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43 番外編 4/4 -神はかく語る-

 黒姫さまの許せなかった事。

 それは。


「我が父の無念である。大切な娘を生きたまま沼底に囚われ、どれほど嘆き、悲しんだ事か。我が父は生前、老骨に鞭打って、どこぞで寝ているであろうアースタートを探す為の旅に出たという。願い叶わず、老い先を悟って旅から戻り、私が沈んでおる沼の縁になんとか辿り着いてから息絶えた事だけは幸いであったと―――後にパシフェルに聞かされた時は、脳内であのおっさんに踵落としをしておったわ」

「お母様は―――」


 そう言うと黒姫さまはピクリと一瞬静止した。

 眉根に力を込めて、こぼれ落ちそうな何かを留めているような。

 そうして何かを言おうとして、口をわななかせて。


「母は」


 ぐぐと眉間を寄せる。


「悪神どもに私の身に起きた事を聞かされた数日後」


 小声で小さく「耐えられずに首を吊った」と、そう呟いた。


 訊くんじゃなかったって思った。

 けど、黒姫さまのお母様の四万五千年前の無念を悼む者は多いに越したことないとも思う。


 しばらく沈黙が続いたけれど、黒姫さまはまた語り出した。

 目がちょっと赤くなってるように見えた。


「だからな。私はアースタートに要求したのだ」


 我が父、我が母に謝罪し、許しを得るまでは、私がそなたを許す事は永劫ないと。


「だが、アースタートはかく語る」


『お前の父母がこの世を去ったのは最早900年以上もの時の彼方だ。彼らの御霊はすでに輪廻の彼方に去り、それぞれ新たな人生を歩み、幸せに暮らしている』


「たどれるのか?と問わば、たどれると言う」


『お前の父親は今は東の大陸で生活している。900年も昔の悲劇など忘れて幸せに。可愛がっている娘が三人もいて、とても幸せに暮らしている。お前の母親も同様に、西の大陸にて、好きな男と相思相愛となり、今この瞬間、婚姻の日を指折り数えている』


 黒姫さまはハアーと長く息を吐く。


「喜ばしい事だと思った。だがその魂は最早私の父ではないし、母でもない。今更アースタートが彼らに謝罪したところでなんとなる。

 だが私は、あくまで我が父母の許ししか認めぬと。私がそう言うとアースタートは途方に暮れた」

「そりゃあそうですよね。生まれ変わって、記憶もないときたらもう、ぜんぜん別の人ですし…。あ、でも千年の時間を戻したら…」


 言いかけて、止めた。

 数時間の時を戻すのとはわけが違うし。

 まして千年なんて。


 いや、出来なくは無かったろう。


 公爵さまが怒るからという理由に過ぎないとはいえ、神力の使用に制約のある黒姫さまとは違い、アースタート神ならば小手先で出来る事だったのだろう。


 だけど多分、黒姫さまが求めていたのはそういう事ではなくて。


 すでに取り返しはつかないのだ。

 絶対に。

 絶対的に。



 だって黒姫さまはアースタート神を許す気はないのだから。



 アースタート神は黒姫さまの真意を正確に受け止め、黒姫さまへの完全なる贖罪は不可能と判断したのだろう。そうして一切合切を保留にし、保留の担保替わりに全神力を黒姫さまに託して再び永い眠りに就いたのだそうだ。






 現在はロンドグラム公爵さまを演っているかつての魔族の王子さまが、黒姫さまの沼からの解放を知ったのは四度目の転生をした時だったという。


「パシフェルはな。私が沼底から解放されたと察知し、アースタートが永い眠りに就いた気配をも悟ると、たまったまそこらを彷徨っておった大層な数の悪神達を一晩中滅して廻ったという。歓喜の宴と嘯いての」


 アースタート神が悪神駆除の為に微睡む事すら厭うように。

 かつての千年のように深い深い眠りに落ちつづけるように。


「まあしかし、パシフェルが純血の魔族として転生出来たのは魔族が滅ぶ前まででな。二万年くらい前だったかの、最後の魔族が死んだ事で種族としては絶えてしもうた為、転生先を失い、それ以降は人に転生しとるというわけよの。魔族の頃に比べると肉体的には多少弱体化したと思っておったが、こないだの様子を思うと……」


 たいして変化は無かったって感じなんですかね。

 それか、魂が経験値を積み続けているとかなのかなあ。


 アースタート神は永い眠りについた割には、黒姫さまの神力使用量が一定値を越えると深い眠りから覚めてしまう。て言うか、むしろその事をアラート替わりにしているフシがあると気付いた辺りで、公爵さまによる神力使用禁止令が出されんだとか。


「アースタート神が目覚めた事ってこれまで一度もないんですか?」

「いやある」

「ええ!?」


 どのツラで?


「一度だけだがの。と言うか、私の神力使用量がアラートだと気付いたのはその時なのであるが」

「……続けて下さい」

「うむ。あれは今から一万二千年くらい前であったかの。その頃はまさかそんな絡繰りがあるとも知らず、割と神力使い放題であったのだが、ある時、事情があってだな。連続で隕石級の神力をバカスカ使っておったらば、ウン万年ぶりの忌まわしいおっさんが目の前に立っとるではないか。ものすごく驚いたわ」

「……神さまの久しぶりの第一声、どんなんだったか訊いていいですか?」

「なんか照れた様子で」

「照れるんだ…」


『ひ、久しぶ…り?』


「なんか気まずそうにな。気まずいなんて神経もなかろうに、変なところだけ人間に擬態しようとすんのな」

「まあでも… 挨拶としては普通……ですね」


 悪い意味で。


「私がどうしてくれようかなんぞと考えとる間に、横におったパシフェルがどんどんドス黒オーラを発し始めてな」

「どうなったんです?」

「普通に天は裂け大地は割れ山々は崩れ海は荒れ狂う事態となった」

「普通じゃないです。て言うかそれ、天変地異ィ」

「隕石は落ちてきてはおらなんだゆえセーフではないのか?」

「アウトかなと」


 左様であったかと黒姫さま。


「パシフェルが自制心ゼロな程にキレ散らかしておっさんを攻撃し、全魔力枯渇までいってグロッキー状態になっとるというのにおっさんはキョトン顔。挙げ句、ちょっと説教風に『それ以上暴れたら死んじゃうと思うゾ』と」

「ゾ」

「マジギレのあまり憤死寸前のパシフェルが正味で逝きかけたせいか、慌てて『ごめん、とりあえず寝とく』と言って逃げくさり、また就寝に入ったわけよの」

「……公爵さまのマジギレを支持します」

「うむ」

「神殿ってアースタート神を拝んでるんですよね」

「うむ」

「黒姫さまの神殿建てましょうよ」

「うむ。さすがはセーラよの。それでこそ我が信徒よ」






 話の一区切りを見た黒姫さまは、チリンチリンと呼び鈴を鳴らしてメイドさんを呼び、お茶とお茶菓子の追加を頼む。

 その際、女官が、


「殿下。新聞、見つかりましてございます。ダーツルーム手前にある廊下の彫像の足下に無造作に置いてあったそうですわ」


 そう言って黒姫さまに新聞を差し出した。


「て事はやはりパシフェルの奴めの仕業であったか」


 そう言いながら新聞を広げる。

 その間に私はお茶を飲んだりクッキーを摘まんだりしていたんだけど、


「ぬな!?」


 新聞を読んでいた黒姫さまが突然声を上げた。


「ど、どうしたんですか!? 何か事件でも起きてましたっけ?」


「セセセ、セーラは今朝の新聞は読んだか? なんか、考古学の分野でなにやらニュースがあったようだが」

「考古学?」


 カシスタンド家別邸も新聞は取っているし、今朝、チラッとエルイングが何か言ってたような。


 あ、隕石。


「…そういえば瓢箪湖が昔は満月型で、そのすぐ傍を隕石が落下したせいで瓢箪型になった事が最近の調査で明らかになって、その続報が載ってるよーとか、エルイングが言ってた気がしますが」

「それなんだがな、セーラよ」

「はい」

「瓢箪湖の隕石落下の年代が判明したと書いてあるんだが。だいたい五万年以上は昔とあるんだが」

「そうなんですか? て事は黒姫さまが生まれる前の出来事なんですね」

「それがの。あの瓢箪湖、私が生まれた頃は間違いなく満月型だった筈なのだ」

「え、つまり」

「私はどうやら確実に五万歳越え……」

「あらあ」

「さすがにまだそこまではいっておらんと思っておったに……」


 なんか愕然としている。

 微妙に傷付いてるようにも見える。


 ……もうそこまで行くと誤差の範囲内では?

 と思うんだけど、当事者的にはそうでもないんだろうか。

 生まれて15~16年の小娘にはわからん世界だ。

 さすがに共感は難しい。


 それにしてもさ。


 私はいつか黒姫さまを置いてこの世から去ってしまうんだろうけど、でもね。きっと生まれ変わった先の未来にも黒姫さまは居て、公爵さまも居て、こんな風に殺伐なんだか優雅なんだかわかんない風に存在して下さってるんだなと思うと、それはなんだか嬉しい事だって思うんだよな。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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