城下町
「うわあ、賑やかだねえ」
城からまっすぐ伸びたグラジオ王国首都のメインロードを進んだ先、円形の大きな広場には、さまざまな商品を扱う露店が出ていた。
アリシアは目を丸くして、広場の端から端まで視線を巡らせる。
色鮮やかな花々、ツボに入った異国の香辛料、肌触りの良さそうな綿のスカーフ、ビーズを繋ぎ合わせたアクセサリーを売る店もある。故郷の港町でもマーケットはあったが、ここまで規模は大きくなかった。
「すごい人と店の数……! いつもこんなに多いの?」
アリシアが問えば、セオドアが紳士的な笑みを向ける。
「アラン王子とバーベナ姫との結婚式を控えていますから。見物客を狙って出店も増えているのです」
腕を取るように促され、アリシアは咄嗟に身を引く。
「これだけ混雑していては、見失ってしまうやもしれません。アリシア様、さあどうぞお手を」
「そういうのはいいから! あと私のことはアリシアでいいって、もともとは平凡な一般市民なんだから」
「アリシア様は勇敢で美しいレディですよ。そこらのご令嬢と比べても、段違いに輝いていらっしゃる。私にとってはね。ですから様をつけるのは当然のことです」
「なんかやりにくいなぁ」
護衛をつけるなら、セオドア以外にして欲しかった。だが、イブが彼を護衛につけた理由はわかっている。いい加減毎夜やってくるセオドアを追い返すのにうんざりしていたからだ。
「さあ、まずは食事に行きましょう。魚料理はお好きですか? 美味しい店を知っているのです」
「えっ、いやいや、私はプレゼントを買いに来ただけで……」
セオドアは腰をかがめ、アリシアの青い瞳を覗き見た。透き通るような碧眼は、愛しい物を見るように細められる。
「せっかくあなたと過ごすために休暇を取ったのです。少しくらい私に時間をくださいませんか」
「う」
用件をすませつつ、その辺もぶらぶらしたいとは思っていたが、セオドアと一緒では安らげない。だが、彼が仕事を休まなければならなくなったのはアリシアのせいな訳で。
「じゃあ、ちょっとだけ……」
うまく王子を演じられなかった当初、彼のフォローがなければ身代わり王子業は成り立たなかった。恩を仇で返すようで、拒絶するのは忍びない。
店は円形広場の奥、メインロードを右手に入った路地の突き当たりにあるらしい。セオドアのあとに続き、アリシアは案内されるがまま歩き始めた。
◇◇◇
——くっそ、会話がよく聞こえねえ。でも、これ以上近づいたらばれちまいそうだし。ってか俺、何やってんだよ……。
キリヤは苛立ち舌を鳴らす。居ても立ってもいられずついてきてしまった。街中では目立つ執事服は、道中で平民らしいシャツとズボン姿に着替え、少し遠くから二人の動向を探っている。
——つーかあの野郎、距離が近すぎだろ。仮にも俺の婚約者なわけだろ? いや、違う。アリシアはアラン王子なわけで、俺は偽物だから、アリシアはバーベナ姫の婚約者で……。
「協力者がしつこい男に付き纏われて困ってそうだから、助けてやろうと尾行してるだけだ! うん、それだ。それ」
大きな独り言に周りが振り向く。ハッとしたキリヤは、気まずさから顔を赤らめ、人の波をかき分けて小走りでその場を後にする。
自分がおかしなことをしている自覚はある。
劇団にいた頃は自堕落な生活を送っていて、散々女とは遊んできた。固定の恋人は作らず、将来を誓いあうなど馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばし、執着されそうになった瞬間、関係を終える。それが常だった。
それなのにアリシアからは目が離せない。一緒にいて心地いい。その一方で触れて、抱きしめたくなるような衝動にもかられる。これまで女に対して抱いたことのない感情を、彼女に抱いている。セオドアに苛立つくらいには。
アリシアたちは飲食店が多く集う路地に入って行った。どうやら食事をとるらしい。
まるで恋人同士のようなデートを楽しむ二人を見て、複雑な気持ちになる。
——男の姿で隣にいるのが、俺だったらよかったのに。
気づけばキリヤは、そう心の中でつぶやいていた。




