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41 番外編 2/4 -もうひとつの婚約破棄-

「アースタートは伊達に全知全能ではない。悪神なんぞ遠隔地からでも居眠りしながら秒で駆除出来る筈が、なんかその時はやたらと手こずりアピールをかましおってな。おっかしいなあ、なんで滅せられないのかなあ、ひょっとして私の神力、枯渇してる?―――なんぞと抜かして近所に長期滞在。

 時々遊びに来ておったパシフェルなんぞは『へえ、おじさん、神サマなんだ』なんつってけっこう懐いとったな、そういえば」


 公爵さまにも子供らしい頃があったんだな。

 そりゃあるか。


「そうして二~三年が経った頃」


 黒姫さまが十歳か十一歳になった時。


「おっさんが私に結婚を申し込んだのよ」

「え、そんな年齢の時に求婚してきたんですか?」


 アースタート神に突如沸き起こるロリコン疑惑。


「神様だからな。多分、そういう方向の欲望というよりも、なんというか。この世の終わりまでを共に過ごす相手として私を選んだ的な。顔とか性格とかも重要であろうが、色々な要素を総合的に判断した結果、こいつに決定!―――みたいな感じで求婚されたわけよの」

「恋とか愛とかそういうんじゃないんですね」

「まあでもあのおっさん、伊達に神ではなかったというか。私が言うのもなんだが人選はミスっておらなんだのだとは思う。普通の人間は四~五万年も生きておったらばちょっと情緒とかやばくなるであろ? あんまり長生きすると死にたくなったりするらしいぞ。鬱になったり。だが私はなんというかその辺、色々とニブ… いやテキト… いや超越しておるゆえ」


 鈍い。

 適当。


「…………」


 私はとりあえず無言で微笑んだ。


「ちなみにアースタート神の実年齢は」

「この世界が出来た時に生まれたとか言うておったな」

「なんで三十前後の外見年齢にしてたんですかねえ」

「本人曰く、精神年齢だと主張しておったが……。途方もない爺さんの筈なのになんか色々と年甲斐の無い所があったと記憶しておるわ。

 そういえばある時、パシフェルと二人でボードゲームをしていて、おっさんがボロ負けしてな。

 今のはちょっと油断したとかなんとか言って幾度か再戦し、全敗したおっさんは、悔しさのあまり、ボードをひっくりかえして瞬間移動にてどっかに逃げよった事があったわ」

「うわあ…」


 全知全能ってなんだっけ。


「精神年齢三十ってのはちょっと怪しいですね。精神年齢じゃなくて希望年齢なのかも」

「うむ、そっちの方がしっくりくるの。精神年齢ではなく、あれは本人希望の年齢であったんだろうよ。あまりとっしょりも嫌だけど若造姿で舐められるのも嫌だったんでないんかの。知らんけども。

 話は戻るがの。

 おっさんとパシフェルがボードゲームなんぞをやっておった頃はまだ平和であった。

 なれどおっさんが私に求婚なんぞしたせいで、魔族と人族の間で諍いが生まれてしまったのだ」


 黒姫さまは眉間に皺を寄せた。


「先ず、人族の内部分裂よな。

 族長の息女は魔族の王子との婚約を破棄してアースタート神に嫁がせるべきと主張する派閥と、約束どおり魔族の王子と結婚させるのが筋だと主張する派閥とに分れよった。

 とどのつまり、神さまにおもねる派と魔族への義理立て派よな。

 大混乱しておる人族の所へ追い打ちのように怒り狂った魔族の外圧が加わった。

 魔族は違約に対して容赦がない。魔族の王は世界を滅ぼしてでも約束を違えさせはしないと主張したし、王子パシフェルもおっさんに激怒した。懐いて仲良うしとっただけに怒り倍増という奴よの」


 私は思わず眉を顰めた。


 当時の公爵さまは黒姫さま同様の十歳か十一歳なんだよね。

 まだ子供。

 さっき黒姫さまは『魔族は情が厚い』と仰ってたし。

 きっとアースタート神に手ひどく裏切られた心境だったろう。


「だがな、魔族以上に強情だったのが我が父である」


 黒姫さまはひどく悲痛な目をした。


「我が父は約束を違えるくらいならば神に反逆すると宣言した。神に反逆した魂は死後、塵となって消え失せ、二度と転生が叶わぬというに。

 だがな、皮肉な事に父の強情が功を奏した。

 魔族は我が父の誠意と覚悟に感じ入り、魔族ほぼ全一致で違約を受け入れよったのだ」

「と言う事は…」


 黒姫さまはコクリと肯く。


「魔族の王子パシフェルと私の婚約は円満に破棄される事となったのだ。魔族の中で反対しとったのは当事者のパシフェルのみであったしな」

「それはなんだか…」


 公爵さまはとても悔しかったろう。


 正直公爵さまはどんだけ美形でも私からしたらただの恐怖の対象でしかなかったけれど、黒姫さまの話を聞いてると、なんだか純朴で腕白な少年像が浮かび上がってくるんだよなあ。


「パシフェルはマジギレしてな。アースタート神に嫁がせるべきと主張しとった神さまおもねり派を手当たり次第ぶちのめして殴り殺しよったなあ、そういえば。なんか、素手で首やら手足やらを千切っては投げしとった」


 わーん、怖いよう。


「辺り一面、真っ赤々の血の海と肉片の山」


 黒姫さまはキリッと顔を引き締める。


「当事者はパシフェルだけではない。もう一人の当事者たる私とておっさんとの婚姻に反対したわ。パシフェルに恋愛感情を持っておったわけではなかったが、おっさんよりはマシだったゆえ。年齢的に」


 だっておっさんは嫌だもの。―――そう黒姫さまは誇らしげに言い切る。


「しかしそこまで嫌がるとは。曲がりなりにも美形なのに。アースタート神って黒姫さまの好みのタイプじゃなかったんですね」

「いや、そうでもなかったと思う。私が大人になってから初対面しておれば案外コロッといったやも知れぬ。

 が、しつこいようだがの。七歳や八歳、求婚の際には少し成長して十か十一歳になっておったにしろ、三十男なんぞどんなに美形でもおっさんでしかないであろ。最初の印象って重要だと思うぞう? 私からしたら奴は最早近所のおっさんでしかなかった上に、中身が残念な事もすでに熟知しておったしの」


 ふぅと黒姫さまは一息吐いた。


「……私とて政略結婚の大切さは理解しておったゆえ。和平の為にどこぞの部族のむくつけきおっさんと結婚しろと言われたとしても、まあ内心はどうあれ大人しく嫁いだ かも しれんが、」

「かも」

「聞き飛ばすがよい」

「はい」

「神の嫁なんぞリスクが高すぎると思わんか? 承諾したらばこの世の終わりまで特に好きでもないおっさんと共に生き続ける羽目になるというに。それを平気な顔して『人族の為に犠牲になれ』ってか。人生一回分なら百歩譲らん事もなかったが、アースタートの奴が求めとるんはそういう一代妻ではなくとこしえの妻だと言うに。そうまで私に犠牲を強いると言うなら貴様が世のため人のために女装して奴の嫁にでもなっとけと。そう思っておったらばパシフェルが血祭りにあげてくれたゆえ、あん時ばかりはパシフェルが格好良く見えたわ」


 ふっとエルイングの顔が脳裏に浮かぶ。

 公爵さまはどっから見ても格好いいと思うし、きっと子供の頃も美少年だったんだろうなと思うけど、幼馴染みだとその顔面の良さはなかなか刺さらない―――と言うのは、まぁめちゃくちゃ理解出来るなと大変に共感した。


「その後もおっさんの求婚は何年か続いた。七~八年? 十年は経ってなかった気がするが、とうとう奴は諦めた。図々しい事に一応可愛がっとるつもりだったらしいパシフェルに蛇蝎のように嫌われた事も堪えておったらしいが、そのパシフェルに仲直りと称して噴火中の山の見学に誘われ、浮かれポンチにもまんまと出掛けて、隙を突かれて熔岩流に蹴り落とされたのがけっこう精神的にキたらしい」

「わあ…」

「オレンジ色の熔岩の中に頭から突き刺さり、ゆっくりと溶けて吸い込まれていったとパシフェルは失笑しながら報告してきよったな。勿論、あのおっさんがそんなんで消滅するならば苦労せんけども。案の定おっさんはしばらくしてピンピンしながら戻って来よった。自慢のサラ髪ロン毛はまだ回復してなくて不格好なショートヘアになっておったゆえ、とりあえず「ざまあ」と指さして嗤ったら―――泣いた。さすがに心が折れたらしい」

「わあ…」


 唯一神。

 唯一で良かった。

 こんなの二人も要らないね…。


「心の折れたおっさんは千年後くらいに目覚めるようアラートをかけて眠りに就いた。それを聞いた私とパシフェルはようやく平和が訪れたと固く手を握り合って祝杯を挙げたんだがのう……」


 黒姫さまのお顔に影が差す。


「あの後、まさか我が身にあんな地獄が待っていようとは……」


 黒姫さまは自身の喉元に手を当てて、ひどく苦しそうに深く深く呼吸をした。

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