スカーレット・モルダウ
「よりによってロベリアの姫を迎えることになろうとは。グラジオの英雄になんたる仕打ちですこと。今からでも反故にすることはできないのでしょうか」
バーベナ姫歓迎のための晩餐会が始まる一時間前のこと。スカーレット・モルダウは衣装替えを終えたアリシアの元を訪ねてきた。イブが部屋の外で来客の応対に困っている様子だったので、ドアから首を出してみれば。凄まじい剣幕で暴言を吐きながらイブをどかそうとするスカーレットが目に入った。
しかし彼女は「アラン王子」を目にした途端、まるで別人のように微笑んだ。
そのあと可憐な口元から紡がれたのが先ほどのセリフである。
「ええと、バーベナ姫との結婚は決まったことで……」
そう諭そうとしたのだが。麗しい瞳に涙をいっぱい溜めた彼女は、ハンカチを握りしめる。
「あんなにもロベリアを憎んでらした殿下が、そんなことをおっしゃるなんて。理不尽な現実を前に、心を壊してしまわれたのですね……スカーレットはわかっております。殿下の妻となるため、日々厳しい花嫁修行に勤しんでまいりましたもの。ええ、殿下の心のうちも、手に取るようにわかっております!」
——わあ、どうしよう。人の話を聞かないタイプの人だ。
結局そのあと、真っ青な顔をして現れたモルダウ公爵に引きずられ、スカーレットは退場して行った。
二人を見送ったイブがぐったりした顔をしながら、「一応あれでもアラン様の結婚相手として、最有力候補だったのですよ」と教えてくれた。
その彼女が、今仮面舞踏会の会場で「私と踊って」とバーベナを押し除けて誘ってきたのだ。
記憶の奥底にしまっていた彼女の言動を思い出し、アリシアは仮面の下で眉を顰めた。
——困ったなあ。正直関わり合いになりたくないんだけど。結婚相手の最有力候補っていったら、アラン王子と何度か話したこともあるよね? ボロが出ちゃいそうで嫌だなあ。
「殿下、淑女の決死のお誘いを、お断りになるのですか?」
そうスカーレットに迫られ、アリシアは頭を垂れる。たしかに女性からの誘いを断っては、彼女の顔に泥を塗ることになる。そもそも、女性の方からダンスを申し込むことが、すでに恥ずかしいことなのだが。
「私でよければ」
手を差し出すと、恋焦がれた相手に告白されたような乙女の表情で、スカーレットはアリシアの手をとった。
「さあ、女同士でお話をしましょう。今日の舞踏会では当家の領地にある農園のワインを提供していただいているの。あなたのお国にワインはある?」
邪魔者はさっさと退場しろとばかりに、侮蔑の笑みを浮かべながら、ペールブルーのドレスを着た令嬢がバーベナの腕を掴む。今回の舞踏会でワインを振る舞っているのは、ダレンヴィル男爵家だったはず。ということは、彼女はカレン・ダレンヴィル。男爵の一人娘だ。
「野蛮な国では淑女としての振る舞いも教えていただけないんでしょう? おかわいそうに。結婚式の前に首を刎ねられないように、私が教えて差し上げるわ」
もう一人のオパールグリーンのドレスを着た令嬢も、余った方のバーベナの腕をギュッと掴んだ。彼女がどこの誰かはわからない。が、どこかで見たような顔をしている。誰かに似ているのかもしれない、と思ったが、アリシアの頭では思い出せない。
——一人で残していって、大丈夫かな。
バーベナは相当イライラしているようだったが、そこはさすが劇団俳優。取り乱す様子はなく、いつもの上品な笑みを浮かべ、言葉を返す。
「……そうね、ご教示いただこうかしら。グラジオの文化にはとても興味がありましてよ。皆様から是非学ばせていただきたいわ」
嫌味の一つも返すのかと思いきや、それは堪えたらしい。友好のために敵国から嫁いでくるのだ、本物のバーベナ姫があとからやってくることを考えれば、勝手はできないのだろう。
(俺に構わず行け)
そうバーベナに目くばせされ、アリシアは音楽の始まりとともに、スカーレットとステップを踏み始める。
——しかし、女の世界って怖い。あんな中にいたら、バーベナ、女性不審になっちゃうんじゃないの。
初めて「王子役で良かった」と心から思ったアリシアは思いつつ、遠慮がちにスカーレットの腰に手を回した。




