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仲違い

 バーベナとセオドアが言い争ってから数日。怪我の具合はだいぶ良くなり、素振りができるまでに回復した。だが、アリシアが女だと分かって以降、過保護になったセオドアによって、怪我が完全に治るまでは鍛錬場への出入りを禁止されている。


 結果何もすることがなく、アリシアは暇を持て余していた。


「セオドアは……なんか頻繁に訪ねてくるようになっちゃったな。これはこれでどうしたものか。協力的になってくれるのはいいんだけど……」


 ベッドに横たわり、天蓋を見上げる。

 あれから毎晩花束を持って寝室を訪れてくるセオドアを追い返すのに難儀している。身代わり王子業の手前、昼間に堂々と交流を深めることはできないことがわかっていて、夜に訪ねてくるのだろうが。今はできればそっとしておいてほしい。


 イブがアフタヌーンティーをワゴンに乗せて部屋に入ってきた。熱いお茶をポットに注ぎ、蒸らし、程よい濃さになったところでカップに注ぐ。


「今日はリラックスしていただけるよう、カモミールティーをご用意しました。冷めないうちにどうぞ」


「ありがと、イブ」


「ところで、セオドア様と何があったのですか?」


 一口含んだところで、盛大にお茶を吹き出した。

 イブは素早い動きであたりを片付けつつ、着替えを持ってきてくれる。

 だが、瞳は好奇心に溢れていて、話の続きを待っていた。


「特に、何かあったわけではないんだけど……事情を知ってる人たちのうち、あの人だけ私が女だってこと知らなかったみたいで」


「ああ……なるほど。たしかにセオドア様は女性にお優しいですからね。私たち使用人にもとてもよくしてくださいます。王子が身代わりの女性と知っていたら、トーナメントには立たせなかったでしょうね」


 うんうん、と頷くイブは、さらに追撃を重ねる。


「でも、なぜセオドア様は、アラン様を毎晩尋ねてくるのでしょう」


「う、よくわからないけど。女の身であのトーナメントをやり切ったことに感銘を受けたとかなんだとかで、プロポーズをされてる……」


「なるほど……あの激戦を戦い抜いたアラン様に、恋をされてしまったのですね。セオドア様は険しい道を歩まれますね……」


 無表情なのは変わらないが、面白がっているのがわかる。無理もない、斜め上の状況であることは紛れもない事実だ。まさかこんなことになるとは、アリシアも思っていなかった。


「そういえば、バーベナ姫様とはご無沙汰でございますね」


「ああ、うーん。それが……ちょっと機嫌を損ねちゃったみたいなんだよねえ」


 バーベナは、あれから一度もアリシアの部屋を訪ねてきていない。体が動くようになってから一度ティータイムに誘ってみたものの、ガーネットを通して断りの返事が来ている。理由は一週間後の仮面舞踏会の準備に忙しいから、だとか。


「左様ですか。女心は空模様と同じでございますからね。特に敵国に嫁ぐバーベナ様の心の内は不安定でしょう」


 女装した男なんだけどね、とアリシアは心の中で苦笑いをする。


「アラン様。贈り物をなさってはいかがでしょう。アクセサリーですとか、ドレスですとか。ガーネットに聞けばサイズは確認できますし」


「贈り物、かあ」


 そういえば、「特訓の見返りに宝石とかちょうだい」なんてことを言っていた。贈り物という案は悪くないかもしれない。


「じゃあイブ。明日あたり、街に買い物に行こうと思うんだけど、ついてきてくれる?」


「何をおっしゃいますか。買い物に行くのではなく、宝石商に来てもらうのです」


「あ……そうか。王子様の買い物はそうだよね」


 できれば外の街並みを眺めつつ、自分の手で彼にぴったりなものを選びたかったのだが。王子という身分になってしまった今、そういう買い物の仕方はできないのかと、アリシアは表情を暗くする。


「じゃあ、早速呼んでくれるかな。できるだけ早い方がいい」


「かしこまりました。では本日の午後、来させるようにします」


 そんなに早く来てもらえるものなのかと疑問に思ったが、本当に宝石商は午後イチでやってきた。瞬く間にダイヤモンド、オニキス、アメジスト、サファイアなど、眩いばかりの宝石がシルクの敷物の上に広げられ、洒落たワインカラーのスーツを着た宝石商の男による、流れるような商品の解説が始まった。


「バーベナ姫様の瞳の色に合わせられるのであれば、パープルダイヤモンド、バイオレットサファイアなどはいかがでしょう。ちょうど純度の高いものが手に入りまして、お持ちしております」


 ロマンスグレーの髪をぴっちりと撫で付けた男は、手袋をはめ、アリシアの目の前に用意されえた小テーブルに、紫色の宝石たちを並べていく。庶民が触れることのない大きな塊を前に、アリシアは息を呑んだ。


 というか、こんな宝石の塊を見せられても庶民はどうしたらいいのかわからない。貴族の宝飾品に憧れを持っている庶民の女たちは多いが、アリシアはその類ではない。腕力を生かして男に混じって働いていたので、そんなことに関心を持つ機会もなかった。

 困っていることを悟られないよう、難しい顔を作っていると、すかさずイブが進み出る。


「アラン様。ペンダントなどはいかがでしょう? たとえばバイオレットサファイアを中心に据え、周りにダイヤモンドをあしらえば、華やかさも出ます。バーベナ姫様の髪色に合わせ、金具は銀がよろしいのでは」


「うん、私もそう思っていた」


 ——ありがとうイブ!


 ほっと胸を撫で下ろし、凛々しい顔を作って口角を上げた。バーベナの演技力が羨ましい。アリシアの場合、王子として誰かと接する際は、毎度綱渡りで乗り切っている。


「かしこまりました。出来上がりまでは通常二週間ほどいただいておりますが、今回はお急ぎのことですので、二日ほどで仕上げて参ります」


「二日?! そんなに早く?!」


 イブが咳払いをし、アリシアはふたたび姿勢を正す。


「うむ、頼んだぞ」


 不思議そうな顔をした宝石商をイブが手早く部屋から追い出したあと、アリシアはやっとまともに息を吸うことができた。

 しかしプレゼントは決まったものの、やはりモヤモヤとしたものが残る。


——「バーベナ姫」に対しての贈り物じゃなく、やっぱりキリヤ個人に何か贈りたいんだよね。


 しかし男物の品物を王子が出入りの業者に頼むのは避けたい。王家の出納記録に残れば、キリヤが役目を終えた後にプレゼントを持ち出した際、彼がバーベナ姫の宝飾品を盗んだことになってしまう。

 両手を組み、部屋の中を歩き回る。どうにかキリヤに贈る品物を手にいれる手立てはないものか。


——そうだ! こっそり出ていけばいいんだ!


 幸い療養中ということになっていて、舞踏会まで全ての予定がキャンセルされている。王子が一日外へ出ていても、誰も気が付かないはず。


「イブ、明日一日ゆっくりしたいからさ、一人にしてくれない? 夕方ぐらいまでぐっすり眠りたいから、朝食も昼食もいらない」


「……かしこまりました。仰せのままに」


 大丈夫、ちゃんと戻ってくればギロチンは回避できる。夜中に出て、昼過ぎに戻ってくればいいのだ。

 アリシアは今晩の外出計画に向けて、逃走経路を思案し始めたのだった。


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