俺は理不尽が嫌いだ。だからお前らが変われ。
この世界が不条理だと感じたのは、生まれて間もなくだった。
俺は他の人の感情や感覚を何故か理解できた。
中でも親は、子供との関係が一番近い。だからこそ、両親のそれらを知って、愕然とした。俺が生まれたのは偶然で、欲しいわけでもなく勝手にできた、だから面倒だと感じていた、と。
俺が生まれて少しは俺に対する気持ちも変わったみたいだが、自分の時間が無くなったとかお金がとかを感じていると、親であろうと人間は皆つまらない生き物だとそう思ってしまった。
一人で何かをすることが多くなり、気味悪く思う両親だが、手のかからない子供で助かると楽を抱いていたようだ。
不信感、ではない。ただ俺が周囲に対して興味が無くなっただけだ。
小学一年生の時、盗んでもいない給食費、それを盗んだと周囲が騒ぎ、身に覚えのない給食費がランドセルの中に入っていた時は馬鹿馬鹿しく感じた。誰も俺の言うことを聞いてくれないクラスメイトと教師。それもそうだ。すでに俺のランドセルにはその動かぬ証拠が突っ込まれているのだ。誰がやったのかは周囲を見れば解った。
いつも俺に関わる女子が俺を庇ったが、彼女に矛先が向く前に。
どうしようもなくつまらない奴ら。三人。
その表情と態度を見れば一目瞭然だった。
「疲れるなあ」
そして、力を使った。
周囲の奴らが全員あっと驚いていたが、すべての情報を理解した時、彼らはその三人に視線を向けた。彼らもそれがバレたということに気づき、顔を青ざめさせていたがもう手遅れ。
彼らが転校するまで、そう時間はかからなかった。
性善説なんて存在しない。
お金や時間に余裕があるから優しくなれるだけ。それが無ければ、食う物も無ければ人間は獣になる。それを何度も感じとり、知ってきた。
社会性を守るために、ただ優しくあろうとしているだけ。
真に優しい世界は、この世には存在しない。
中学生。地元から離れて電車で通学していると。
「この人痴漢ですっ」
「おれじゃねえって」
電車の中で、三十代のスーツを着た男と、女子高生が騒いでいた。
お尻を触った、触ってないの言い合い。
男は触っていない。その隣の四十代の男が触ったんだ。
つまりは冤罪だ。
「どうした?」
俺は声を掛ける。
「この人、私のお尻を触ったんですっ」
勝気のある女子だった。
「だから知らねえよっ」
男が俺に訴えかける。
「そうだな……すう~、注もーくっ!」
車両全体に聞こえるように、俺は声を張り上げた。九割がたの乗客が俺を見る。
力を使い、俺が見て感じた光景と感情を伝えた。
驚く全員。
その視線は別の方へと向いていた。
「え、あ、違っ……」
四十台の男へと。
「あのさ」
「……な、なによ」
俺は女子高生に声を掛ける。
「言うことは?」
手を三十代の男に向けた。
「ご、ごめんなさい」
ふんっと鼻を鳴らすその男。だがそのわき腹をつつく。
「威張るな」
視線を向けてやると、男はたじろいで視線を逸らす。
「この男が私に痴漢したのっ」
そして大の男が数名、四十代の男を取り押さえた。
「冤罪ってこええなあ」
次の駅で降りていく彼女たち。
冤罪を掛けられた男はその車両から別へ移っていく。
冤罪だけじゃない。子供に対する悪感情、席を譲ったのに怒鳴る老人、逆に譲らない若者。
何が正しいとか正しくないとか、善悪以前にこの世界がどうでもいいくらいに可笑しい。
嫌悪や悪寒を抱くのを通り越して笑かしに来る。
電車を降り、駅を出て、そこから徒歩数分の学校へ到着する。
廊下を歩いていると、この学校では少し厄介な不良枠の生徒がこちらへ歩いてくる。
俺は道を開けて端へ寄る。
「なあお前、金貸してくんね?」
すれ違おうとして詰め寄られた。こんな人目のつく廊下のど真ん中でよくもそこまで威張れるものだと。
「お金は持ってない。定期券くらいしか」
「じゃあその定期くれよ」
俺よりも身長が高い。百八十以上ある。
この不良、少しだけ賢い。
「これ失くすと母さんに怒られるんだ。だからごめん」
「違う違う」
そして唐突に腹を殴られた。
「金だ金。謝罪じゃねえよクソが」
壁を伝って腰を落としてしまう俺。
腹の鈍痛でまともに立てない。
けれど不良生徒が俺の胸ぐらを掴んで立ち上がらせた。
「もういいや」
何度も腹と顔を殴られた。近づいてきた教師。
見てみぬふり。
仕方ない。この男は知事の息子なのだ。学校にも寄付しているらしく、その影響で息子は好き放題やっているというわけだ。
床に倒れ込む俺。
不良生徒は座って俺の髪を掴み上げてきた。
「じゃ、てめえの家族から徴収するか?」
ギラギラした目つきと、ゲラゲラ笑う品のない態度。
「……そうだな」
「あ?」
この三人の視線は俺に集まっている。
簡単なことだ。
「え?」
俺が化け物に見えているだろう。
俺がこいつらを食い殺している。噛み砕き、食い千切り、皮を剥ぎ、みじん切りにして弄んでいる。
何度も繰り返される。
何度も虐殺的な幻覚が脳を襲う。
「あああああああああああっ!!!」
三人が叫ぶ。床の上でのたうち回り、叫んでいた。
他の生徒たちが俺たちを見る。その瞬間、記憶を捏造した。
何もなかった。ここでは俺に対するいじめはなかった。恐喝も恫喝もカツアゲもなかった。
そう細工した。
けれど限界はある。
帳尻が合わないこともあるが、とりあえずは俺たちを目撃した人間は何もかも忘れる。
そうした。
三人が気絶する。
気絶は良い。
寝ているわけじゃないから夢を見ない。
けれど目を覚ました時は全てが地獄で、恐ろしい光景を目にして生きることになるだろう。
こいつらがいつ自殺するか楽しみだ。
「こんなこと、あんまりしたくないんだけどな」
間接的な人殺しだ。
これほど愉快なことはない。
俺が能力を解除しないと終わりはない。その考えや思考は下へと教えられ、世代にも伝わっていく。
「ま、いいか」
この力がどこまで通用するのか、試したい気持ちはある。
「理不尽は嫌いだ。大嫌いだ」
この学校で起こるいじめも、迷惑行為も。
若気の至りであっても、無知による行為であっても、迷惑は迷惑だ。
「俺が変わるんじゃない。お前らが変わるんだ」
結局この世界は不条理だ。
数日後。
不良三人がこの世を去った。首吊り、身投げ、カット。
死因は何でもいい。あの面倒な三人が死んだ。
全員が政治にかかわりのある人間だ。
犯人探しに躍起になるだろう。
学校にやってきた警察。けれど証拠の出しようがない。あの事を知る者はいない。異変に気付く者はいたが、現場を詳しくは知らない。転がっていた三人を連れ出したのは教師だが、彼等だって何が起こったのかも把握していないからだ。学校の監視カメラもない。どうしようもない。
結局は自殺として片付けられた。
騒然としたのはほんの一か月ほど。それ以降は徐々にほとぼりが冷めていった。
ある日、学校に通っていると、学校の前に黒のセダンが止まっていた。明らかにヤバいことは解った。前面スモークガラスだったが、視線は感じていた。
「あの教師だろうな」
俺たちを見てみぬふりをした教師がいた。
消し忘れた、ではない。
敢えてそうした。
通り過ぎてから、後ろで車のドアが開く音。
「狩野竜助だな」
俺は振り返る。
「そうですけど、何か御用ですか?」
と、落ち着いて答えていた。
「この学校の生徒が自殺した件について、伺いたいことがある」
そして全員が車から降りて来た。
いかつい顔と雰囲気。明らかに一般人ではない。
「知事の命令ですか? 里山組の皆さん」
「……連れていけ」
いつの間にか背後に回られていた。
スタンガンを使われ、気絶した。
水を掛けられて目を覚ます。薄暗い部屋にいた。両手両足を椅子に縛り付けられて、俺の前には大勢の男たちがいた。
「こんなガキに息子が追い込まれたというのか」
この街の知事がいた。そして先ほど俺の前に現れた里山組の構成員も。
「ええ、ですが不審な点が多いのです」
そして資料を知事に渡した。
「もしかして、能力者か」
「おそらくは」
「ははっ、それはいい」
知事が笑う。
「どのような能力だ」
「解りませんが、関係した人間がみな、操られるようにして態度が一変しておられます」
「操作系だね」
「佐藤」
サングラスをかけた女が入り口をくぐってやってきた。
「他人を操る能力だ。かなり厄介だよ」
噛んでいたガムを膨らませる佐藤という女。
「もしくは、すでに此処に居る奴らの誰かが操られているかもね」
その場にいる全員が顔を見合わせた。疑心暗鬼。
「そいつを見たらダメだ。おそらくそれがトリガーだ」
そして視線を一斉に逸らす面々。
「何で、って顔しているね。普通に映像見れば解るでしょ?」
人間は騙せても機械までは騙せない。
リアルタイムでない録画の映像では、俺の能力も通用しない。
生の映像、直接的な繋がりが必要なのだ。
「こいつは危険です。今すぐに殺すべきです」
腰に手を添える里山組の部下。
「いや、こいつは使えるだろ」
知事は笑っていた。
「家族や友人がどうなってもいいのかな?」
ニヤリと笑う知事。
「どうでもいい」
「そうだろうそうだろうっ。逆らえばお前の全てを殺し……なんだと?」
「どうでもいいって言ったんだ」
俺の様子に、知事は少々焦りを見せる。そして視線を遮る。
「何を訳の分からないことを」
「俺の親はキチガイだ。俺を育てることに億劫さを感じ、俺が一人でできると知ると育児を放棄したクソだ。俺も自分がおかしいことくらい知っている。力を持っているからな。友人もこの方一人もいなかったよ」
「じゃあ、この娘もいいの?」
佐藤が写真を見せてくる。
何かと俺に絡んでくる幼馴染だ。
「……ああ、構わない。どうでもいい」
「あらほんと?」
佐藤が俺を見る。
「随分と心拍数が上がっているのは何故? さっきの余裕そうな空気が変わっているわね?」
「ほお?」
知事が顔色を変えた。
「ならその女を」
「殺せ」
最初に俺を攫った里山組の連中が拳銃を抜いた。
先に周囲の里山組の連中を殺した。発砲音が炸裂して、何人も倒れていく。ようやく対処する残りの里山組も、しかし死んだ。
その四人は、女によって一発ずつ頭に撃ち込まれて死ぬ。
「あら、やっぱりすでに操られていたのね」
銃口をフッと吹いて。
「本人の自覚なしに深層心理に働きかけられていたのかしら?」
「……なら私は」
「もうすでに彼の手の内かもね」
「なっ……」
「佐藤、知事を殺して自害しろ」
そう命令した。
だが佐藤は動かない。
「私、目が見えないの」
そう言って、彼女はサングラスを外した。横一線に傷跡が引かれている。
「私はもともと、音や肌の感覚で周囲を知れる能力者なの。一般的なエコーロケーション等とは訳が違うわよ」
ニヤリと笑う佐藤。
サングラスをかけ直す。
「あら、より心拍数が上がったわね。汗もかいている。かなり緊張しているようね。それとも恐怖かしら」
心臓が五月蠅かった。
「……知事、自害し――」
「はい、残念」
知事を瞬時に縛り上げ、口にハンカチをかませる佐藤。
「ねえ知事、どうする? こんなにも危険な子供、放置するにはリスクが高すぎないかしら?」
唸る知事。すでに彼の意識は遠く、残酷な幻影を見ていることだ。
「あら、残念」
そして俺を見る佐藤。
「あなたってホント怖い人ねえ。ここで殺しておいた方が賢明ね」
最悪だ。
拳銃を拾いあげる佐藤。その銃口が俺に向けられる。
「カテゴリーSね。あなたほどの能力者。恐ろしくて管理もできやしないわ。ここで死んで頂戴」
引き金が引かれる。
発砲音。
「……あら?」
発車された弾丸は、俺の横をズレて飛んでいったらしい。
「おかしいわね」
立て続けに引く。だが俺には当たりもしない。
「……あなた」
「俺を見なければ大丈夫――そんな生易しい考えじゃダメだな」
佐藤が俺の拘束を解いていく。その表情は混乱と動揺が走っていた。
「脳そのものだ。俺と言う存在を認知し、認識していれば条件は揃うんだよ」
そして佐藤に拳銃を持たせて。
「佐藤、ここで自害してくれ」
発砲音。
一人の能力者が死んだ。
「はあ…………」
正直危なかった。
思考を加速させて、あらゆる可能性を示唆し、そして見つけ出した答え。
認知。
俺の能力は視覚だけで成り立つ能力ではないということ。
「気づいていなかったら、今頃俺は……」
床に転がる死体を見て、俺は身体を震わせた。
広がる死の光景。けれどそこまで気持ちの悪いものでは無かった。
「なんだろう……落ち着くな」
部屋を出て、靴を脱ぐ。
完全には情報を消せないが、知事がいる。里山組の一人を、死んだふりをさせて生かしている。俺がこの廃工場から出ると目を覚ますようにしてある。そして逃げる。
適当に誤魔化せるとは思えないが、まあ大丈夫だろう。
「馬鹿な知事で良かった」
靴を海に捨てる。
知事の財布から抜き取ったお金で帰りに新しい靴を買った。服に返り血が浴びなくてよかった。
スマホはない。どこかに捨てられたのだろう。
家に帰ったのは夕方だ。
母親から何かしらの反応はない。
自室に戻り、予備のスマホを取り出す。失くしたスマホをそれで見つけた。後で行こう。
「…………」
まさか俺があの幼馴染に感情を抱いていたとは。
廃工場で焦りを覚えた時、素直に驚いていた。
「……守ってやらないとなあ」
学校が違うから今すぐには会えないが、休みに会いに行ってみよう。
どうなるか少し楽しみだ。
そして翌日、昨日のことは事件になった。
今のところ、俺の元に警察は来ていない。来たところで操作して丁重に帰ってもらうだけだがな。
「知事にはまともになってもらわないと」
そしてその事件をきっかけに、街のために政策を行う知事が有名になった。今では支持率がうなぎのぼりだ。やはりこの力は良い。
「悪用厳禁、ってな」
休日。
「あれ、竜くんだ。どうしたの?」
玄関を開けて出てくる美柑。
驚き、首を傾げて俺を見ている。
「いや、少し顔を見せようかなって」
その言葉を聞いて、美柑の顔がパアッと明るくなった。
家から徒歩数分の距離。
ご近所さんだ。
「珍しいねっ、竜くんから声を掛けてくるなんてっ」
「久しぶりに会ったのに何だよその言い方」
「うんうん、嬉しいんだっ」
そして俺の手を取る美柑。
「何する? ゲーム? 勉強?」
「勉強ってお前、休みなのに勉強なんてしてんのかよ」
「だって高校受験あるし、先々のことは今から考えておかないとっ」
真剣な面持ちだった。
「そうだな」
「それにこの街もなんかよくなっていく予感だねっ」
おそらく知事の事だろう。少子高齢化に対する政策、税金、補償制度、この街を良くしていこうとする知事。
うまくいって何よりだ。
「ああ、少しは住みやすくなるんじゃないか」
「学校でもこの話が持ちきりだよっ」
「今の学生はそんなことも考えるのか」
「何言ってるのっ、竜くんだってまだ学生でしょっ?」
二階の自室に連れていかれた。
「待っててね。飲み物持ってくるからっ」
そして部屋を出ていく。
久しぶりの美柑の部屋。だいぶ様変わりして女の子らしい部屋になっていた。
「そりゃあな。色々な奴の考えが俺の中にあるんだ。老害だって言われてる世代も、そんなに悪くないしな」
考えている奴は考えている。
そう言うことだ。
「お茶しかなかったけどごめんね。コーラ準備できなかった」
少し落ち込む美柑。
「良いよ。今度来るときオレンジジュース買って来てやる」
「えっ、また来てくれるのっ」
パッと表情が変わる。
「ああ」
「嬉しいっ」
ニコリと笑ってくれた。
「……ああ、俺もだ」
ニコリと笑った。
だから俺は、こいつのことが大切だったのかもしれない。
「何かあれば守ってやるよ」
そう言って頭を撫でる。
顔を赤くしていた。
「ななな、何から守ってくれるのかなっ!?」
俺から距離を取る美柑。
「冗談だ」
「冗談でもやっていいことと悪いことがあるんだよっ!」
「頭撫でたことも、今言ったこともか?」
「……違うもん」
ぷくっと頬を膨らませた。
可愛い奴だ。
「ありがとう」
「……何が?」
「お前が幼馴染で良かったってことだ」
「意地悪を言う竜くんなんてきらいっ」
「それは残念。俺は美柑の事好きなんだけどな」
「えっ」
「友達として」
「むうっ!」
ふんっとそっぽを向く美柑。
こんな平和の時間を過ごせるように、俺は鬼にだってなってやろう。
そう誓った。
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【集】我が家の隣には神様が居る
こちらから短編集に飛ぶことができます。
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