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08 燃費の悪すぎる魔道具

 ダイナは私の様子に気づく事もなく、


「でもさ、なんでいきなり皇子殿下に直談判? って思わない?」


 なにやら鼻息が荒い。


「…春先、モテモテ君は皇子殿下の側近候補だったみたいな噂聞いたけど? それで面識があるから頼ったんじゃない?」

「あ、うん。それはそうなんだけど、私が言いたいのはそこじゃなくて!」

「と言うと?」

「モテモテ君は学生課に相談するんでもなく、なんでかいきなり第三皇子殿下に嘆願。意味不明よね? みんな思ったそうなのよ。あの殿下が子爵令嬢なんかの為に重い腰上げるわけないのにってさ。だけど殿下はモテモテ君の話を聞くなり顔を青ざめさせて、ただちに対策を取れって学院側に命令したの。みんなびっくり仰天よ。皇子殿下は下位貴族を空気扱いって、アレは誤解だったんだなぁって私、ちょっと反省」

「そっちかあ」


 いや、誤解じゃなくて、ユーリィ・マフリクス様は例外なんだってさ。―――と言いたいけど、言っちゃ駄目なんだろうな。


 それはともかく。


 マフリクス様がイジメの件を皇子殿下に陳情せず、エルイングが動くまで堪えていたという事は。―――黒姫さまが言ってた『ユーリィは弁えた娘』『後ろ盾の厚意を過信して甘えたりしない』というのも本当だったんだなと噛み締める。

 だけどマフリクス様は皇子殿下との関係をエルイングにだけは話してたって事かな。そもそも殿下繋がりでマフリクス様と知り合ったのかもではあるけど。て言うか、今思えばそれ以外思いつかないわね。いやまぁ、だからどうだって話なんだけどさ。恋人同士なんだし、秘密の共有くらいあったっておかしくないしね。


 ごちゃごちゃ考えてる合間にもダイナの話は続いていた。


「イジメの捜査の為に公人魔術師とか隠密とか魔道具とかが大量投入されたらしいよ。ほら、学院って結界張られているじゃない? あれも調査の為に一旦外されたとか。そのせいでかなりの経費がかかったとかナントカ」


 学院祭の真っ最中に大変だなと思ったけれど、むしろお祭りの真っ最中だからこそのドサクサで捜査がし易かったんだって―――とダイナが言う。なんでそんなに詳しいんだ。


「そりゃあ魔術科情報よ。実は魔術科の一部生徒にイジメの疑いがかかったみたいでさあ。何人かが捜査協力させられたらしいわ。なんせ、マフリクス様が転んだ時、高確率で魔力反応があったとかないとか」

「おお、なんだかミステリーの予感?」

「……と言ってもめちゃくちゃうっすーーーい魔力反応らしいんだけどね。あるかなきかってくらいの」


 そのあまりに幽かな魔力は、マフリクス様が廊下や階段で転んだ時にのみ発動していたらしい。


(あれ? そういえば私、マフリクス様が蹴っつまづいたのを見た事があったわ)


 あれっていつ頃のことだっけ?


 あれは六月だっけ? 七月だっけ?

 玄関ホールでどなたかとすれ違った瞬間、その方がいきなりスッ転がって、私は吃驚して慌てて手を差し出したんだけど、よく見たらマフリクス様じゃないの。出した手を引っ込めるのも変だしなーとそのままでいたら、『ありがとう』と小さくお礼を言って、私の手を取って素直に引っ張り上げられてくれた。去って行く時もペコリと頭を下げてくれて、感じのいい方だなと思ったんだよな。


(あれ? そういえば―――)


 エルイングが私を睨むようになった時期ってあの辺?


 図書室デート中止宣言して、マフリクス様をおおっぴらに傍らに侍らせ始めたエルイングは、最初の頃は私に対して申し訳なさそうな顔をしていたのに、いつしか睨まれるようになったけど、あれって。


 ひょっとしてマフリクス様が私の傍で転んだ時、エルイングは遠くから見ていたのかも?

 そしてエルイングはマフリクス様を転ばしたのはこの私だと思い込んだのかも?


 まさかと思いつつもなんだか嫌な予感がした。



 その時だ。



 ベッドの枕の下に置いてたスマーフォからコール音が鳴り出す。

 慌てて取り出し、呼び出しランプに応じると、


『セーラよ。今すぐ従者を差し向けるゆえ、ただちにこちらに赴くように』


 黒姫さまの声が聞こえる。


「え、今の何? それ、スマーフォ?」


 驚いたダイナが声を上げたのとほぼ同時に扉が叩かれる。


「セーラルルー嬢。ロンドグラム公爵の使いが玄関ロビーにいらしてます」


 管理人さんの声だった。











 つい先ほど、スマーフォで呼ばれた私は、『例の秘密ミッションね!』と目を輝かせるダイナに見送られながら、大慌てで四日ぶりにロンドグラム公爵邸へ来た。数日ぶりの黒姫さまは相変わらず美しい。

 だけど、仰る事はなかなかにヘビーだった。


「しばらくしたら、ここにキャシュレットが来る」

「ぶっふぉ」


 出されていたお茶を盛大に床に吹き出してしまったではないか。ものすごくお高そうな絨毯の上に。慌てて周囲を見回したけど、雑巾らしき物はない。こうなったらと自らのスカートを掴んで床を拭こうとしたら、


「アホな真似はせんでよい、捨ておけ。ほっとけば勝手に乾くだろ。それよりも、だ」


 黒姫さまは私に向き直る。


 お話によると、私に呼び出しをかける前に、先に皇子殿下に連絡を入れており、『話があるゆえ近々会いに来い。可能な日程を報告せよ』と言ったところ、『一時間後くらいならそちらに伺えますよ』との連絡が来た為、丁度良いとばかりに急遽私を呼び出したとの事。


「そなたの件、キャシュレットと一度話してみるべきだと思ったのだ。そなた同席でな」

「ななななんでですか?」

「そなたの婚約者とユーリィの仲だが。恐らくキャシュレットが一枚噛んでおる。―――と、先ほど急に思いついてな」

「そ、そうなんですか?」

「多分」

「た、多分て。確実にではなく?」

「多分恐らくきっと。ほぼ間違いなかろうて」

「根拠は」


 問うと、黒姫さまはふむと肯いて、閉じた扇子を突き出してきた。


「そもそもだ。キャシュレットが可愛がっている妹分の恋人の身辺を洗わぬ筈がなかったのだ」


 黒姫さまもユーリィ・マフリクス様イジメ事件とその解決についての噂をつい先ほど知ったのだと言う。イジメの件を知った途端に即動いた皇子殿下。その皇子殿下がマフリクス様に男が出来たというのに無反応なわけはなかった―――と、ようやく思い至ったのだと。


「キャシュレットはエルイングとやらが婚約者持ちで、その婚約者が学院に在籍しているそなただという事まで知っているだろうよ。にも関わらず、ユーリィを窘めるでもなく、エルイングとやらとそなたとを婚約破棄させるでもなく放置しておるのだぞ? 何か思惑があるに決まっておるわ」


 言われてみればその通りなのかも?


「黒姫さま、ご聡明でいらっしゃる…」

「ただな。残念ながらそれ以降の事は皆目見当がつかぬのだ。とりあえず当事者であろうキャシュレットに直接訊くが早いと思った次第だ。下手したらあやつが黒幕の可能性もあるであろ?」

「なるほど―――とは思うものの、無理かなって」

「なんでだ」


 黒姫さまは不思議そうなお顔をしているが、いや、本当に無理かなって。

 なんかもう、皇子殿下を間近に見て、うっかり眼が合ったりなんかしたら、無意識かつ無言で土下座しちゃいそうな気がするからね、仕方ないね。


「正直、黒姫さま一人でもわりかし緊張してるのに皇子殿下まで出たら心臓持ちません」

「そんな、化け物でもあるまいし」

「黒姫さまは私を助けて下さろうとしてる方なので、その眩しすぎる美貌とかもなんとか直視出来てるんです。でも下位貴族は空気な皇子殿下は精神的にキツイです。皇子殿下の前でまともに呼吸出来る自信がありません。窒息死する自信ならあります」


 力説する。


「うーむ、困ったな。いやまぁ、そなたが必ずしも同席する必要はないちゃあ無いんだが、ほれ、アレだ」

「アレとは」

「私がキャシュレットから訊き出した事柄をだな。そなたにいちから説明するのがメンドイ」

「ああ、判ります」

「魔道具でも使うか。確か会話や映像を記録したり再生したり出来る物―――ビッデオカメロンだったか? あれがあった筈… いや、無い。そういえばこの前、落っことして壊してしまったな」


 うーむと悩んでいた黒姫さまは、しばらくしていい事思いついたという風に手の平を扇子でポンとひと叩きした。


「そうだ、皇宮の魔道具倉庫から借りっぱなしのスガタガキエールを使おう」

「なんですかそれ」

「着衣型の魔道具だ。これを着るとそこに居ながらにして存在を消せる。ついでに認識阻害効果もあるのだ。これを着ればキャシュレットのやつの目の前でアッカンベーをしようがクソ皇子と悪口言おうが気付かん。ペアリング効果を使って私と同期しておけば、そなたが喋っても、聞こえるのは私だけという大変便利な道具だ」

「そ、そんなピンポイントに都合のいい魔道具、あるんですね」

「意外とあるぞ。そもそも魔道具職人なんてものは大抵重症レベルのオタクなのだ。実利目当てで汎用性の高い道具も作るが、趣味でいくらでも尖った性能の物を作るのだ」

「……でも、そのスガタガキエールって、スパイ活動に大活躍じゃないですか?」

「活躍はするだろうが、燃費が悪すぎて実用的ではない」

「……そのスガタガキエールの魔力消費量はおいくら万リエンで?」

「フッ。聞いて驚くが良い。一時間の使用で三億リエン分ほどの魔力が消費される」

「一時間で三億リエン分て―――」


 私は思わず白目になった。


「そ、そんな燃費のきっつい魔道具、私なんかが使って良いんでしょうか」

「気にするな。確か買い置きの魔預缶が残っておった筈だ」


 そう言って黒姫さまは侍従に命じて魔預缶を部屋に運んでこさせる。見ると、サイズがやたらと大きい。缶の表示には"10億"の数字が見えた辺り、つまりこれは十億リエンの魔預缶? 生まれて初めて見たよ。近場の雑貨屋や食料品店にはまず間違いなく置いてないサイズだ。普通の一般家庭の魔力消費量500年分くらいじゃないの?


(そんな魔預缶を買い置き出来るって。皇族のお小遣いってそんなに多いんだ。皇女予算とかそういうのがあるんだよね、きっと)


 遠慮なく使わせて貰う事にした。

 侍従達がスガタガキエールの内蔵バッテリーと魔預缶を繋げてチャージを開始する。2~3分後にはフルチャージされたようだ。

 そうして私に渡された着衣型の魔道具―――スガタガキエールを両手で広げ、掲げてみる。正直デザインは最悪だったけど、どうせ誰にも見えないのだから気にする事はないだろう。


 それにしても黒姫さまは大変な魔道具持ちのように感じる。

 黒姫さまがというより、皇宮が魔道具持ちなのかもしれないけど。


 訊いてみると、魔道具職人がいかに尖りすぎた魔道具を作りまくるかについて力説された。

 職人達はどこの魔道具ショップでも引き取り拒否されるような謎性能の魔道具や、燃費が極悪過ぎる魔道具を作っては、自身の工房での置き場に困り果て、最終的に皇宮に買い取り依頼をしてくるのだそうだ。

 そのせいで皇宮の魔道具倉庫には大変な数の謎道具があふれかえっているのだとか。


(魔道具倉庫かぁ。一度見てみたいかも…)


 以前から探している魔道具があった。実際に欲しがっているのは私ではなくてエルイングだけど。エルイングが皇立学院の本校入学を希望したのも、帝都の魔道具ショップ廻りがしたかったからなんだよね。あと、時々魔塔が開催している魔道具のオークションへの参加とか。

 学院入学後、落ち着いたら一緒に魔道具ショップ廻りをしようって約束してた。

 けど、結局一度も行かずじまいだけどね。


(ひょっとして、魔道具ショップや魔塔のオークションよりも皇宮の魔道具倉庫の方がエルイングの求める魔道具に出会える確率高いかも?)


 ふとそんな想いが過ぎったけれど、


(いやもう私、関係なくない?)


 そう気がついて、苦笑した。


 今後の魔道具ショップ廻りはユーリィ・マフリクス様と行けばいい。私はもうお役御免。て言うか、マフリクス様経由で皇子殿下に皇宮の魔道具倉庫を見せてもらえるんじゃあ? いやでも黒姫さま曰く、マフリクス様は殿下に甘えたりしないらしいし、そう簡単にはいかないのか。


 ふと、エルイングがマフリクス様と付き合っている理由に、"皇室の魔道具倉庫"が関係していたり? なんて妄想が涌いたけど、


(だから! 私はもう関係ないんだってば!)


 いい加減しつこい自分が嫌になってきて、ギリリと歯を噛み鳴らした。

 それと同時に扉が叩かれる。


 執事さんが第三皇子殿下の訪れを告げたのだ。

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