にフロンティアから出ることを禁止とする」
ゼウスはニケの体をこの無数の鎖で縛った。そして、その鎖は体に刻まれてゼウスにしか見えなくなった。
「フロンティアの王が情けないね。インドラのためにシューンを起こしてもいいかい?」
「構わぬ」
天狗のカシャはシューンを起こした。シューンは泣いていた。
「すまないね」
「俺様は父親としてインドラに何て話せば…。ただでさえアシュラに異常なほど愛があるのにこのたくさんの未来は何て話せばいいのか。俺様は、俺様は…」
ニケがアシュラとインドラの母が目覚めた。ニケの目にも涙が流れていた。
「シューン。アシュのことはニケに任せなさい。必ず、助けて見せる。何年掛かっても必ず。ゼウスを完膚なきまでに叩き潰してね。ゼウス、刀を使いたければ使いなさい。ニケが必ず真っ向勝負でグーの音がでないほどに叩き潰してあげるわ。まあ、と言ってもアシュが自力で戻って来ることの方が早いかもだけど」
ニケは笑っていた。もう切り替えたのだろう。だが、シューンはまだ切り替えれていなかった。
「でも、俺様はインドラに何と言えば…」
「今のアシュに会わせることは危険よ。インドラが壊れちゃうかもだから。そうね。ニケがアシュラに試練を与えてることにして」
「でも、それじゃあニケが…」
「一つ、いいかな?」
天狗のカシャがお面を外して二人を見た。
「私も孫にこんなことはしたくなかった。苦渋の決断だった。アシュラが殺されないために色々考えた。だから、ツリトの力とツリトの名を与えた」
「勝手なことを!それではアシュラは結局目立ってしまうだろっ!」
「うん。でも、ツリト=アシュラにはならない。お爺ちゃんの力はきっと役に立つ。だから、アシュラに掛かった封印は思ったより早く解ける。はっきりと言うと八年後」
ニケは思わず笑ってしまった。ゼウスは納得した。
「カシャ。貴様、アシュラをサンドラと会わせる気か?」
「ええ。あの子から刀を返してもらわないといけないでしょう?天狗は大きな未来を二つ見ている。二つともアシュラのシックスセンスが利用される未来。一つはイキシチのシックスセンスを使われてアシュラのシックスセンスが奪われてデストロイに星を滅ばされる未来。もう一つはデコイ。デコイが外を支配することによりデストロイがアシュラのシックスセンスに気付き星が滅びる未来。この二つを同時に止めるにはアシュラ=ツリトにするしかなかったのよ。それに、デストロイを殺すためには斬撃の力を得たアシュラがサンドラに奪われた刀に触れる必要があるから」
「待って、色々と疑問があるんだけど」
「サンドラがアシュラと関りを持てるようになるのはアシュラは才能の原石だからね。サンドラは戦闘狂だからもしかしたら鍛えようとするかも。そして、アシュラ=ツリトにする理由はアシュラ=ツリトにすることによってインドラの一つの安心材料になるから。それと、アシュラの封印を解く手助けとなるから。まあ、ちょっとだけ面倒なことが起きるけど仕方ない。だから、シューン。シャキッとしてインドラの心をしっかりと落ち着かせなさい」
「アシュラのことは分かった。ニケ。ホントにいいのか?」
「ええ。ニケはニケで早くアシュラを取り戻せるように頑張るからシューンは必死にインドラをコントロールしてね」
「じゃあ、待っているぞ」
「うん」
シューンはインドラの元に戻った。インドラは目にハートの紋様を刻み泣いていた。




