07 秘密のミッション?
「そなたの言う"クールにドライ"と言うのは表面上の取り繕いの事なのか」
「何度も言ってるじゃないですかぁ現実問題としてアイツに対して感情が糸引くほどねちこくムカついてるのは事実なんで。そこをいかに誤魔化して、え? 婚約破棄ぃ? そーなんだぁー りょうかーい って感じでやり過ごすか。こっちのダメージゼロっぷりをいかにして演出するか。あの舞台上の黒姫様のように!―――て言うか黒姫さま、演劇部なんですよね?」
「いや、私は帰宅部だ」
「じゃあなんで舞台に?」
「演劇部の部長がクラスメイトでな。春頃から学院祭で神話劇をやりたいと言っていたんだが、原初の神話の黒姫のイメージに合う女性部員が居ないとかナントカ。へーさようであるかーと馬耳東風で聞いてたら、『それだ、それが僕のイメージの中にある原初の黒姫だぁぁぁ』などと騒ぎ出しよった。初日の黒姫役に抜擢されたが、面倒臭そうだしと最初は断っていたんだが、演技指導なし、衣装着て普段通りの調子で台詞を口にしてくれるだけでいいと言われて渋々な」
「ああ、ナイス指導」
私は顔も知らない演劇部部長に拍手を送った。
そうしてふと時刻を確かめると、寮の門限間近だ。
「―――そろそろ寮の門限なんですが」
「そうだな。そなたをこちらへ連れてきた魔術師にまた送らせよう。さて、とりあえずこの魔道具をそなたに貸しておくゆえ、手を出せ」
「なんですか?」
ぽんと渡されたのは長方形の薄い板状の魔道具だった。
「ひょっとして魔道具ショップでよく見るスマーフォですか? 確か五万リエンくらいする通信用の魔道具ですよね」
「取扱説明は側面のボタンを押すと板の表面に表示される。私に直通ゆえ、何か用があればこれで私を呼び出すが良い」
「あ、ありがとうございます」
と言いつつ、正直使う気はなかった。スマーフォの本体価格五万リエンは勿論安くはないのだが、通信を実行するに当たっての消費魔力量が高コストだと聞いた事があるのだ。
魔道具は魔術師が使うスクロールなどとは違い、魔力のない一般人でも使える画期的なアイテムだ。だけど作動させる為には内蔵されているバッテリーに魔力をチャージしなくてはならない。魔力持ちならば自身の魔力でチャージ可能だけど、なんの魔力もない一般人は、魔力の詰められた魔預缶を使ってのチャージになるのだ。魔預缶は魔塔が製造して販売しているけど、その辺の雑貨屋や食料品店でも普通に買えるポピュラー商品。だけど価格は―――サイズに依るものの、大して安くない。
(一通信につき消費魔力が一万リエン分くらいかかるらしいじゃん。それに、お借りした道具はフルチャージに戻してからお返しするのが礼儀だろうし。そうしたらおいくら万リエンの魔預缶が必要? でも未使用のまま返すなら……)
などとセコい事を考えていると、黒姫さまが言う。
「安心しろ。バッテリーが空になってから返す事を命ずる」
「黒姫さまぁ」
感動の涙を流しつつ、私は来た時同様、魔術師による移動魔術で無事帰寮した。
帰寮した後、『セーラが生きて戻ったぁ!』とダイナにもみくちゃにされる。
一通り騒ぎ倒した後、興味津々で訊かれた。
「で、生のロンドグラム公爵さまはどんな方だった?」
「どうって」
「ロンドグラム公爵さまって第三皇子殿下の叔父さまに当たられる方だし、すごい美形だし」
「よ、よく知ってるね。私、知らないからドギマギしたんだから」
「えへへ。私、その辺、ちょっと詳しいのよ」
フフッと鼻高々気味に言う。ひょっとしてダイナは皇子殿下のファンというより皇族ファンなのかもしれない。
だったら黒姫さま―――皇女殿下が私の後ろ盾になって下さったなんて話したら、めっちゃ羨ましがるかな…と、ちょっと思った。けどまぁ内緒にしておくべきだよね?
そんな事を考えつつ、話しても良さそうな事は話そうかなと。
「実際に行ってみたら公爵さまご本人からの呼び出しじゃなかったんだよね」
「ありゃ、そうなの? 残念だったね」
(残念か。確かにそうかも。だって黒姫さまのお父様だもんね。そりゃあ美形に違いないよね。今となってはちょっとお顔を拝見してみたかったような…)
少し興味が湧いて、どんな方なのかと訊いてみる。
するとダイナは待ってましたとばかりに説明してくれた。
「髪は黒髪。現皇族は金髪の方が多いからちょっと珍しい。瞳の色は第三皇子殿下と同じ爽やかな水色よ。かなりの長身の美丈夫でけっこうな武闘派だけど、魔力量も凄いって噂。去年の皇室パレードの時の公爵さまの写像、見てみる?」
ダイナは人差し指をくるくる回して詠唱する。すると指先に四角形の光の枠が出現し、その中に男性の姿が現れた。こういう時、魔力持ちっていいなーと思う。黒姫さまは魔道具のデジカメロンでエルイングの写像を見たと仰ってたけど、魔術師は指くるくるして詠唱でOKだもんね。とはいっても、ダイナの魔術の精度の限界なのか、解像度は少々粗い。それでも目鼻立ちの確認くらいは出来る。確かに先ほどの説明通りの美形が映っている。肉食獣を思わせるような野性味の中に優雅さも有り、美しい。
そういえば黒姫さまは私と好みが同じでワイルド系が好きって言ってたよね。
ひょっとして黒姫さま、ファザコンでいらっしゃる?
などと考えていて、ふと、私は違和感を覚えた。
「ずいぶんお若い印象……なんだけど」
黒姫さまは私より一学年上だから、16歳か17歳の筈だ。しかし写像の公爵さまはそんな大きな娘さんが居るお歳にはとても見えない。
「公爵さまっておいくつなんだっけ」
訊くと、
「お兄様の皇太子殿下より一回りくらい下の筈だから、多分、20代後半ってとこじゃない?」
うーん?
29歳だとして、すると黒姫さま、公爵さまが12歳の時の子になっちゃいますが?
んなアホな。
いやいや、絶対ないとは言えないけどさ。
けどさぁっ。
12歳て。
そういえばエルイングが12歳の頃はまだまだ女顔で背も低くて、ギリギリ女の子に間違われる事もまだあった頃だよ。―――まぁでも成長度合いは人に寄るし、12歳でもすでに大人っぽい子供はいるけども。けども。でもさぁ。
考え込んでいると、
「そんな事より公爵邸での御用はなんだったのよ?」
ダイナが興味津々だ。
「わざわざ公爵さまの名前であなたが呼ばれた理由。つか、そもそも本当は誰に呼ばれたのよ」
「ああ、うん。それね」
黒姫さまと打ち合わせしとくべきだったあ―――けど、特に指示もされなかったし、隠すような事じゃないのかも? レヴェルターブ侯爵家の件を漏らしたとしても"額にチョップ"だし、話してもいいんだろうか。悩んだけれど、そういえばエルイングの事からしてダイナには秘密にしているわけだし、秘密に秘密を重ねたところで今更だしって事で煙に巻くことにした。
「実は」
私はフッとニヒルに笑った。
「秘密のミッション?―――的な」
「はぁ?」
ダイナはぽかんとした後、
「かっ… かっこヨ!」
目をキラキラさせ始めた。
「す、すごい。なんで一般科のセーラが秘密ミッションを!?」
大喜びである。
(くっくっくっ、単純な奴め)
私は内心で拳を握る。実はダイナは秘密のミッションとか秘密の組織とか秘密の会合とか秘密のナントカとか、とにかくそういう系統に弱いのだ。
「ダイナ。あんたは魔術科なんだし、ゆくゆくは公人か私人魔術師になるんでしょ? あんたもきっと将来的には秘密のミッションを請け負う事もあるかもザマスよ」
「もっちろん、いつかはって思ってるけど!」
ホントに大喜びである。
うまい事誤魔化せた上にいい事したなと私は胸を撫で下ろしたのであった。
そうして二日ほどが何事もなく経過した。その間、黒姫さまにわざわざ話すべきような出来事もなかったし、お借りしたスマーフォの存在が私の精神安定剤の役目をも果たしてくれた為、それだけで満足してしまって、心穏やかな日々を送れていた。
黒姫さまのような高位の方が私の後ろ盾になってくれてる。
いつでも相談に乗ってもらえる。
そう思うだけで、今この場でエルイングに婚約破棄されても、へーほーふーんとばかり、クールでドライを決められそうな、そんな気がしたのだ。
そして気がつくと学院祭の日程も折り返しに近い。
そんな頃、実はちょっとした事件が起きていた―――らしい。
らしい―――と言うのは、内々に処理されたからだ。
一応は箝口令が敷かれたものの、人の口に戸は立てられない。
その"ちょっとした事件"が起きたらしい日の翌々日、私が久しぶりに一人で学院祭廻りをした後。昼休憩のつもりで帰寮した所、すでに戻っていたダイナが、大ニュース!―――とばかりに目を煌めかせながら教えてくれた。
「ねぇね、なんかね。知らない間に第三皇子殿下が活躍してたんだって!」
今日のダイナは魔術科のクラスメート達と学院祭を楽しんでいたのだが、その際に新しい噂話を仕込んできたというわけだ。
「ほら、少し前にユーリィ・マフリクス様がやっかみ女子達に嫌がらせされてるって言ったでしょ?」
「言ってたね」
「あれ、ホントだったらしいの。マフリクス様を集団で囲んで嫌味とか、教科書に落書きとか、そういう低レベルの嫌がらせがほとんどだけど、中には悪質な物もあったらしいわ。廊下や階段でわざと足引っかけて転ばしたり」
「階段で? こわ」
「幸い今までたいした事にもならなくて、怪我ひとつしてないのもあって、マフリクス様、黙って一人で堪えてたらしいんだけど、そこをなんと、あのモテモテ君が!」
ドキッとする。
「堪えきれずに皇子殿下に直談判して、マフリクス様の為に対処して欲しいって嘆願したんだって。しかもかなり熱心に。モテモテ君、意外にマフリクス様を大事にしてるのね。カモフラ説とか本命説はガセだったのかな」
マフリクスサマ ノ タメ ニ
カナリ ネッシン ニ
目がチカチカしたけど、無表情を維持する。
黒姫さまの姿を思い浮かべ、自分の表情筋に喝を入れて。