39 黒姫さまと私【最終話】
黒姫さまは私の陳情を聞くと、「そういえば説明が不足しておったようだの」「いや、そもそも説明をしておらなんだっけか?」なんて言って、
「ではまた後でな」
と仰ってご自身のクラスのある校舎に戻っていかれた。
皇子殿下は玄関ホールを見て、
「おお、お前の待ちかねの人物が来たようだぞ」
そう言い置いてから去っていかれた。
その後エルイングが走りながらやってきて息を切らせて、「遅れてゴメン、女生徒達に囲まれてて。なんか今日はしつこくてさあ」と溢す。どうせそんな事だろうと思ってたし、来たら「一割減でモテなくなるんじゃなかったの?」と因縁つけるつもりだったんだけど、そんな気は失せてた。
だって黒姫さまに声をかけられてすごく嬉しかったから。
私があんまりニコニコしていたせいでエルイングは何か勘違いして照れてたけどね。
ついでに言うと二つ向こうのベンチの女子は項垂れてた。
そういう訳で放課後の昼下がり、私は公爵邸へ約三週間ぶりに訪れたという次第。
ロンドグラム公爵邸。
正直ちょっと怖かったけどね。あの日の公爵さまの様子にビビリ倒していた身としてはね。真面目な話、公爵さまのでっかい手の平が近付いてきた時、私は自分の頭が握りつぶされるんじゃないかって思いましたし。
でも、怖さよりも嬉しさが勝った。
黒姫さまが仰るには、公爵さまはもう私の事は許容して下さっているとの事。
まあでもやっぱり怖いは怖いから一応公爵さまがご在宅か訊いて、「あやつならば今、邸内のダーツルームで趣味のダーツに熱中しておる」と言われた時は、ダーツルームはこのお部屋から遠いといいなあなんて思っちゃいました。
久々に来た黒姫様の豪華なお部屋。
ここ暫く、二度とは来られないんじゃないかって思ってたこのお部屋。
そうして改めて黒姫さまと向かい合う。
「昼間にも申し上げましたが、改めて」
私はゴクッと喉を鳴らす。
「私に。あの時、忘却の術をかけると仰ってましたよね。なのにぜんぜん記憶無くなってないのですが」
そう訊くと、
「そりゃあ記憶はもともと奪っておらぬゆえ」
しれっと言われてしまった。
「奪うって言ってたじゃないですか」
「奪っておらぬ」
黒姫さまは「学院でも言うたが、説明不足であった」なんて仰る。
「当初はな。そのつもりでいたのは確かである。そなたから記憶を奪うのはパシフェルとの約束であった。女伯に神力を奪われ、あやつに釈明に行った際、マジギレしているあやつを宥めるのに大層苦慮してな。そうしたら―――あの男爵令嬢の記憶を奪って関係を絶てと言われたのだ」
「ななななんで」
公爵さまめぇぇぇぇ。
「…私のそなたへの入れ込み様に危機感を覚えたと」
うぐう。
それはちょっとわからないでもないけど…。
「―――嫌だったが、そうせぬと暴れると言うではないか」
「暴れるって。一体なにを」
「神ならぬ身ゆえ天変地異は起こした事はないそうだがな」
「そそそうなんですね…」
「とにかく、パシフェルを宥める為にもと、私は涙を飲んでそなたとの縁を切る決意をしたわけよ。哀しくて少し泣いた」
「黒姫さま…」
「で、しょんぼりしつつ会場に戻ったらばユーリィが死んでおったというわけよの」
「そういう流れだったんですね…」
黒姫さまはコクリと肯く。
「それで私は決意したのだ。そなたから記憶を奪う罪滅ぼしの為にも、そなたの青春の1ページを完璧なものにしようと。その為にはユーリィを死んだままにはしておけぬとな。時間を戻さば、さらなる神力を使うゆえ、パシフェルの怒りがとんでもない事になるであろうと見越してはおったが……。すでに生け贄もおる事だし、そなたの記憶を奪う事で私の味わう悲しみをば重々言い聞かせてやれば、きっとなんとかなるかなーと。多分イケるんと違うかなあと」
キット ナントカナル カナー
タブン イケルント チガウカナア
まさかそんなふわっとした希望的観測で膨大な神力をお使いになったとは。なんですかそれえと思う一方、黒姫さまらしい気もして、まあうん、いいか。
「じゃあ最後に言ってた『許せ』というのは」
「パシフェルがビビらせて悪かったのうと」
「あ、はい」
それにしても。
私の中から黒姫さまの記憶を奪う事。それは私にとっても辛い事だけど、実は黒姫さまにとっての方が辛い事だったのかなってちょっと自惚れてもいいんだろうか。
「そなたがあの日、パシフェルにビビって気絶した後、パシフェルに重々言い聞かせたし。そなた、私の信徒になったろう? そうしたらあやつ、『お前の信徒第一号か、貴重だな』と言うて気を鎮めてくれたゆえ」
第一号。
なんか凄いな、私。
「最古のふられ女、最古の悪役たる私に祈り、願いを託す者など基本、いないのだ」
黒姫さまは実感を込めて言う。
「滅多に…と言うか、ほぼいないのにも関わらず、私の目の前で祈りを捧げている者がいたらば―――私が贔屓の引き倒しをしても仕方が無いと思わぬか?」
ふられてないのにふられたと言われ、勝手に悪役にされてウン万年の黒姫さま。
内心深く深く傷付いていたのだろう。
そう言うと黒姫さまは額にチョップをくれた。
「傷付いたというよりムカついとったのだ」
「そ、そうですか」
なんか、エルイングにふられそうになって腹を立ててた自分と方向性、似てたのかも…。
黒姫さまと私ってきっともの凄く相性いいんだなと思う。
「で、公爵さまの12歳問題なんですが」
「それの事なんだがの」
「はい」
「普通はその案件、脳内スルーする筈なのだ」
「はい?」
「いわゆる認識阻害よの。パシフェルと私の年齢差がおかしい事なんぞ、普通は気付かぬのだ」
「あ」
そういえば皇族ファンなんだか皇子殿下ファンなんだか謎なダイナは全く疑問にも思って無かったような。皇子殿下もユーリィ様も全く気にしてなかったし。あまりに誰も気にしていないが為に、私はかえって聞きづらかったんだよな。だから私は気になりつつもスルーを決め込んでたわけで。
「セーラに認識阻害の効果が及ばぬのはなんでかは未だわからんが…。そなたと私の相性がバッチリすぎるという案外単純な理由やも知れぬな」
「え、そうだったら凄く嬉しいです」
けど、やっぱり気になる事は気になるんだよな、12歳。
すると黒姫さまは言う。
「そなたの言う12歳というのは、現在のパシフェルの年齢から私の外見年齢……と言うか、単に皇立学院の二年生であるという点から17歳を引いた年齢に過ぎぬよな?」
「そういえばそうですね」
「確かにパシフェルは現在29歳だが、私の外見年齢は基本、変わらぬ。若く見積もれば16~17歳。老けて見積もっても20歳台前半といったところよな」
「あ。そういえば不老なんですもんね」
「あやつは五歳の時に私を召喚したのだ」
「召喚!?」
「あやつとは四万五千年前からの付き合いでの。ただ、私は不老不死だが、あやつは寿命が来たらば普通に死ぬ。だが、記憶を保持しつつ転生し続けておるゆえ中身は同じだ。あやつは今生ではこの帝国の第二皇子に生まれたわけだが、当然四万五千年分の記憶も持っておったし、五歳で召喚魔術が使えるようになったらば即行で私を喚び寄せた。私は基本、世界の何処かに常に存在しておるゆえ」
ああ。
公爵さまは黒姫さまの四万五千年の旅の道連れなんだ。
「以来、家族の振りをして生活しておる。あやつが5歳~20歳くらいまでは私は"姉"だったのだが、それ以降は"妹"になり、"娘"になったのは最近である。いつかは孫になり、曾孫になるんでないかの。普通はその認識の変化に気付く事はないのだが…」
「な、なるほど」
何故か私は気付いてしまったと―――。
「パシフェルは現在29歳だが、見た目はもっと若いであろう?」
「はい」
「あやつの魂はヒトではなく魔族ゆえ、外見も前世を引き継ぐし、普通の人間よりも歳を取るのが遅いのだ。これも認識阻害の範囲内にあり、大抵の者は気付かぬ」
あの日の公爵さまの姿が脳裏に浮かぶ。
黒姫さま、公爵さまは神力との相性が悪いって仰ってたけど、それが理由なんだろう。
「すっごい納得しました」
私が力強く言うと、黒姫さまはこっくりと肯く。
「あ、無尽蔵の神力持ちの理由は!?」
「アースタートが詫びのつもりで置いていったのだ」
詫び?
え、何やらかしたんだろう、全知全能の唯一神…。
「やつは今も世界の何処かで眠っておる。ただ、私が消費した神力が積もり積もって一定値を越えると、自分に用でもあるのかと勘違いして起きようとするのだ」
黒姫さまは小声で「用などないわ。世界の終わりまで寝ておれ」とぶつぶつ。
なんかきっと、色々あったんだな。
色々……。
「では事情説明も終わった事だしの。エルイングとそなたのキャッキャウフフな惚気話でも聞かせておくれ」
「いえ、そんなしょうもない話なんかより」
まだまだ聞きたい事が沢山ある。
「……黒姫さま、あの時、質問に答えて下さると仰ってましたよね」
「見てみよ、セーラ。昼下がりの青い空をゆく雲の健やかなることよ」
「あっれれえ? サロンではけっこうノリノリで答えて下さってたのに」
「あれは思いがけず信じてもらえた嬉しさのあまり、一時的にハイテンションになっておったのだ」
「言いにくい事なのですか?」
「そうでもないが、なんか長くなるからメンドクサイなと」
「なるほど。ですが、約束は約束ですので」
「うむむう」
仕方なしと呟いて、黒姫さまは語り出した。
四万五千年の人生について。
全39話で本編終了となりました。
お付き合いいただきありがとうございました。
■追記■20231010
書き漏らしがあったので番外編追加しました。




