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04 部屋の扉をノックしたのは

 翌日、約束どおりダイナと二人で学院祭を廻った。

 講堂近くまで来た時、ふと思いつく。


「昨日、演劇部が神話劇やってたって言ったじゃ無い? 観ようよ」


 誘ってみたけどダイナは「神話とか興味ないなぁ」と渋る。だけど背景にエフェクト魔術が仕掛けられていて凄かったと言うと、俄然その気になったようで、


「そういえば魔術科の他クラスの子で演劇部に入った子がいたわ。映像系魔術が得意って言ってたし、その子が担当した演出なのかも」


 舞台が終わってみると、ダイナも思っていたよりずっと楽しめたらしい。幕が下りてからはずっと件の背景演出についての感想を興奮気味に語っている。

 だけど、誘った当の私が不満だった。背景演出は昨日と同じで素晴らしかったけれど、ストーリーと黒姫の配役と演出が違っていたんだよね。

 昨日のクールでドライな黒姫は間違いなく原初の神話がベースだったけど、今日の黒姫はふられた後、アースタート神を罵倒し、アカネイシャの事もこの泥棒猫がと見下していて、少々感情的だった。

 私が今後エルイングに婚約破棄される際、そうはなるまいと怖れていた醜態をまんま晒していたのよね。


(黒姫役の女優さんの容姿も昨日の黒姫さまとは比較になんないくらい落ちてるし…)


 申し訳ないけどそれが正直な感想だった。

 講堂を出る際、入り口の机に置かれていたチラシ―――昨日は貰わずに帰ったソレを一枚失敬する。よくよく読んでみると舞台の日程表が載っていて、それぞれ詳しい説明がある。


―――原初の神話から古代、中世、近世、近代、

―――ごく最近の流行の説を題材に、

―――ストーリーと俳優を日替わりで変更しています。

―――宜しかったら毎日でもご観覧ください。


 との事。


(つまり、原初の神話&棒読み美女の黒姫さまは昨日の初日だけだったって事?)


 ガッカリしていると、


「あ」


 ダイナがふいに声を上げる。

 ダイナの視線の先を追うと、不自然に生徒達が賑わっている一角があった。

 だけど、特に目立つ誰かや何かが居るようにも見えない。


「エイメ様とクローディア様が口論してる感じ?」


 言われて目を細めて見る。

 エイメ様とやらの顔は知らないけど、人混みの中に確かにクローディア様の姿が見えた。

 クローディア様は伯爵家の令嬢だけど、魔術科に在籍していらっしゃる為、ダイナとは顔見知りで、私も一度だけだけどご挨拶をした事があるので顔を覚えていた。

 クローディア様は向かいにいる女性―――恐らくエイメ様と、なにやら口論の真っ最中のようだ。


「エイメ、言いがかりは止めてくださらない? 私はカシスタンド様より断然第三皇子殿下のファンです。前からそう言ってますよね。私、カシスタンド様とは会話ひとつした事ありませんよ」

「嘘ばかり。皇子殿下のファンのフリをして本当はカシスタンド様に粉を掛けていたんでしょう?」

「意味不明です。根拠を教えて下さいな」

「だってカシスタンド様があなたをじっと見つめていたわ。あり得ないでしょ? なんでクローディアみたいなモブ顔をカシスタンド様が見つめるのよ。絶対あなたが粉かけたのよ!」

「カシスタンド様が私をじっと……ねぇ。ぷーくすくす」

「何がおかしいのよ」

「いえだって。私からしたらカシスタンド様がじっと見つめていたのはあなただし」

「え」

「先週だったかしら。学院祭の準備で忙しくて、階段の踊り場の大窓から庭園を見下ろしていたら、カシスタンド様が珍しくお一人でベンチに座ってらしたの。で、ひたすらある一点を見つめ続けている。何かしらと思って視線の先を追ったら―――あなたがベンチでアホヅラを晒して居眠りしていましたわ」

「庭園のベンチ…… そういえば、先週、疲れてベンチに座ってて、うっかり居眠りした事が…」

「あなたのアホヅラが面白くて見つめていたのかもしれませんが、見つめていたのは事実ですわ」

「私のアホヅラ… 見苦しかった?」

「いいえ、愛らしかったわよ」


 クローディア様はクスッと笑ってエイメ様の頬を撫でる。エイメ様は顔を赤らめ、「わ、私もカシスタンド様に見つめられたのなら、おあいこ…ね」などと言い、クローディア様は「ええ、おあいこよ」と答え、二人は手を繋いで人ゴミの中に消えていった。

 諍っていた二人の周辺に居た者達及び私は全員揃ってアホヅラをキメる他なかった。


「今の何?」


 思わず訊くと、ダイナは「ああ、うん。ははは」と乾いた笑い声を上げる。


「エイメ様とクローディア様って幼馴染みなのよ。関係としてはちょっとアホな所のあるエイメ様をクローディア様があらあらおバカさんねぇって感じで可愛がって面倒見てる的な? エイメ様はさっきの会話からも判るようにモテモテ君派で、クローディア様は本人が仰ってたとおり第三皇子殿下派で、本来喧嘩する必要もないんだよねえ」


 エイメ様のエルイングへの想いは恋に恋する的なアレなのかな。一方のクローディア様は本気で第三皇子殿下にどうこうじゃなくて、エイメ様と恋バナで盛り上がる為に便宜上って感じ?


 それよりも気になったのは―――。


「エル…モテモテ君がクローディア様を見つめていたってのはなんなの?」


 ダイナに問う。


「ああ、うん。ほら。昨日、言ったよね? モテモテ君には本命がいるかもって説。昨日その話題を出した時、言おうかどうしようか迷ったんだけどさ。その本命、クローディア様じゃないかって一部で噂されてるんだよねぇ」


 ダイナはアハハハと笑っているが、私は呆然としてしまった。


 クローディア様が本命?

 エルイングの?

 私じゃなくて?


 あまりに思いがけず、すうっと血が下がる心地がした。

 ダイナは私の様子に気付く様子はなく、話を続ける。


「実際さぁ、私も見た事あるのよね。モテモテ君がクローディア様を熱心に見つめてる現場。だからマフリクス様カモフラ説と本命有り説は根拠無しってわけでもなくて。ただまぁ、信憑性の方はお留守なんだけどね。だってクローディア様がモテモテ君の知り合いに似ていただけの可能性もあるじゃない? だってさあ」


 そうして声を落とし、耳打ちしてきた。


「クローディア様って、背ぇ高くてスタイルはいいけど顔立ちはちょっと上品過ぎるじゃん」


 誰も聞いてないかと周囲を見回しながら。

 上品―――と言いつつ、多分本当に言いたいのは"地味"なんだろうな。


「誤解しないでね、私、クローディア様、好きだし。クローディア様はお顔は控えめだけど中身はとてもいい人よ。伯爵令嬢なのに驕らないし、魔力も高いし魔術も凄くて尊敬してるし。だからね。モテモテ君が日頃からクローディア様と接点があって、その上で好きになったってんなら判るのよ。でもクローディア様が言うには、一度も話した事ないって言うからさ。だから少なくともクローディア様本命説はガセかなって思ったんだよねぇ」


「ああ、うん。なるほど」


 なんとなく腑に落ちた。


 て言うか。


 て言うかさ。


 クローディア様ってひょっとして私に似てる可能性。


 身長は同じくらいだし、髪の色も同じ系統の茶色。

 髪型は直毛ロングヘアを背中に流しているだけって辺りも同じ。

 なにより、顔。

 地味なモブ顔具合がすごく似ている気がしなくもない。


―――ひょっとして、エルイングが本当に見つめたいのは私なんじゃないだろうか。


 などとダイナに訊いてみたくなったが、さすがにどう聞けば良いのか判らなかった。だってダイナが私とエルイングの関係を知っているならばともかく、そうじゃない。何も知らないダイナからしたら「気は確かか」と熱を測りたくなるでしょうよ。











 その後、あちこちの出し物を見て廻り、日が落ちてきたので二人で寮に戻る。

 そろそろ夕飯食べに食堂に行こうかって頃、


「ねぇ、クローディア様ってセーラにちょっと似てるよね」


 ダイナが出し抜けに言い出した。


「ほら、髪の色とか同じだし。全体的な印象とか」


 ああ、やっぱり似てるんだ。


「セーラもスタイルいいしさ。高身長で顔小さくて手足長いから遠目だと目立つし、私、遠目にセーラだと思って手ぇ振ったらクローディア様だった事あるんだよね、あはは。顔は似てないけど」

「似てないけど上品な顔立ちな点は同じと」

「だだ大丈夫! 地味なだけでセーラは充分美人だよ!」

「……ありがとヨ」


 以前、似たような事をエルイングに言われたなぁとなんとなく思い出す。


 やっぱりエルイングは以前同様、私の事が好きなんじゃないのかな。だけど事情があって、私の事を無視せざるを得ない状況に追い込まれているんじゃないのかな。例えばマフリクス様になんらかの弱みを知られてしまったとか。

 弱み、弱みか。

 あいつの弱みというとアレしか思い浮かばないけど。


 突如私の脳内にマフリクス様の姿が浮かぶ。

 可憐なお顔に暗黒微笑を浮かべ、


『ふふ、エルイング様、あなたの"アレ"を知ったわ。学院中、いいえ、帝国中に暴露されたくなければこの私と付き合いなさい、おーほほほ』


 なんて感じで脅迫されてたり?

 ……なくもないわね、だってあいつ、残念な趣味を持ってるからさ。

 実際、あの趣味が学院に広まったら、女子人気一位の座は危うい……かも? どうなんだろう。

 あの完璧な顔さえあればどんな趣味持ってても気にしないって人もいるのかも。

 世の中広いしな。


 などと考えて、


(おおっとぉ)


 苦笑する。

 一体何をぐるぐる考えているんだか。

 結局私は諦め切れていないのか。


 惚れてない、

 ただの幼馴染み、

 好き好き言われたから妥協して婚約してやっただけ。


 そんな事思ってるわりに、どんだけ未練たらしいんだか。


 目を閉じる。


 ねぇ、エルイング。

 どうしてクローディア様を見つめていたの?

 私に似てたから?

 それともなにか別の理由でもあるの?




―――なーんて感傷気味にエルイングとの想い出に浸っていたんだが。




「そういえばモテモテ君の本命候補、もう一人いるんだよね」


 ダイナの発言を聞いて、「んあ?」と変な声が出た。


「私的にはそっちこそが本命なのかなぁて。接点ないからお話した事ないけど、とりあえず目を引く美人だし」

「……お名前は?」

「マリー… なんだっけ。マリーナントカとかナントカマリーとか、そういう感じだった気が」

「どんな容姿の方? クローディア様系?」


 クローディア様系と言いつつ、つまりは私系? とか考えていたんだけど。


「いや、まるっきり似てない」


 ダイナは否定の意味で手をぶんぶん振ってみせる。


「背は低くないけど高くもない感じで、髪色は金髪で顔も派手。美人度で言えば今年の新入生女子では上位10本指に入るかなって感じの」


「…へー」


 黒姫さまに愚痴りたおして以降、多少はなりを顰めていたもやもやが蘇ってくるのを感じた。感情の糸もまた粘りだす。


(ああ、クソ、エルイング。今すぐ私に謝罪したら全部許す)


 今までの事、全部。だからいますぐこの部屋の扉をノックしてよ。エルイングは『セーラ、居る? 今までごめんね、実はこんな事情があったんだ』なんて言って、理由を説明し始めて。そしたらダイナはきっと目を丸くして私達を見るよね。


『セーラ、モテモテ君と付き合ってたの!?』


 きっとこんな風に言うんだろう。そしたら私はドヤ顔で『あいつが私にベタ惚れで~』なんて言っちゃうわけよ。


「……恥っず」


 我ながら妄想の度合いが恥ずかしすぎる。私は思わずベッドになだれ込んでシーツをかぶり、足をバタバタさせそうになり、寸でのところでぐっと堪えた―――その時だ。


 トントンと扉がノックされた。


 妄想ではなくリアルで。

 も、もしかして本当にエルイングが来たりして?


 でもあり得ない。妄想ではエルイングが直で扉を叩いたけれど、現実では男子生徒が女子寮に入り込んでいきなり扉を叩くなんてある訳がない。そんな事をしたら確実に停学だし。

 でも寮の管理人さんなら扉を叩ける。

 だから、


『セーラルルー嬢。カシスタンド伯爵家のエルイング令息が玄関ロビーでお待ちですよ』


 管理人さんの声でそんな風に呼びかけられるのを少しだけ期待した。

 だけど実際はこうだった。


「セーラルルー嬢。ロンドグラム公爵の使いが玄関ロビーにいらしてるんですが……」


「はぁ?」


 思いがけない事すぎて目が点になった。

 だって、妄想どおりエルイングが来たと言われた方がまだ有り得るよ。

 実際、ダイナも唖然を通り越して目が点になっているし。


 公爵?


 公爵―――?


(昨日も黒姫さま―――高位貴族の関係者とお話ししたけど、あちらは確か侯爵家だったよね)


 今までの人生、侯爵だの公爵だのなんて高位貴族とは全くご縁無く生きてきたのに、なんで昨日今日のたった二日で二つもの高位貴族と? ひょっとして死期が近いとかそういう感じ?


 救いを求めるように思わずダイナと眼を合わす。

 だけどダイナは口をパカッと開けたまま首をぷるぷると振っている。

 ぷるぷる過ぎて貧乏揺すりの状態になっててちょっと面白い。

 しかしそんな事を面白がってる場合でもない。


「お早く」


管理人さんの声が扉越しに促してくる。


「な、なんだか知らないけど健闘を祈っとく」


ダイナが呟いた。

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