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09 第三皇子殿下を間近で見る

 キャシュレット・レーダーゼノン。

 現皇帝のお孫さま。

 皇太子の第三皇子。

 そして黒姫さまの従弟。


 スガタガキエールのお陰で姿が隠せているのもあって、私は目の前のソファに座る殿下の姿を上から下までじっくり眺めた。これまで遠目に垣間見た事はあるものの、間近で拝むのは初めてなのだ。


 皇族らしく整った顔立ち。

 つくづく見てみるに、エルイングや黒姫さま程ではないにしろ、相当な美形の部類の容姿だ。

 髪の色はプラチナブロンドで、目の色も透き通るような水色。

 いかにも皇子といった印象で、優雅で上品で―――。


「ユンライ姉さま、お久しぶりです」


 硬質のよく通る声。


(て言うか、ユンライって誰だっけ―――あ、黒姫さまの本名か)


 本名は一度聞いた筈だけど、そういえばずっと黒姫さま呼びを続けていた事にようやく気付く。でも黒姫さまも自然に受け入れていたし、まぁいいかと流す事にする。


「キャシュレット、久しいな」

「はい。学年が違うとはいえ、同じ学院に居るのに会えないのは淋しいですね」

「どうせ東舎と西舎で分れとるだろ」

「それはそうですが」

「学院から直で来たのか?」

「いえ、皇宮の私の宮で昼休憩をとって寛いでいましたよ。身だしなみを整えてから参りました」


 相手がお従姉であるせいも手伝ってか、学院で見るよりも少し柔らかい印象だし、黒姫さまの隣にスガタガキエールを着た私が居る事も知らず、実に無警戒の様子。魔道具の効果は確かに発動しているようだ。アッカンベーしてみようかなとちょっと思ったけど怖すぎて無理だった。


「早速だが本題に入ろう、キャシュレットよ。そなた、キサラシェラ男爵家の令嬢を知っておるか?」


 黒姫さまがそう訊くと、皇子殿下は最初、表情にハテナマークを浮かべていた。そうして、やや目を泳がせた後、「ああ…」と小さく呟く。


「知っています。キサラシェラ男爵令嬢セーラルルー=イニシアズ。祖父の代までは平民で、イニシアズ商会を成功させて財を成し、帝国に大金を上納してキサラシェラの領地と男爵位を得たイニシアズ家の嫡女ですね。今年、皇立学院に入学しており、女子寮に住んでいる」


 なんとも不可思議な光景だ。

 遠くから眺めた事がある程度の雲上人が、

 寮のルームメイトが黄色い声を上げて騒ぐアイドル的存在が、

 自分には縁もゆかりも無いと思っていた存在が、

 自分の事を話している。


「その男爵令嬢がどうかしたのですか? 姉さまの口から出てくる名としてはずいぶんと思いがけないような」

「うん。最近たまたま縁を結んだのだ」

「そうでしたか」

「そのセーラに相談があると言われて乗ってみたらば、だ。そなたの妹分がセーラの婚約者の恋人に収まっておるではないか」

「…いやはや、これは困りましたね」

「やはり把握していたようだの」

「男爵令嬢に対してはそれなりに罪悪感を持っています」

「とりあえず説明してみよ」

「どこから話せば良いのやら」

「最初から最後まで順番に話せ。四月からずずいっとこれまでの事をな」


 皇子殿下は静かに語り出した。


「私がキサラシェラ男爵令嬢の婚約者であるエルイング・カシスタンドを知ったのは、入学してすぐの四月の初め頃でした。

 側近の一人が

『私のクラスになかなかの美形がおります』

 と報告しましてね。

 見てみると確かに神に愛されたような容姿でなかなか見栄えが良い。ただ、残念ながら身分は伯爵家の次男に過ぎません。私の側近は侯爵家以上しか認めるつもりはなかったので少しばかり考えましたが、これほどの美形ならば少々の瑕は寛大な心で許そうと思った次第です。

 が、エルイングに断られました。

『自分は外見と違って至って地味でつまらない人間です。殿下の側近なんて立場は身に余ります』

 と。

 派手な見かけによらず、なかなか奥ゆかしい男ではないかと私なりに感心しましてね。ますます側近にしたくなり、しばらく行動を共にせよと命じたのですが……」


 皇子殿下は不快そうに目を細める。


「逃げるんです」

「逃げるとな」


「授業が終わった後、学院にある私のサロン―――皇室御用達のフリールームに集まるようにと言い含めても、なんやかやと言い訳をして滅多に顔を出さない。彼は上層部と懇意になろうという上昇志向がないようで、放課後はやたらと図書室に行きたがる。ようやく来たかと思えば、義務は果たしたとばかりさっさと居なくなる。

 居たとしても聞き応えのある話題を提供するでなく、ただ棒きれのように立っているだけ。緊張しているのかと気遣って話しかけてやっても、つまらなそうに相づちを打つだけ。

 いやはや、顔が派手すぎて気付くのに時間がかかりましたが、中身は至って地味でした。側近への勧誘を断ったのは奥ゆかしさからなどではなく、本人なりに正味で無理だと自覚していただけだったのです。あと、オタクでした。

 真面目な話、オタクだと気付かなかったら私は不敬罪で罰を与えていたかもしれません。しかし私はオタクをけして見下したりはしない。ああいった者達が世の中を変えてゆくのですから。単に私とは気が合わないだけです。

 だから私は寛大な心で許すと共に、彼を側近にとの勧誘も諦めたというわけです。あれは四月の終わり頃でしたか。お互いの為にもと円満に暇を出した直後。

――ユーリィがあの男を好きになったと言ってきたんです。そして力になって欲しいと」


 あれ?


 私は小首を捻った。


 いやいや、ちょっと待って、どういう事?

 話が違ってない?


『ユーリィはその辺りを弁えているから、

 キャシュレットや皇太子妃の厚意を過信して甘えたりしない。

 むしろ立場を理解して己を律しておる』


(黒姫さま、割とドヤ顔気味にこんな事言ってませんでしたっけ)


 私は思わずブンッと首を回して黒姫さまを見やった。

 黒姫さまも(あれ? おっかしいのう)って顔してた。


 すると皇子殿下は、まるで私達の疑問に答えるかのように言う。


「ユーリィは弁えた娘です。私の妹分という立場を利用して自身に都合良く便宜を図る質ではない。そんなユーリィが私の権力を求めたのですよ」


 皇子殿下はフゥッと息を漏らし、


「一生の恋だと。

 絶対あの方と結婚したいと。

 殿下の力を使ってでも婚約させて欲しいと」


 やれやれとばかりに首を左右に振る。


「私はエルイングを側近にしようと考えた時点で彼の身辺を調査していましたので、彼に婚約者がいる事も把握していました。だから最初はユーリィを止めたんです。お前らしくないと叱ったし、当然、婚約者がいる事も伝えて諭しました。だけど諦められないと言う。あの弁えた子がそうまで言うのです。兄貴分を自負している身として、力になってやりたくなった」


 皇子殿下はフッと笑う。


「まぁでもさすがに権力ずくで無理に婚約破棄させてどうこう…なんて事は出来ません。独裁帝国ワガママ皇子などという汚名は願い下げですし」

「賢明だな」

「でも、時間を掛ければユーリィが奪い取れると思ったんですよねぇ」


 皇子殿下は「解せぬ」と言った顔つきで顎に親指を当てている。

 黒姫さまに「何故だ?」と問われ、殿下は再びフッと笑った。


「すでにご存じでしょうが、あの男爵令嬢。スタイルはまぁまぁだと思いますがね、残念ながら顔面の造りは―――」


 何を言うか察知したのだろう、黒姫さまがハッとする。


「……おい」


 だけど皇子殿下は止まらない。


「姉さま、ここだけの話です。私も女性の顔面についてあれこれ言うのは品の無い事だと心得ております。しかしこの場にいるのは私と姉さまの二人のみではないですか。何事も直裁に申さねば伝わらぬ事もあるゆえ、この場ではお許し頂きたい。そう、あの男爵令嬢は―――実に平凡かつ地味な顔立ちです」

「おい、おい。おーい」


 黒姫さまは焦ったように皇子殿下に呼びかけをしつつ、気遣うように私のいる辺りの透明な空間をチラチラ見ている。だけど私の姿なんか見えていない皇子殿下は、当然の事ながら一切おかまいなしだった。

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