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06 でっかい印籠GETだぜ

 カモフラ疑惑がある点は置いといて。

 エルイングの彼女だと目されるユーリィ・マフリクス様が第三皇子殿下の妹分?


 私は呆然としてしまった。


「知らなかったか?」


 黒姫さまがじっと私の目を見つめてくる。


「えっと、はい。知りませんでした。マフリクス様って子爵家のご令嬢ですよね? どうして第三皇子殿下と」


 第三皇子殿下は気位の高い方で、侯爵家より下位の貴族は視界に入ってないらしい―――とダイナが常々言っている。よほど突出した見所のある者ならば特別枠で視界の隅に入れなくも無いらしいけど、それでも許容するのは最低限伯爵家まで。伯爵家令息のエルイングは入学してすぐ皇子殿下に側近にと勧誘されてたけど、今思うとかなり破格の勧誘だったのだ。子爵や男爵のような下位貴族だとほぼ完全に空気扱い。女性を見る目は更に厳しいとも言っていたような。

 ダイナ曰く、『そこがイイんじゃな~い』との事だが。


 それらの事を踏まえて考えるに、マフリクス様は子爵家令嬢。

 第三皇子殿下が相手にするには些か身分が低めではないだろうか。

 容姿は平均以上に充分可愛らしいと思うけど、あくまで一般レベルだし。

 それなのにマフリクス様が殿下の妹分?

 なんで?


 だが黒姫さまは言う。


 マフリクス様の母上は若い頃、侯爵家令嬢の侍女を務めていたのだとか。その侯爵令嬢は皇太子殿下と結婚して皇宮に上がったのだという。その際、侯爵令嬢がわざわざ実家から連れて行った唯一の侍女がマフリクス様の母上だったとか。

 マフリクス様の母上はマフリクス子爵家の嫡男との結婚後に侍女を辞したけれど、その後も度々皇宮へ招かれ、皇太子妃殿下の話し相手を務めたという。皇太子妃殿下は信頼する侍女の娘であるマフリクス様の代母にもなっており、その縁でマフリクス様は幼少時から皇后宮へ遊びに来ていて、自然な流れで他の皇族とも顔見知りとなっており、同い年の第三皇子殿下とは兄妹同然なのだという。


「キャシュレットはいわゆるクソ皇族でな。基本、会話可能対象は侯爵位までで、それ以下の身分は空気扱いなんだが」


(わあ、噂通りなんだあ…)


「唯一、ユーリィだけは奴の例外なのだ」


 第三皇子殿下曰く、


 ユーリィは私の妹も同然の者だ。

 ユーリィに限り、どんな身分だろうが気にする気は一切無い。

 私の価値観の例外に在るのがユーリィである。


 そう言って可愛がっているのだと言う。


 つまり、ユーリィ・マフリクス様にはでっかい後ろ盾がいるって事よね。

 皇帝陛下のお孫さまにして、皇太子殿下の第三皇子―――が兄貴分で、皇太子妃が代母。


 「そんなでっかい印籠、羨ましい…」


 思わず嘆息した。

 心からの嘆息だった。


「印籠とは?」


 黒姫さまに問われ、私は乾いた笑いを漏らしつつ説明する。


「350年くらい前、隣国のトクーガー王国にはミートミックニーという第三王子がいたそうで」

「ああ、知っておるぞ。歳を取って政治から引退後に諸国を漫遊し、各地の不正を正して歩いた爺さんの事だな」


 黒姫さまもご存じのようだ。


「ミートミックニー殿下とその護衛騎士であるカック卿とスーケー卿は、普段は商人の扮装をして悪人達を油断させ、ここぞと言う時に王家の紋章を刻印した印籠を出して、うへへーと敵を跪かせた為、『印籠殿下』伝説が生まれた…。そんなステキな印籠、私も欲しいです」


「羨ましいのか?」

「羨ましいですー」


(て言うか私、そこまででっかくない印籠なら最近まで持ってたような気が…)


 通りすがりの人が必ず二度見するエルイングの顔。

 あれは一種の印籠だった。


(だって小気味良かったのよ)


 ダイナも言ってくれてたけど、私はまぁまぁスタイルが良いらしく、そのせいでナンパされた事がある。領地の近くにある地方都市デンスレイド。確か去年頃、エルイングに誘われてデートしてた時の事。

 エルイングは目当ての店の商品棚にかじりつきになってて、私は暇つぶしに店外のテラス席に一人で座ってたんだよね。そうしたらけっこう男前にナンパされた。

 当然のように私は断ったんだけど、そしたら逆切れされちゃったという流れ。


『お前みたいな地味顔女をこのイケメンな俺様が誘ってやったのに』

『そんなモブ顔じゃ男にもてないだろう? この俺様が相手してやろうってんだ』

『ったくよう、遠目で見たらイイ女に見えたのに、近づいてみりゃ、身体の割に顔が…』

『身体は合格として顔は65点てトコか? 大負けに負けて』


 とか、妙に具体的に罵倒されていた。

 そうしたら騒ぎに気付いたエルイングが店から出てきて、状況を理解した後、私を無言で抱き締めたわけよ。

 エルイングの顔面を見たナンパ男は、どういうわけだか、


『す、すいませんでした~』


 と逃げてったんだけど、別にエルイングは見るからに屈強そうなんて事はない。エルイングなりに怖かったらしくて少し涙目になってたしさ。

 つい数年前まで女の子に間違われていたわけだし、貴族の子弟の必須としてそれなりに護身術や武術は習わされてるらしいけど、たいして身についてないって言ってたし。実際、客観的に見た限り、腕っ節勝負になったら、明らかにナンパ男よりもエルイングの方が分が悪そうだった。

 それなのにナンパ男は逃げ出したわけで。

 つまりエルイングの顔面は、文字通り"同性が裸足で逃げ出す"レベルなんだと痛感したんだよね。そして私はその時、『エルイングの顔って印籠レベルなんだ』とも思ったわけです。


(まぁ、背が伸びて男らしくなってきたのはここ1~2年だからそう何回も印籠気分を味わえたわけじゃないけどさ…)


 私がそんなしょうもない事を考えているとは知らず、黒姫さまは話を続ける。


「ユーリィにはキャシュレットと皇太子妃という後ろ盾がおる。確かにそなたの言うように"印籠"だな。だが、後ろ盾と言っても限度があるのだよ」

「と申しますと」

「例えばユーリィが非道を働いたとしよう。それを二人の後ろ盾が依怙贔屓して庇うかといったらそんな事はないのだ。非道は非道として処罰されるからな。ユーリィはその辺りを弁えておるから、キャシュレットや皇太子妃の厚意を過信して甘えたりしない。むしろ立場を理解して己を律しておる。だからこそ成り立っている関係なのだ」


 と言う事は。


「あの、一応聞いておきたい事があるんですけど」

「申してみよ」

「あのですね。あくまで例えばの話なんですが。マフリクス様が皇子殿下の権力を使ってエルイングに交際を迫った可能性とかは…」

「ないだろうな」

「断言ですか」

「言ったろう? ユーリィは弁えた娘だと。キャシュレットがユーリィを可愛がる最大の理由もそこだしな」

「なるほど、理解しました」


 少し前私は、マフリクス様がエルイングの"弱み"を掴んで、それネタに脅迫した可能性を妄想したし、皇子殿下の妹分って聞いた時も、つまり殿下の権力乱用できるんだな~ なんて事も、うっすら考えなくもなかったんだけど。

 きっと世の中はそんなに複雑じゃないのよね。

 カモフラ説も本命説も全部やっばり単なる"説"。

 結局の所、ごく単純にユーリィ・マフリクス様はエルイングの心を掴んだだけなのよ。


「権力では人の心までは従わせる事は出来ぬからなあ」


 黒姫さまは神妙な顔をする。


「現実はそんなところだが、それでも知らぬ者からしたら、後ろ盾が皇族というのは、それはそれは驚異的な権力に思えるのではないか?」

「確かに―――そうですね」


 肯くと、黒姫さまも肯き返してくれる。


「だったら私は皇族としてそなたの後ろ盾―――そなた曰くの印籠になってやろうと思ったのだよ。私とて別に何か大それた事をしてやれるわけではない。ただ、お前の後ろには私がいるのだと心得よ」


 相変わらず表情の変わらない方だが、声音には精一杯の優しさが込められていて、私はじんわりと目頭が熱くなる。

 再び視界が開けてくるのを感じる。

 これはひょっとして、でっかい印籠GETだぜって事?


 黒姫さまと知り合えたのは神話の黒姫像に祈ってたからなわけで、

 真剣に黒姫教に入信しようかとちょっと思った。

 なお、そんな宗教は無いのだが。


「そういえば隠密がそなたの婚約者の顔が良いとやたらと連呼するので好奇心が涌いてな。デジカメロンで撮影してきてもらったんだが。ホントに顔が良いな、そなたの婚約者」


 デジカメロン。

 魔道具ショップでたまに見かける写像器だよね。

 私も欲しいと思ってるやつ。


「ハハハ。あいつの取り柄といえば顔なので」

「私の好みではないがな。私の好みはどちらかというともうちょっとワイルド系だな」


 思わず私は前のめりになった。


「わかります、いいですよね、ワイルド系!」

「おお、そなたも好きか、ワイルド系」


 途中で夕飯なども御馳走になったりして、いつの間にか私と黒姫さまはすっかり意気投合していた。ふと時計を見ると公爵邸に来てからすでに三時間ほどが過ぎている。


「本題に戻そう」


 黒姫さまがゴホンと咳をして仕切り直す。


「そなたは昨日、婚約者との破局自体はどうでもよいと言っていたろう? 出来うる限りクールでドライにふられたいと」


 はい、と私は肯く。


 私に似ているクローディア様の本命説を聞いた時、少し心は揺れたけど。次のマリーナントカさん本命説で盛大にモヤったしね。なんかもう、考えるのがしんどいんだもの。もう振り回されたくないっていうか。

 だいたいさ。

 まともに考えて、エルイングが幼馴染みで婚約者である私をなんの説明もないまま無視して三ヶ月経過なんていう現状が失礼にも程がありすぎて、最早こっちから婚約破棄してもいい案件だと思うわけよ。一応こっちは男爵家で格下だからって我慢しているっていうか、怒りを溜め込みながら決戦?の日を手ぐすね引いて待ってるっていうかさ。


「復讐とか意趣返し的な物は良いのか? いわゆる"ざまぁ"は要らんのか?」


 聞かれて私は少しだけ考えてみる。

 でもやっぱり。


「…要りません。したくない事もないですが、それをやっちゃうとまるで私があいつにふられて悔しいみたいじゃありません? いや、勿論悔しいですけどね。それを絶対に悟られてなるかぁって思うわけです。割とねちこくムカついてはいますが、それとこれとは別って事、あいつにしっかりわからせてやりたいし。あ、でも法的な違約金と慰謝料は貰いたいですけど」


 すると黒姫は珍しくも破顔する。


「了解だ。私はそなたの希望どおりに事が進むよう全面的に支援しよう」

「黒姫さま、ありがとうございます! ではご指導願います!」

「ん? 指導?」

「先ずは、無表情と棒読みの稽古、お願いします!」

「ん?ん?」


 黒姫さまは小首を傾げている。

 数分後、こちらの意図を正確に理解した黒姫さまの手は私の額にチョップを炸裂させていた。

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