表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/47

仕事の終着点

「外に出よう」


 セオドアにそう囁き、戻ってきたバーベナの手を取ると、アリシアは人の波をかき分けながら会場の出口へ向かった。侯爵には申し訳ないが、今夜の最優先事項は王子暗殺計画に関与する人物の特定である。早々に人目を避けて収穫を確認したい。


 馬車回しに到着したところで、無言で背後についてきていたセオドアが口を開いた。


「バーベナ様、先ほどの男に見覚えは?」


「残念ながら、お伝えできることは何もありませんわ」


「そうですか」


「ローブの殿方とは別口で、一つ収穫はありましたけれど」


 バーベナは小さなガラス瓶を取り出すと、セオドアに手渡した。


「これは?」


「メアリ・ベルモント嬢に盛られそうになった薬ですわ。こっそりすり替えてカレン嬢に飲んでいただいたのですけど。トーナメントの日のメンシスの上位騎士の皆様と同じ症状が出ましたの」


「ええっ!」


 セオドアが手に持ったガラス瓶をアリシアも覗き見る。中には紅薔薇色の液体が入っていた。


「ベルモント伯爵が購入した薬だそうです。ワインに混ぜてありましたわ。彼女は媚薬だと思い込んで、私を陥れる目的で持ち出したようですけれど」


 バーベナは呆れたとばかりに鼻から息を漏らす。セオドアはガラス瓶をじっと眺めたあと、鋭い眼光をバーベナに向けた。


「それは本当ですか」


「嘘をついて私に得があります? 疑われるなら彼女を尋問してくださいませ。ただ、ベルモント伯爵にこちらの動きを知られぬよう慎重にされた方が良いと思いますが」


 挑発的な微笑みを返すバーベナと、敵対心をあらわにするセオドアに挟まれ、アリシアは右往左往する。どうにもこの二人は気が合わないらしい。


「言われずとも。……しかし、ご協力には感謝いたします。これでベルモント伯爵がトーナメントの騒動に関わっていたことの証明はできそうですので」


 セオドアが形だけの礼を述べれば、バーベナはふん、と鼻を鳴らし、アリシアの腕に抱きついた。


「バ、バーベナ?! どうしたの?」


「アラン王子? 私、とおっても疲れましたの。怖い思いもしましたし、王子に慰めていただきたいわ。王宮に早く帰ってゆっくり休みましょう? もう用事は終わったでしょう?」


 甘えた声でそう言われ、上目遣いで見つめられる。本物の女の子が甘えているような演技に感心しつつも、突然なぜそんなことを言い出すのかとアリシアは当惑した。


「後のことはお任せください。……王子。薬の件に関しては、追ってご報告いたします」


 笑顔のセオドアの額に、青筋が立っている気がする。怖い。笑顔なだけに余計に怖い。


「じ、じゃあ、失礼するよ」


 そう言い終えるが先かあとか、アリシアはバーベナに馬車へと押し込まれた。彼はさっさと自分も乗り込むと勢いよく馬車のドアを閉める。


 蹄の音が走り出す。バーベナは馬車の窓にかけられたカーテンの隙間から侯爵邸が遠ざかっていくのを確認すると、アリシアの方に向き合うよう座り直した。


「さっきのローブの男。ロベリアの貴族だ。浅黒い肌の男は何人かいるが、ローブの下の黒髪、顎についたホクロ、それにあの声。おそらくエルトラン侯爵だな」


「ええっ! さっき話せることは何もないって……」


 バーベナはカウチに寄りかかり、両手を頭の後ろで組んだ。


「セオドアに今の段階で話せることは何もねえってことだよ。確証のない段階でロベリアの関わりを話すのは避けたい。情報を共有するのは調べがついてからだ。ただ疑りぶかそうだからな、あいつ。目眩しのつもりでこっちで分析するはずの薬を譲ってやった。でないと本当は何か気付いたんじゃないかって付き纏われそうだし」


 言葉のあやというやつか。あとで真実を隠されたことを知ったら、セオドアが怒り狂いそうだ。


「エルトラン領は近年金属加工業に力を入れてる。防具や武器などの生産も盛んで、ロベリア騎士団に納品もしている」


「エルトラン侯爵は戦争支持派なの?」


「いや、中立派だ。表立っては行動を起こさず、裏で糸を引いて金儲けをしようとしてるんだろ、タチ悪りぃな」


「つまり、ベルモント伯がミーラークルムをエルトラン侯に売り、エルトラン侯がそれを硬度強化した武器防具に加工して、戦が始まったら売り捌こうとしてるってこと?」


「まだ仮説だがな。その可能性が高い」


 ——なんてこと。


 自国の国民を命の危険に晒してまでやることだろうか。金に目が眩んだ人間は、戦に巻き込まれる人々の命をなんだと思っているのだろうかと、アリシアは憤りに唇を歪ませる。


「裏が取れたらグラジオ側にも共有する。あとは俺に任せておけ。これまで協力御苦労さん」


 突き放すようなバーベナの言葉に、顔をあげる。


「え?」


「えって。これで結婚式まであんたは安心して過ごせるってことだよ。あとのことは俺の仕事。一生王子として身代わり業頑張るつもりなら、向こう二週間くらいはゆっくりしてろよ」


「そっか……。そうだよね。バーベナは仕事で姫の格好をしてて、戦争支持派の暗殺計画を調べるために、私に協力を頼んでたわけで。調査が済んだら身代わり業は終わりなんだもんね。私と行動をともにする必要も、もう、ないんだ」


 内側から溢れ出てくる感情を抑えきれなくて、視線を膝に落とす。わかっていたはずなのに、突然関係の終わりを告げられてショックを隠しきれなかった。少しでも油断したら涙がこぼれそうで、眉間に力を入れる。


 彼は寂しくないのだろうか。そう考えて、自分の考えのおかしさに苦笑する。

 偽バーベナ姫はキリヤという人にとって、お金を得るための手段なのだ。彼の居場所は別にある。さっさとこんな危険な仕事は終えて、自由になりたいはずだ。自分とは事情が違う。


「なあ、アリシア」


「……なに」


 鼻声になっているのを気づかれてしまうだろうか。顔を上げないことを、変に思われたかもしれない。


「遠い遠い昔の物語でさ、不幸に見舞われ、ひとりぼっちになってしまった娘がいたんだけど。不憫に思った魔法使いに魔法をかけてもらって、美しい姫に変身して王子様に会いに行くって話があって」


 脈絡のない話に、思わず顔を上げる。


「なんの話……?」


「あんたも魔法、かかってみたいと思う?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ