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42 番外編 3/4 -千年地獄と千年快眠-

「セーラよ。おっさんが千年後にアラートをかけたのはなんでだと思う?」

「(残念な)神サマのお考えは凡夫の身には量りかねますね…」

「千年後ならばな。私がとうにこの世からいなくなっておるだろうと思ってアラートを仕掛けたのだ」

「つまり、自分をふった女の顔を見ていたくない的な?」


 つうか、女に振られてフテ寝するような神の存在意義ってなんだろう。


「先ほども申したが、おっさんは唯一神ではあるものの、分神が森羅万象の数だけおる。悪神の駆除は数が多いゆえそれなりに面倒だったらしいが、奴がその気ならば微睡みつつの寝ぼけ眼でも一柱づつなら遠隔地からでも秒殺出来るゆえ、自身が寝ていようとも世の中は廻ると奴は舐めておったのだな。だからなんだろうが、おっさんはそりゃあもう気持ち良く爆睡体勢に入った。入っちゃった。本人すら想定外な程のふっかあい眠りにな」


 黒姫さまは憮然とする。


「あまりにも深度の濃いィ爆睡状態だったゆえ、奴は睡眠時の悪神の駆除が出来なんだのだ」

「……と言いますと」

「本神が義務も果たさずこんこんと寝とるゆえ、駆除されるべきであるにも関わらず捨て置かれた悪神の数は雲霞の如く増え、そやつらは結託し、ひとつの目的を遂げた―――」


 黒姫さまは突如ふるふると身を震わせ始める。


「要するに。本神であるおっさんをふったこの私を力尽くで底なしの沼底深くに沈めたのだ」

「え」

「普通なら溺死して、そこで私の人生は終わりだったわけだが…。

 私の身体はな。おっさんの無自覚な加護が満ちておったゆえ、知らん間に不老不死になっておったのだ。なお、加護を与えた張本人のおっさんすら気付いておらなんだ。

 で、そのまんま、溺死も出来ずに沼底で千年が経過」


「せんねん」


「セーラよ。単に死なないと言うだけの普通の人間が千年も沼底にいる状態をば想像してみるがよい」

「苦しいです」

「ああ、苦しかったさ…」


 黒姫さまはハンカチを取り出して自身の涙を拭う。


「悪神どもは私を沼底の虜囚とした事と、私が死ねずに苦しみ続けている事を喧伝してまわった。

 事態を知ったパシフェルは沼底に潜ったが、どうしても私を見つけられなんだ。

 悪神どもが認識阻害の術をかけよった為、例えパシフェルの目の前に溺れる私がおったとしても認識出来なんだのだ。

 気配と幽かなもがき声だけは時折聞こえていたと―――後にあやつは言うておったがな」

「それって… むしろ何にもわからない方がまだしもマシでしたね…」

「パシフェルは純血の魔族の中でも相当な強者であったゆえ、認識阻害を僅かでも突破出来たのであろうが、当時、死なないという以外は単なる人間に過ぎなかった私はといえば、パシフェルとは逆で、溺れておる千年の間、悪神以外の誰かが傍に来てくれとったとしても一切わからん。正直精神的にかなりキツかったわ」


 確かにそれはそれで辛い。


「溺れながら、母はいかがしたか、父はいかがしたかと。パシフェルはとっくに私の事など忘れてどこぞの可愛い娘と結婚でもしたろうかと。それはそれでムカつくなと。とにかくひたすらに絶え間なく溺れ続けておる中、悪神どもが…」


 つつうと涙をこぼす。


「天罰だ、神を神とも思わぬ所業を後悔しろと―――耳元で罵り続けよる」

「……どっひゃあ」

「だが私はくじけなかったぞ? 私ごときに天罰が下るならばパシフェルにはもっと下ってしかるべきであろ? だってあやつ、神を熔岩流に蹴り込んで溶かしたのだからな? 私にだけ罰とやらが下っとる時点でこんなん天罰ではなくただの悪神どもの私怨でしかなかろうが」

「黒姫さまとは別の場所で同様の天罰受けてる可能性とかは考慮しなかったんですか?」

「そんな事考えとったらテンション下がるであろ。二人揃ってこんな目に遭わされとるんならそれはそれで二倍落ち込む。ゆえに、私だけこんな目に遭っとんのに違いない、あやつは気楽に生きておるに違いないと被害妄想よろしく怨念たぎらせてテンションを自家発電しとった」

「黒姫さまのそういうとこ、好きです」


 割とマジで。


「まあでも沼底で数百年が経過した頃…」

「よく時間経過とかわかりましたね」


 思わず突っ込むと、


「だって悪神が言うんだもの。もうすぐ百年経つよ~ もうすぐ二百年経過だよ~ そろそろ三百年経つね~ とな」

「うわあ…」

「魔族の限界寿命は人間より長命だったがせいぜい三倍程度であるゆえ。パシフェルは私が沼底で勝手に怨念たぎらせとる事も知らず、あやつなりに私を哀れんでおった。最初の―――赤い瞳のパシフェルが寿命を迎えて死ぬ時、アホなおっさんへの怒りと共に、魂にその記憶を刻み込んだという」


 魂に記憶を刻む。

 なんか、言葉にすると簡単そうだけど。


「……具体的にどうやればそんな事出来るんですかね。気合い?」


 なんせ、止まってる時間の中を気合いで闊歩してくるお方だしな。


「前に1回訊いた事があるんだがな。自身の心臓をえぐり出す勢いで体内に手を突っ込み、魂の緒を引っ掴んでギリギリ死なない程度に引きずり出し、全魔力を込めた爪先で紋様を彫り込むとか言うておったわ」


 思ったよりも具体的だった……。


「痛そうですね」

「あやつが言うに、あらゆる全人生の経験の中でアレが1番痛かったと言うておったわ」

「わあ…」

「そうしてあやつは―――転生する度に前世を思い出しては私の沈んでおる沼に来て、沼底を潜っておったんだと。沼の水を抜く事も考えたようだが、そうしたらば悪神達に私の落とし場所を深海の底か、それこそ噴火口に変更するだけの事と嘲られ、断念したとか言うておったな。

 その頃のパシフェルの魔力ならば、悪神の十柱か二十柱くらいなら瞬殺出来たそうだが、なんせおっさんが仕事をサボったきり数百年であろ。悪神の数が多すぎてさすがに無理があったと言うておった」


 沼底で黒姫さまが逆恨み気味の怨念をたぎらせてる事も知らずに頑張ってた公爵さま。

 けっこう可哀想だな、遠い昔の公爵さま。






 そうして千年が経ち、呑気かつ健やかに爆睡を貪っていたアースタート神は、アラートが鳴ったので目覚めた。

 ふられたショックから立ち直ったわけではなく、単にフテ寝を決め込んでいただけだったので、しょんぼりしながらも両手を広げ、世界の情報をたぐり寄せたという。


 ユンライはとっくに亡くなっているだろうなあ

 だけど子孫がいるだろう

 ひょっとしてユンライにそっくりな子がいるかもしれないゾ


「ゾ」


 私が語尾に突っ込むと、黒姫さまはフッと笑う。


「時々若ぶろうとして痛い感じになっとったわ」

「なんかぶっ殺したくなりますね、神」

「セーラよ、ホントにそなたは私と気が合うのう」

「て言うか、なんか神さま、やっぱり単に黒姫さまのお顔が好きなだけ疑惑」


 黒姫さまは「美し過ぎるのも罪よの」と黒髪を一筋噛んだ。

 美しかった。


 アースタート神は自分が寝ている間に起こった世界のありとあらゆる情報を瞬時に集め、そうして全てを知った次の瞬間には沼底から黒姫さまを一瞬で掬い上げ、黒姫さまを囚えていた雲霞の如し悪神達は秒で消滅。


 千年ぶりに青い空を見た黒姫さまは、千年ぶりに健やかな空気を吸い込んだ。ようやく人心地ついて見上げると、そこには心配そうな顔をして介添えする千年ぶりに見るアースタート神。


「でもな。神さま、ありがとーなんて言う気になると思うか?」

「ないですね」


 私は首を左右に振った。


「こっちは千年溺れて地獄の苦しみを味わっとったというに、おっさんの方は千年快眠してすっきり爽やか顔」

「ないですね」


 私は再び首を左右に振った。


「よって私は贖罪を要求した」

「慰謝料的な」


 黒姫さまは首を横に振る。


「当時は原始共産主義の世であり、物々交換の世でもあり、貨幣など無かったしの」


 アースタート神は贖罪として自ら同じ苦しみを受ける事を申し出たという。

 だが黒姫さまはお断りした。


「人間の千年と神の千年では比較にならんからな。そんなんで許せるわけなかろうて」

「当然かと」


「千年、沼底で一瞬の絶え間なく窒息させられた苦しみもさる事ながら、それよりも許せなんだのはな」


 黒姫さまは目を瞑った。

 固く、固く。

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