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夜の舞

「紳士淑女の皆様、今宵はお集まりいただきありがとうございます」


 この館の主人であるベアトリクス侯爵が、ダンスホールに集まった貴族たちに挨拶を述べる。アラン王子とバーベナ姫の結婚式までの間には、王室主催の公式行事のほか、首都近郊に領地を持つ貴族たちも思い思いの催しを用意していた。今日の仮面舞踏会はそのうちの一つである。


 会場に集まった人間たちは、さまざまなデザインの仮面をつけていた。バーベナは黒い蝶の形、アリシアは銀製のシンプルなデザインのものを用意している。


「誰が誰だか、遠目だと全然わからないね……」


 侯爵の挨拶を片手間に聞きながらアリシアがそう呟けば、隣に立つバーベナに脇腹を小突かれる。


「黒に銀色の刺繍の上着、紫色のマスクをつけた男、あれがベルモント伯爵だ。しっかり見とけよ」


 小声で話しかけてきた彼に合わせ、アリシアも声を落とす。


「よくわかるね」


「瞳の色と鼻と口の形、髪色。判断できる材料はいろいろあるだろ」


「なるほど」


「あんたは本来こういう仕事には向かない人間だな……」


「うう……ごもっともでぐうの音もでません……」


 仕事モードに切り替わったバーベナを見て、アリシアは気を引き締める。今は個人的な感情を捨て、ベルモント伯爵の動向を探らねば。


「仮面をつけていようと、あんたがアラン王子だってのも、見る人間が見ればわかる。仮面舞踏会という無礼講の場を利用して、アランに近づこうとする人間もいるはずだ。そういう相手に気を取られて、周囲に気を配ることを忘れるなよ」


 そう言われてあたりを伺えば、こちらにチラチラと視線を送る女性たちの視線に気づく。それ以外にも男性が何人か。


 ——女性は妾の座でも狙っているのかな。男性は仲良くなって便宜を図ってもらいたいとか? あとは——。


 あの中に暗殺者が紛れ込んでいるとか。

 その考えが頭を掠めた瞬間、顔が青くなった。

 踊っている最中などに狙われては、どうにもできない。


 アリシアの考えを察したのか、バーベナはからめていた腕をひく。


「安心しろ。トーナメントの件もあって警備は万全だろ。それに王子暗殺を企む奴らの狙いは戦争の火種を作ること。誰が殺したかわからないような状況下で王子を暗殺してもロベリアに責任はなすりつけられない。あんたが急に刺されることはねえよ。とにかくベルモントを見失うな。密談するにはうってつけの機会だからな。仮面が全てを誤魔化してくれる」


 今日の舞踏会にも、ロベリアの貴族や騎士が招待されている。ベルモント伯爵が協力者と接点を持つ可能性があった。


 楽団により音楽が奏でられ始める。今夜の一曲目はワルツ。ファーストダンスはパートナーと踊るのが決まりだ。アリシアはバーベナの手を引き、腰を抱く。体を寄せ合うと彼の首筋からカサブランカが香った。


 体が触れるとわかる。この人は男なのだと。

 レースの手袋に隠された手のひらは、意外と大きくてごつい。一見女神のような顔は、よく見れば妖艶さを漂わせ、女を惑わす男神の顔をしている。男役のアリシアの方がリードしているはずなのに、ふとした瞬間にフォローされる。彼と踊るワルツは心地よく、麻薬のような中毒性があった。


 ずっとこうして体を寄せていたくなる。一線を越えて、触れてほしいとも。

 こんな気持ちになることを、バーベナ姫の皮をかぶった、キリヤという人物に出会って初めて味わっている。

 仮初の婚約者に、女装した男に、こんな感情を持つのは間違っているのかもしれないけれども。


 ——いけない、いけない。バーベナにドキドキしている場合じゃない。


 曲が終わる。名残惜しさを感じながら、体を離す。

 ダンスを終えても、なかなか手だけは離せないでいた。


「パートナーをお借りしても?」


 バーベナの体を押し除けるようにして、二人の女性を引き連れた淑女がアリシアの前に進みでた。

 突然横から押されたバーベナが転びかけ、繋がれた手が離れてしまう。


「無礼にも程がありましてよ」


 なんとか転ばずに踏みとどまったバーベナが、ワイン色のドレスを着た女性を睨み上げた。


「あら、わたくし何か失礼をしまして? これは申し訳ございません」


 眉尻を下げ、淑女は膝を折って形だけの詫びをバーベナにしたかと思えば、ふたたびアリシアの方へと向き直る。仮面をつけていてもわかる。可愛らしい人だった。小鳥の囀りのような声、滑らかな白金の髪。夜明けの空のような薄青の瞳が細められる。


「結ばれるはずだった麗しい方に、とても似ていらっしゃるの。居ても立ってもいられず御前に急いで参りましたので、周りが見えていなかったのかもしれませんわ」


 可憐に微笑んだその顔を見て、アリシアはこの人物が誰だったかを思い出す。

 たしかバーベナ姫を迎える日、声をかけられた記憶がある。たくさんの令嬢と言葉を交わす中、ほとんどの人物の顔と名前は一致していない。しかし彼女は印象的だった。なぜなら泣いていたからだ。


 ——アラン王子の結婚相手の最有力候補だった人だ! たしか名前は、スカーレット・モルダウ公爵令嬢。


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