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メアリ・ベルモント

「どうしよう、どうしてお父様がこんな薬を……」


「お父様?」


 カレンの症状を確認していたバーベナは、メアリの言葉に振り返る。


「ベルモント伯爵から私に薬を盛るように言われたの?」


「違う、お父様は関係ないわ!」


「ではどうして、お父様という言葉が出てくるのかしら」


 バーベナが詰め寄れば、メアリはたじろぐ。


「はっきりおっしゃって。でないとカレン様が死んでしまうかもしれないわよ!」


 少々大袈裟に脅してみれば、メアリの視線が床に伏せったカレンに移る。真っ青な唇をした友人を見て、メアリは覚悟を決めたらしい。


「お父様が、出入りの商人から薬を受け取っているところを見たの。『強い薬だから取り扱いに気をつけるように』って彼は言ってて。……お父様は、たくさんの妾を囲っていて。……その商人から、よく媚薬を買っていたから……」


「それでてっきり、その薬を『強い媚薬』だと思って持ち出したのね。私に飲ませて男でもあてがおうとした? スカーレット様の差金かしら」


 メアリの動揺した表情を見るに図星らしい。キリヤの予想はだいたい当たっていたようだ。


 ——即効性のある食中毒に似た症状を見ると、おそらくメンシスの上位騎士に使われたものと同じ可能性が高いな。ロベリアの間諜に頼んで分析してもらわねえと。しっかしこえ〜。中身の認識も曖昧なまま他人に使うなよ。


 ため息をつきつつ、バーベナはドレスの下に隠し持っていた袋を取り出す。袋の中に入れていたガラス瓶を手に取ると、カレンの口の中へと押し込んだ。


「ちょっと、何をしているの?!」


 慌てるメアリにバーベナは険のある目つきを向ける。


「あなた方みたいなお馬鹿さんが多いのでね。常に解毒薬を持ち歩いているのよ。あと、あなたベラって言ったかしら。カレン様のコルセットを緩めてあげて。苦しいはずだから」


「は、はい!」


 両手で口を押さえ、諤々と震えていたベラは、バーベナの呼びかけに反応し、慌ててカレンに駆け寄る。


 二人がカレンの看病に集中している間に、キリヤは薬の盛られたワインの中身を空のガラス瓶に入れ、ドレスの下に忍ばせた。


 ——とりあえずメンシスに使われた薬に関してはこれで尻尾が掴めそうだな。アホな令嬢の嫌がらせにも付き合ってみるもんだ。


 本当ならロベリアの誰と繋がっているかも探りを入れたいところだが。今これ以上探りを入れるのは難しいだろう。アリシアの方で何か収穫があることを期待しつつ、さっさと退散しようとドアの前まで進んだところで、ノックの音がした。答えも聞かずに入ってきたのは、三人の男たち。仮面をつけているところを見ると、仮面舞踏会の参加者のようだが、貴族というにはガラが悪い。


「銀色の髪、紫の瞳。あんたがバーベナ姫だな?」


 いやらしい笑みを浮かべた男たちは皆二十歳そこそこと言ったところか。色欲を隠さない獣のような表情を向けられ、キリヤはゲンナリする。


「そうですけど?」


「なんだ、薬は効いてねえみたいだな。まあ力づくで言うことを聞かすのも悪かねえ……そこのご令嬢方とメイドもここに残ってるってことは、お遊びに参加したいってことでいいのかな?」


 下卑た笑みを浮かべ、四人の女の品定めを始めた男どもを前に、キリヤは両手を腰に当てた。


 ——はぁ。「浮気相手」のお出ましってわけ。さあて、どうすっかなぁ。


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