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密談相手

 心の通った異性との戯れ、許されぬ関係の逢瀬、そして表ではできない商売の話。仮面舞踏会の裏、ダンスホール奥に並ぶ個室では、表の世界とはまた異なる交流が深められている。


 一部屋一部屋改めるわけにはいかないため、アリシアはセオドアとバーベナと共に、聞き耳を立てながら回廊を進んでいく。だがベルモント伯らしき声は聞こえてこなかった。


「本当にこちらにいらっしゃるの? 今の所嬌声しか聞こえてきませんけど」


「バ、バーベナ!」


 アリシアは飄々と言うバーベナを嗜める。やはりこの男はこういうことに慣れている。こちらは恥ずかしくて今すぐに逃げ出したいくらいだというのに。


「私の部下がベルモント伯爵が個室の方へと入っていくのを見ています」


「あらセオドア、単なる女性との逢瀬の可能性も否定できないのではなくて?」


「ベルモント伯爵は川下りの件に加え、トーナメントでも王子が命の危機に晒されるような状況を作ったという疑いがかけられています。近日中にまたことを起こすとすれば、今日の仮面舞踏会は絶好の機会です。見張っていて損はありません。それなのに姫のせいで見失った上、ずいぶんと時間を無駄にしてしまいました」


 仮面の下の碧眼が、バーベナを睨む。


「私のせいだと? 襲われかけたのは私の方なのですけど?」


「あなたが襲ったの間違いではないですか? 男どもは伸びていましたよ」


「ちょっと二人とも。口喧嘩しないでよ」


 女性には優しいはずのセオドアだが、なぜだかバーベナには当たりが強い。本能で男だと認識しているのだろうか。


「あ、誰か来るよ!」


 突き当たりから出てくる影を見つけ、アリシアは咄嗟にバーベナの腕を取り壁に押し付ける。セオドアもそれに倣い、二人の男が女性一人を口説いているような体勢をとった。


 ——ベルモント伯だ!


 背中を通り過ぎていく低いしゃがれた声は、彼のもので間違いない。足音は二人分。通り過ぎていくのを待って、隣に立つ人間の顔を盗み見る。


「では、また二週間後に」


 そう言った男の声には聞き覚えがない。さらに彼はローブを頭からかぶっていて、髪の色さえ確認ができない。唯一見えたのは、手袋と袖の隙間から覗く浅黒い肌の色くらい。


 ——二週間後はアラン王子とバーベナ姫の結婚式だ。そこで何か企んでいるのか? それとも単に、結婚式で顔を合わせるだろうという意味での言葉?


 なんとか男の素顔を見たい。これでは何もつかめなかったも同然だ。ベルモント伯爵と男は個室係の使用人に鍵を返すと、それぞれ別の方向へと歩いていく。


「ちょっと行って参ります」


 壁際にいたバーベナが、アリシアの腕を振り払って歩き出す。


「え、どこいくの?!」


「殿方は黙ってみててくださいませ」


 ——いや、あなたも殿方なんですけど。


 そう言いたいのは山々だったが、少し離れて彼の後をついていく。


「何をするつもりですかね、彼女は」


 セオドアが怪訝そうな顔でそう呟く。

 ダンスホールに出たところで、バーベナが誰かに話しかけているのが見えた。先ほどのローブの男だ。話の内容は聞こえないが、どうやらダンスに誘っているらしい。


「なるほど、男では使えない手ですね」


 バーベナを遠くから見守りつつベルモント伯の様子を伺えば、出口の方へと向かっていくところだった。仮面舞踏会の開始から今まで、彼が個室に消えたのは一度のみ。やはりあのローブの男が怪しい。


「ここはバーベナに任せてみよう」


 楽団の近くに陣取り、軽快なテンポの曲に変わった音楽に耳を澄ませながらバーベナを見守る。


 ——結婚式まであと、二週間、か。


 地道な調査が功を奏し、暗殺に加担する人物が特定されて捕縛されれば偽バーベナ姫とはお別れだ。そして本物のバーベナ姫が嫁いでくる。


 キリヤともう二度と会えなくなることを思うと、胸の奥がキュッと狭くなる。

 こんなにも誰かとの別れを切なく思うことは、これまでなかったのに。


 バーベナは熱心にフードの男を口説き落とそうとしていたが、うまくいかなかったらしい。難しい顔をして、こちらに戻ってくるのが見えた。


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