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淑女のたしなみ

「わ、私がウィスラー男爵に頼んだのは、バーベナ姫を痛めつけて欲しいというだけよ! 私たちにまで手を出していいと許可した覚えはないわ」


 ふらふらと床から半身を起こしながら、カレンが抗議する。薬が効いてきたのか、先ほどよりは顔色が戻ってきている。


「ほう。俺たちは指定の部屋にいる女を犯せとしか聞いてないけどな。なあ、そうだろ?」


 赤茶色の髪をした男が、後ろを振り返り、わざとらしく仲間に同意を求める。


「そうだなぁ。楽しく遊んでくださいってのが、依頼内容だったもんな」


「他の女に手を出すなとは聞いてないねぇ」


 満足げに男はこちらに向き直ると、乱暴にキリヤの首を片手で掴んだ。


「俺は姫様のお相手をさせてもらうぜ。お前らにはそこの青と緑の令嬢をくれてやる」


 キリヤは三人の男を観察し、腕っぷしの強さを測りつつ。心の中でため息をつく。


 ——一人で逃げるのは簡単だが、いくら性悪女と言えど、女が泣くとこは見たくないしなぁ。はぁ、仕方ねえ。


「いやあああ!」


 精一杯可愛らしくキリヤは叫ぶと、首を掴んでいる男の両こめかみにゲンコツを入れる。痛みに怯んだ瞬間を狙い、急所を思い切り蹴り上げた。


「ひぐっ」


 体を丸め、声も出せずにうずくまる男を見て、キリヤ自身も若干股間に寒気を感じたが、気のせいだったことにする。


「テメェ! やりやがったな」


「あら、嫌だわ、気が動転してしまって。私なんてことを」


 自分の体を抱きしめるようなポーズをとり、心底怖いという表情を見せつつ、襲いかかってくるもう一人の男を待つ。太い両腕が掴み掛かろうとしてきたところで体勢を低くしてそれをかわし、立ち上がり際男の顎の下に思い切り頭突きをくらわせた。


 男はそのまま後ろにひっくり返り、後頭部を打って動かなくなった。


「なんだ?! ロベリアの姫ってのは護身術でも叩き込まれてんのか?」


「実戦で使ったことはないのですけれど……淑女のたしなみ程度には……」


 はじらいつつそう言うキリヤを、得体の知れないものを見るような目で男は見る。

 狼狽える最後の一人をどう調理してやろうかと、麗しい姫の演技のまま見つめていると。


「バーベナ!!」


 ドアが開け放たれ、仮面をつけた金髪の貴公子——もとい、アリシアが飛び込んできた。


「王子?! もうちょっと後にやってくるはずじゃあ……」


 最後に残ってしまった男はアリシアを見て、動揺しながらそのようなことを呟いた。

 十分媚薬が効き、痴態が繰り広げられているタイミングでアラン王子を呼ぶような手筈になっていたのだろう。

 アリシアは乱れたキリヤのドレスの裾、そして向かいあう粗野な雰囲気の男を視界に入れた瞬間、状況を把握したのか、勢いよく男に向かっていき、飛び蹴りをくらわせた。


「我が王子の伴侶となる女性はとんでもない蛮姫だ。他の二人が伸びているのはあなたの仕業ですね?」


 嫌味を言いながら、片眉を上げたセオドアが扉から入ってきた。軽蔑の眼差しをキリヤに向けつつ、二人の令嬢たちとメイドに視線を移す。


「ヒッ」


 セオドアに睨みつけられ、令嬢たちは肩を跳ねさせる。


「たとえ蛮姫とはいえど、大切な王子の婚約者に変わりはありません。あなた方には、どうしてこのような状況になっているのか、お話を聞かせていただきますよ」


 萎れた花のようにうずくまる彼女たちを、後からやってきたメンシスの騎士たちが外へと連れ出す。

 キリヤはゆっくりと深呼吸をした。一件落着し、態度を崩してリラックスしたいところだが、セオドアがいてはそうもいかない。


「ベルモント伯爵は? アラン王子はそちらの対応に集中されていると思っておりました」


 状況を把握しようと、そうアリシアに尋ねた。

 だが、意識しすぎて、少々感じの悪い効き方になってしまったことを、言ってから後悔する。


「アラン様、まさかバーベナ姫にも例の件を共有されているのですか? 彼女はロベリア側の人間ですよ」


 セオドアが顔を顰める。例の件とはメンシスの食中毒事件の犯人のことだろう。


「セオドア、バーベナはこれまでも私を暗殺の危機から救ってくれてるんだ。だから彼女にも情報共有をしている。そうすればお互い助け合えるからね」


 緑の瞳が、キリヤに疑いの目を向ける。キリヤが得た情報については、アリシアが直接見知った話としてセオドアに共有しているが、ロベリア戦争支持派主導の暗殺計画については伝えていない。ベルモント伯爵とロベリアの何者かの協力体制については、より全体像を見てから共有しようと考えていた。


 そのためセオドアは、バーベナが影武者であることはもちろん、暗殺計画の調べを進めていることも知らない。下手に伝えれば、ロベリア王室がグラジオに和平の意志を疑われることになる。今の段階では伝えるなとキリヤがアリシアに口止めしていた。


「ベルモント伯爵も会場から消えたんだ。参加者として紛れながら、ベルモント伯を見張っていたメンシスの騎士曰く、個室の方へと向かったって聞いてここへ通してもらったんだけど。争う声とバーベナの声が聞こえて」


 焦り気味にそうアリシアが説明する。


「王子に心配されなくとも、自分で対処できました」


「それでも、心配だったんだよ。もしもってことがあるでしょ」


 ——こいつは、ほんと、お人よしだな……。


 呆れつつも、胸があたたかくなるのを感じる。食中毒事件の犯人究明を優先するなら、自分のことは放っておくべきだ。第一身代わりの男なのだから、キリヤがどうなろうとアリシアには関係ない。


 自分の利益を最優先に考え、自分にとって不利益となれば仲間も簡単に切り捨てる。キリヤがこれまで育ってきた世界ではそれが当たり前であったのに。自分を一人の人間として扱い、心配してくれるアリシアはキリヤにとって新鮮だった。


「アラン王子、お取り込み中のところ恐縮ですが。ベルモント伯を探さねばならないのでは?」


 セオドアの声掛けに、アリシアはハッとする。


「そうだった! 急ごう、セオドア」


「私も参ります」


 セオドアは眉を顰め、こちらを見た。


「邪魔になります。別室で待機していてください」


 絶対零度の碧眼が不快そうに歪められる。しかしキリヤも引き下がらない。


「ベルモント伯爵のお相手が、万が一ロベリアの誰かであった場合。私の方が顔を知っている可能性が高いですわ」


「セオドア、バーベナはネズミみたいにすばしっこいから大丈夫。見つかるようなヘマはしないと思う」


 なんだネズミってのは、フォローになってねえよ、と心の中で悪態をつきつつ。アリシアのトンチンカンなフォローに頬が緩みそうになるのを堪える。


「……では、くれぐれも邪魔はしないように」


 セオドアはそれだけ言って、扉の外に出た。

 妃になる人間にその態度はどうなんだ、と思いつつ。キリヤは二人の後をついていった。


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