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37 エルイングはその大河の名を知らない

 本屋を出た後、何軒かの魔道具ショップを廻り、それなりに堪能した後、僕達はまた辻馬車を捕まえて学院に戻った。

 僕は当然女子寮までセーラを送ったし、玄関ロビーの中まで送るつもりだったんだけど、セーラは寮の扉の前で僕を制して、「ここまででいいから!」と言った。その割に玄関の扉を直ちに開けるのは躊躇ってる様子で、僕はセーラがドアノブを廻すまでずっと横で見守っていたんだけど、暫くして「恐怖の公爵さまを体験した私に怖いもんなんかあるかあ」と気合いを入れると、


「じゃあエルイング、またね!」


 そう一声かけて扉の向こうに消えていった。

 "恐怖の公爵"ってなんだろう。











 セーラとギュリエンターでデートした翌日の早朝。第三皇子殿下が男子寮に使者を寄越して、なんだと思ったら僕を皇宮に招待すると言う。なんか、春先からこっち、後夜祭までの間の事を謝りたいとかナントカ。


 謝罪?


 ホントかな?


 あの皇子殿下が伯爵家令息なんかに頭下げるなんて天変地異の前触れじゃないのかな。


 正直面倒臭いなってのが本音だったんだけど、レスペトルが「皇子殿下といえば…」と、一昨日の後夜祭の夜の事を言い出した。


「そういえばお前、後夜祭の後、どこかでぐーすか寝てたのを殿下がわざわざ送ってくれたじゃん?」


 なんて言われて吃驚。


 そういえばそんな事あったかも?

 と言うか、その辺り夢だと思ってたけど、現実だったんだな。

 そんな奇特な事するんだ、あの殿下。

 寝ぼけていたからなあ、僕。


 とりあえず呼び出された以上はと、僕は承諾した。殿下の使者は頬に公人魔術師のマークが入っていたので「これはもしかして」と思ったら案の定。僕は生まれて初めて魔術による瞬間移動を体験した。たった今まで学院の寮にいたのに、一瞬で皇宮の表門前の広場に到着。まあ、到着地点から皇宮までが思いの外遠かった上、更に皇子の宮までとなると相当距離があって、つまり結局、けっこう歩いた。

 歩きながら一昨日のサロンでの事をつくづく思い返して、ふと思い出す。


 そういえばあの時も僕がさりげなく嫌味を言ったら殿下が小さく謝ってくれたような?


 あの程度の謝罪では足りないとでも思ってくれたのかな。ひょっとしてお詫びになんかくれるって言ったりして? もしそうなら皇宮所蔵の魔道具とかくれないかな。さすがに図々しい? まあ万が一本当にくれたとしても恐らく一生使えないだろうけど。

 

 なんて呑気な事を考えていた僕は、この後、皇子殿下の恐ろしさを知る羽目になったんだ。






 殿下の宮に着いて適当に挨拶をした後、僕は殿下に勧められてソファに座った。しれっとユーリィ嬢も同席していて、普通に僕と同じ下座側のソファに座ってる。以前はうっとり、途中からはげっそり気味に僕に寄り添っていた彼女には最早その頃の面影はなく、なんか妙にスッキリ爽やかな顔してるのがなんか地味にイラッとしたけど、でももう僕には一切興味なさそうだし、セーラを煩わせる事もなさそうだし、となればもうどうでもいいか。


 なんて思っていたら皇子殿下が語り出した。


「女伯の事だが」

「ああ、はい」


 ユーリィ嬢にしつこく魔力攻撃していたという女。

 失われた時間の中でセーラを誣告した女。


 だけど結局退学処分が関の山なんだっけ?


 あの黒髪の皇女さまが言ってたね。

 その辺りの会話をしてた頃、僕はまだ完全に寝落ちしてなくて、

 ギリギリ聞こえてたんだよな。


 なんて考えていたら、


「昨夜、遺体で発見されてな」

「え」


 さすがにちょっと吃驚した。


 いや、だって。つい一昨日まで普通に元気に生きてたわけで。会話もしてたわけで。それがいきなり"遺体で発見された"なんて言われたら驚くよね、普通。


 だけど皇子殿下はケロッとしてる。皇子殿下は基本的に侯爵以下は空気な人だし、女伯の事も殿下からしたら当然空気ってわけで、空気が死のうが「それが何か?」って事なのかな、つまり。

 まあでも、皇族なんてしょっちゅう暗殺の危機に晒されているわけだし、皇宮内でも暗殺未遂事件なんてそこそこあるみたいだし、信頼していた侍女や側近が実は犯人だったりして、それをサクッと処刑なんて事はしょっちゅうあるのが皇族だしな。そもそもだだっ広い皇宮内には反逆を企てた要人専用の牢獄や拷問部屋、処刑場もあったりして、処され済みの罪人の遺体とかが長期間放置されてる環境だしな。やっぱり単なる貴族とは感覚が違っているんだろうなって事は理解する。


 理解出来ないのはユーリィ嬢だよ。初夏頃だっけか「クラスメイトですの」なーんて言いながら僕に紹介してきた女が遺体で発見されたって話なのに、なんかケロッとした顔でコクンとか肯いてるんだけど? 顔色一切変えもしないでさ。僕と違ってたった今初めて聞いたんじゃなくて、事前に知らされてはいたんだろうけど、それにしたってさあ。

 ああでも皇子殿下の妹分だもんな。人生の半分を皇宮で育ったみたいな事を言ってたし、こちらはこちらで感覚が普通の貴族じゃなくて、完全に皇族寄りなんだろうな。

 そういえば皇子殿下の悪口を言ってた奴をド真剣な顔で「処すべきでは…?」と呟いてたところを見た事あった気が。あの時は半分冗談で言ってるのかと思ってたけど今わかった。百%本気だったんだ、あれ。


 ちょっと、いや、かなり引いた。


 なんだろうな。

 僕のミイラ話にはビクついてたし、普通の女の子だなあと思っていたけど、ちょっと見誤っていただろうか。


 まあ、女伯に殺されかけた―――いや、自覚してないだけで一度は殺されたユーリィ嬢に、クラスメイトの死に動揺してヨヨヨとでも泣いとけってのも無理があるし、いいのか、これで。


 うん、まあいいや、僕には関係ないし。


 て言うか、ユーリィ嬢への攻撃に関しては女伯は殺意無しだったけど、セーラへの誣告って、もしもそれが通ってたらセーラは処刑される可能性だってあったんだよな。


 うん、ますます女伯がどうなろうが知ったこっちゃなかったよ。


「えーと、遺体はどこで発見されたんですか?」


 とりあえず世間話風に訊いてみたら、皇子殿下は笑顔のまま少し不自然に沈黙した。


「……さあ?」


 いや、さあ?で済む問題かなあ。


「まあそれは置いといて。実はな。あの女伯は帝都の別邸住まいだから連絡はすべきなんだが、今の所まだ保留にしている」

「え、なんでですか」


 言いながら、出されていたお茶でも飲もうかとティーカップを取ろうとしたんだよ。でも、上座ソファの殿下と下座ソファのユーリィ嬢は邪気のない笑顔で目配せをし合っていて、なんだか嫌な予感がするなあなんて思ってお茶を飲む気が無くなった。なんとなく身構えていたら、皇子殿下が得意げに語り出したんだ。


「エルイングよ。お前には数ヶ月もの間、大変な迷惑をかけた。改めて謝罪する。そして感謝の意も表したい。階段から落下したユーリィをよくぞ助けてくれた。それでな。お前への贈り物を考えたのだ」


 ユーリィ嬢は殿下の"贈り物"に余程自信があるのか、誇らしげな顔をしている。


「女伯の遺体をミイラ化するよう加工してお前に贈呈したいのだが」

「は?」

「聞こえなかったか? 女伯の遺体をミイラ化するよう加工してお前に」

「はあ?」

「聞こえているよな?」

「聞こえてます」


 そりゃあ聞こえてますよ。

 聞こえまくりですよ。


 その上で「はあ?」って言ってるんだよ。


 え?


 この皇子殿下、何言ってんの?


「そうか、きちんと聞こえているのだな」


 殿下は満足げに肯いてる。


 僕はゾッとした。


 え? 何言ってんの、この人。


 怖あ。


 ミイラを収集している僕が言うのもおかしいかもしれないけど、本気でゾッとしたよ。


「お前が欲しいなら、女伯の遺体発見はなかった事とし、行方不明者として処理する。よって遠慮はしなくて良い」

「良かったですね、エルイングさま、いえ、カシスタンド様!」


 なんか、殿下もユーリィ嬢も疑いも無く僕が喜ぶと思ってるみたいで、すごく嬉しそうにニコニコしてる。いい事してあげてるーって顔してる。僕はふしゅぅぅぅぅって感じで全身から力が抜けたし、思わず口を突いて出たのは「キモ…」という言葉だった。


 するとユーリィ嬢が色めき立って、


「カシスタンド様。殿下に対して不敬ですよ?」


 なんて眉を逆立ててくる。

 すると殿下はフッと笑って、


「よい、ユーリィ。今この場での会話は無礼講とする」


 なんて言っててさあ。

 どうだ? 慈悲深いだろう? みたいな顔でさあ。


 ユーリィ嬢は、


「ですが! 皇族と貴族の間にはでっかい大河が!」


 とか言いつのってる。

 いい加減にしろ。


 殿下は僕の方を振り返り、


「てっきり喜ぶと思っていたのだが?」


 なんて言ってる。


 喜んでたまるか、怖いなもう。サイコパスじゃあるまいし、知り合いの遺体なんか対象外に決まってんだろ。素性も生前の人となりも知ってるミイラにどうロマンを感じろってんだ頭大丈夫かよ。僕が好きなのは古代のミイラだ。僕がミイラにロマンを感じる理由って、大昔に普通に、まさに今の僕らみたいに生きて動いていた普通の人間が、長い長い時間の果てに、多少面変わりしたとはいえ、今目の前にいてくれてるって所がいいんじゃないか。多くの人々が古代の遺跡や遺物にロマンを掻き立てられるように、僕はそれをミイラに感じているだけなんだ。僕のミイラ好きはざくっと言えば考古学なんだよ。ただの死体愛好家じゃないんだ。

 ユーリィ嬢、健気に僕の趣味を理解しようとしてるなって思ってたけどあれ、撤回する。ぜんぜん方向性の違う捉え方してたよ、この子。


「要りません。全く欲しくありません。お断りします」


 噛み締めるようにそう言うと、ユーリィ嬢はますます眉を逆立てた。


「殿下のせっかくのご厚意を無碍になさるなんて! カシスタンド様、今日は無礼講との事ですから見逃しますが、もう少し礼儀という物を学ばれた方が宜しいですよ!?」


 なんて言ってる。

 なんだこのアマ殴んぞとちょっと思ったけど、まあどうでもいいか。


「おお、ユーリィよ。愛する男より私の方を優先するのか」


 皇子殿下がそう言うと、


「もう終わった恋ですし! て言うか、恋していた真っ最中でもどちらかを選べと言われてたら当然殿下の一択ですから」


 ユーリィ嬢は力説する。

 皇子殿下は深く肯いて、


「よしよし、その調子で生涯私に尽くせ」


 なんて言ってる。


 好きにしたらいいと思うよ。


 用が済んだので僕はさっさと帰る事にした。












 休暇はすでに四~五日が過ぎた頃、僕は寮を引き払い、別邸に引っ越す事になった。ルームメイトのレスペトルが淋しそうな顔をするので、


「遊びに来ていいよ」


 と言うと喜んでた。


 ちなみにセーラも今日、一緒に別邸に引っ越すんだよね。もともと10歳からの婚約者同士だし、両家の親がサインした書類と、お目付役の執事を配備済みである事を学院側に申請したら、あっさり許可されたよ。


 あの日あの場ではセーラは答えを決めかねていたけど、結局僕の提案を受け入れる方向にすぐに気持ちが固まったみたいだ。

 なんせあの日、帰寮したら寮生達に吊るし上げを食らったらしい。ルームメイトには「騙された」と泣かれたとか。なんとかルームメイトは宥めたらしいけど、寮生活の方は今後、針のむしろになること間違いなしだと嘆いた挙げ句の決断だった。

 うちの別邸に来てもらう為にはセーラが寮に居辛いよう仕向けないとって企んで、実はわざと派手目に婚約者アピールしたんだけどね。

 寮は退寮すれば済むけど、ギュリエンターの魔道具ショップで遭遇したクラスメイト三人の件もあって、通常授業が始まるのが怖いと怯えている姿も可愛い反面、可哀想だった。

 セーラがいじめられないようにする方法があれば即実行するんだけどな。

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