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05 ロンドグラム公爵邸の雲上人

 抵抗なんて出来る筈もなく。


 管理人に急かされて寮の玄関口に向かうと、使者とおぼしき男性が二人いた。ぱっと見た感じでは二人とも普通の従者のような制服を着ていたけれど、二人の左頬にはそれぞれ直径二センチ程度の色違いのマークがあった。

 片方はブルー、もう片方はグリーンに発光しているマークだ。

 それは公人魔術師を現すマークであり、その下にロンドグラムの名前が小さく刻印されていた。


(公人魔術師を私的に雇用出来る公爵家って事は……)


 公爵家ともなれば魔術師を従者として雇っているのは当たり前だけど、一概に公爵家と言っても種類がある。皇族であるレーダーゼノン家が帝国を興す前から仕えて家門を維持してきた公爵家の他、一大勢力となった傭兵集団や海賊などが契約によって爵位を得たいわゆる新興公爵家。そしてもうひとつのパターンは―――。


 私はゴキュッと唾を飲み込む。


(…皇族じゃん?)


 皇族が称号として名乗る公爵位もあるのだが、ロンドグラム公爵は確かソレだったような?

 公人魔術師を私用で雇えるのも皇族公爵だけの筈では?


 て事は、今回の呼び出しは間違いなく皇族からの招聘な件。


 ロンドグラム。

 ロンドグラム公爵ってどなたの称号だっけ?

 学院にいらっしゃる第三皇子のお父上にあたる皇太子殿下は確かペイジルース公爵だった筈。だからその方以外の皇族のどなたかなんだろうけど、心当たりがなさ過ぎる。


 やだもう、意味わかんない……。


 気がつくと私は校舎の玄関ホールの裏手―――黒姫像のある噴水庭園まで連れて来られていた。


「少々お待ちください」


 ブルーマークの魔術師が懐から魔方陣の描かれたスクロールを取り出し、詠唱しながら指先で空間を掻き回す。するとスクロールから魔方陣が青白く発光しながら浮き上がり、地面に滑り落ちる。すかさずグリーンマークの魔術師が魔方陣に手の平を掲げる。すると魔方陣は何倍にも広がり、地面にピタリと吸着する。

 そして、


「どうぞ魔方陣に足を踏み入れてください。ロンドグラム公爵の屋敷まで瞬間移動します」


 言いながら、


「移動魔術は初めてですか? 長距離だと酔う事もありますが短距離なのでほんの一瞬ですよ」


 魔術師は軽く説明してくれる。

 あまりまごまごしていても失礼にあたると思い、恐る恐る魔方陣に足を踏み入れてみる。続いて二人の魔術師も陣に足を入れた。


「視覚的に気持ちの良いものではないので目を閉じていた方が良いかと」


 魔術師が再び指先を振り回して詠唱を始めたので、私は慌てて目を閉じた。

 次の瞬間、何か空間が歪む気配を感じる。

 幽かに感じていた風や虫の音が止む。


「はい、到着しました。キサラシェラ様、お疲れ様でした。もうお目を開けても大丈夫です」


 瞼を開くと、さっきまで学院裏の噴水庭園にいたのに、今は豪華な屋内の大広間だった。どれだけ金持ちでも下位貴族では到底賄えないような規模―――さすが公爵家と思わせるだけの豪奢さで目が眩しい。

 魔術師が言う。


「私どもの案内はここまでとなります。ここからはあちらの執事が案内します」


 見ると、中年くらいの男性が立っている。

 私を見るとにっこり微笑んでくれた―――が。


 皇族の公爵家の執事―――と言う事は、この方は間違いなく最低でも伯爵家以上の出身者である筈だ。


「どうぞこちらに」


 丁寧に促されながら心の中がパニック状態だった。

 ガッチガチに緊張しながら長い廊下を歩く。


(うう、怖い。礼儀作法の勉強、もっとちゃんとやっとけば良かった。私がヘマしてお父様が男爵位取り上げられたらどうしよう。平民だったお祖父様がガツガツお金貯めて買った領地付の爵位なのに。そう、何を隠そう我が家はお祖父様の代までは平民だったのよ。成金新興貴族なのよ…)


 なんで心臓が口から飛び出さないのかな、不思議だな、なんて思う程ドキマギしてる間に、豪華な装飾の施された扉の前に着く。扉の傍には三人のメイドが並んで姿勢良く立っていて、私を見ると丁寧なお辞儀をしてくれた。

 その内の一人が扉をノックし、


「殿下、キサラシェラ男爵家のセーラルルー令嬢がお着きです」


 そう声をかけた。











 通された部屋は当然といえば当然なんだけど、豪華な廊下の何倍も豪華だった。キラッキラな家具や装飾、調度品。それらが広々とした壁一面に配置されていて、ど真ん中にはこれまた豪華な猫足ソファのセットが配置されている。その真上の天井にはこれまた豪華なシャンデリア。

 公爵邸だし、意外でもなんでもない光景だけど、私を待ち受けていた人物―――女性は、意外でしかなかった。


「えーと?」


 私は首を傾げる。

 だって、黒姫さまが居たのだ。

 豪華な猫足ソファの上、完全に寛ぎきった様子で私が来るのを待ち受けていた。

 すでに入浴を済ませているようで、真っ黒なネグリジェを着ている。

 そして、ぽっかーんとしている私の様子に首を捻る。


「…………昨日、噴水庭園の黒姫像前で会っただろ? さてはそなた、人の顔を覚えるのが苦手とかいう?」


 赤地に金糸で刺繍された扇子を広げ、ゆらゆらと仰ぎながら訝しそうに問われたけれど、


「いえあの、だって」


 こちらとしては戸惑わざるを得ないではないか。


 艶やかな黒髪、印象的なアーモンド型の目、派手な顔立ちの美女。この顔をたった一日で忘れるのは記憶喪失にでもならない限り無理だろう。舞台ではほとんどすっぴんだったにもかかわらず、ひときわ目立っていた絶世の美女。魔族の女王、神たるアースタートにふられてなお、威厳を保っていた美しき黒姫。かなりの棒読みだったというのに、その役を演じても不足を感じさせない、まるで原初の神話の黒姫そのもののような方。私のみっともない愚痴を最後までじっくり聞いてくれた方。


 その黒姫さまが手鏡の鏡面を覗き込みながら形の良い眉を僅かに八の字にする。


「割と印象深い顔立ちだと自負しておったのだがなあ」


「いえあの、覚えてます、当然」


 そう言うと、「そうか、良かった」と黒姫さまはパタリと手鏡を机上に置いた。


「あの、私はロンドグラム公爵さまに呼ばれたのでは」

「ロンドグラム公爵は私の父だ」

「え」

「父の名を使ってそなたを呼び出したのだ。騙したようで申し訳なかったな」

「え、え、え? 昨日、レヴェルターブ侯爵家の方って仰ってたような」

「学院ではそういう事にしてあるのだ。ちと訳ありでな」

「そそそそうなんですね」


 で、ロンドグラム公爵というのはどの皇族さまでしょう?


 て、訊いていいのかな。

 知らないのかって怒られない?


 そんな事をぐるぐる考えている顔色を読まれたようで、


「我が父ロンドグラム公爵は皇帝の第二皇子だ。つまり皇太子のペイジルース公は我が父の兄であり、私には伯父にあたる。その伯父の息子で学院にいる第三皇子キャシュレットは従弟になるな」


 ざっくりと説明してくれたけど、私は永久凍土に閉じ込められた気分になった。


(あっれれぇ~? 昨日、レヴェルターブ侯爵家の遠縁って言ってたよね。令嬢じゃないって言ってたよね? うん、ホントだ、確かに令嬢じゃないデスネ。皇帝の第二皇子の娘って事はさ。令嬢じゃなく皇女だよ、ひゃっはー)


 雲上人すぎて鼻の奥がツンとした。


「す、すみません、知りませんでした」


 もうなんでもいいから謝るしかない。


「いや、知らなくて当然だろ。むしろ知ってたらヤヴァイだろ。こっちが隠してるのに」


 黒姫さまは大真面目な顔である。


「そうかもしれませんが、なんかもう、無性に穴があったら埋まりたい気分です…」


 すると黒姫さまはバタリと扇子を閉じ、その扇子をこちらに向けてきた。


「それよ。そなたの今の状態が面倒臭いのだ」


 そうしてじろりと見つめてくる。


「皇族だと知られると嫌でも取り巻きとか出来たりめちゃくちゃ忖度されたりとしち面倒臭いのだ。だから入学の時に学院側に要請して、皇后の実家のレヴェルターブ侯爵家の者としたのだよ。私の真の身分は関係者以外知らんのだ。くれぐれも口外するでないぞ、口外したら…」


「したら…?」


 私はごくりと生唾を飲んだ。

 首チョンパでしょうか。


「額にチョップを食らわす」


 チョップだった。


「ぶっちゃけるとたいした秘密ではないからなぁ。キャシュレットは勿論知っておるし、教師達も知っておるし。言うなれば知ってる人にはバレバレだけど知らない人は知らないってだけの仮面舞踏会のような物に過ぎぬからの」


 そう言ってから一拍置いて、黒姫さまは膝を進めてきた。


「―――昨日、そなたの悩み事を聞いたろう? 私なりに本当に気の毒に思ったのだよ。それで少し調べてみたというわけだ。仮初めのレヴェルターブ侯爵家の者という立場のままでそなたの力になれるなら、そのままでも良かったのだが」


 黒姫さまは語り出す。


 昨日の噴水庭園。私はあの時、あの場―――少なくとも半径五メートル程度は自身と黒姫さまの二人きりだと思っていたけど、実は隠密(シークレットサービス)が秘密裏に身を潜めていたらしい。

 私と別れた後、黒姫さまは「あの娘の事情を少し調べてまいれ」と命じ、隠密達は数時間ほどで調査を終えて戻って来たのだという。


『キサラシェラ男爵家のセーラルルー令嬢。フルネームはセーラルルー・イニシアズ=キサラシェラ。

 婚約者はカシスタンド伯爵家令息エルイング令息。この方は容姿が良すぎて、入学直後から学院内で有名になっています。

 が、この令息の婚約者がキサラシェラの令嬢である事はどうやら周知はされていないようで。その代りにマフリクス子爵家のユーリィ令嬢が、学院内ではこの令息の恋人として認知されている様子です』


 そう聞かされたのだと言う。


「思いがけずユーリィの名が出てきて驚いた」


 黒姫さまはそう言う。


「黒姫さまとマフリクス様はお知り合いなんですか?」

「知っておる。ユーリィが幼い頃からな」

「幼馴染みとかそういう?」

「私とはそれほどの仲ではないな。顔見知りではあるが。ユーリィはキャシュレットの妹分なのだ」


キャシュレット。

キャシュレットって第三皇子の。


「えぇ?」


頭の中が真っ白になった。

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