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35 エルイングの迎えた朝

 僕はセーラとようやく縒りを戻した―――と言う夢を見た気がした。


 学院祭最終日の翌日の朝、男子寮の自室のベッドで目を覚ました僕は、ふわあとあくびをした後、なんだか色々な夢を見ていたような気がして、その記憶をたぐり寄せようとしたんだけどね。

 僕がセーラに婚約破棄を宣言して、セーラがそれをあっさり承諾しちゃうとか、ユーリィ嬢が階段から落ちて死んだり、変な女がセーラを陥れようとしたり。あ、なんかセーラがワガママ皇子と仲良くなってる夢も見たような。


「……なんだよ、悪夢じゃないか」


 たぐり寄せる必要もない夢だと判断した僕は、薄れてゆくに任せる事にした。


 そうしてベッドから降りて寝乱れたパジャマを整える。


 この学院は皇族の為のフリールームもあったりするわけで。春頃、そのフリールームをサロンにしている皇子殿下に側近へと誘われて何回か行った覚えがあるけれど、なんか昨夜の夢の中でも行ったような?


 そんな事を考えつつ、室内に備え付けのサニタリールームに向かう。

 すると同室のレスペトルがすでに使ってた。


 レスペトルは伯爵家の嫡男だ。気のいい奴なんだが、僕の方が背が高い上に顔が小さいのもあってか、僕と並んで鏡に映るのを避けたがる。サニタリールームは広いから、洗面台なんか二人くらい列んでも余裕なんだけど、僕はあえて気を遣って先に私服に着替える事にした。


 着替えた後はベッドに背中を預けて天井を見る。


 学院祭は昨日で終わったから、今日から一週間は休暇だ。


 領地に戻って家族と過ごしたりする寮生もいるけど、そういうのは家がよほどの金持ちで移動魔術の使える高位魔術師を雇えているか、領地がせいぜい馬車で一日かかるくらいかの距離の場合だ。大半の寮生はたった一週間の休暇では、行き帰りの往復だけで終わってしまうから大抵居残り。

 じゃあ僕はどうしようかなと思った。

  後夜祭までは付き合ってるフリをすると約束していたユーリィ嬢とはもうご縁が切れた筈だし、じゃあ僕はセーラの所に戻ってもいい筈で。

 問題は、この三ヶ月というもの間、連絡もせず、セーラからの連絡にも無視を決め込んだ僕に対して、きっとセーラがイラついてるだろうなって事で。どんな言い訳をしようかなとか、少し思考を巡らせてみたけど、考えるのも面倒臭くなった。いっそ一から全部話してしまおうか。


 なんて考えてて、ハッとした。


 あれ?



 僕、昨日、セーラと仲直りしなかったっけ?



 なんだかふわりと昨日の記憶が戻ってくる。


 僕はガバリとベッドから飛び起き、サニタリールームの扉を開けた。

 するとレスペトルが大声を上げる。


「エルイング、俺がここにいる時は入らない約束だろう!?」

「何言ってんだよ、そんな約束してないよ。暗黙の了解は約束じゃないよ」

「お前は普段、何も言わなくても気を使ってくれてたじゃないか、信じていたのにい」

「男の友情なんか女の前には塵も同然だよね…」


 僕はフッと薄く笑うと、素早く顔を洗い、歯を磨いて身だしなみを整えると、光の速さで男子寮を出た。そうして向かったのはセーラの居る女子寮だ。


 当然の事ながらお互いの寮は異性立ち入り禁止だけど、玄関ロビーまでは行けるんだよね。管理人に頼めば寮生を呼んでもらえる。僕はうきうきわくわくしながら女子寮の扉を開けたんだ。


 玄関ロビー付近にいた女生徒達がなんの気なしにこちらを見て、

 次の瞬間、どよめきが置きた。


 まるで強盗でも来たのかって騒ぎようだったけど、なんせ声が真っ黄色。強盗よりも痴漢にでも遭ったみたいで、なんかもう凄い。入学前にセーラが怖れていた事のひとつがこれなんだろうなとつくづく思うけど、でも多分最初だけだよなとも思う。ユーリィ嬢と行動を共にし始めた頃もこんな雰囲気になったけど、少なくとも表面上は少しずつ沈静化していったよ。まぁ、知らない間に水面下でユーリィ嬢はイジメを受けていたわけで、それは気の毒したけどさ。


 とりあえず管理人さんに「キサラシェラ男爵家のセーラルルー令嬢を呼んで下さい」と言うと、「ご関係は?」と聞かれたから、僕は聞き耳を立てている寮生達に聞こえるように、それはもう明確かつしっかりはっきりと言った。


「婚約者です」


 と。


 その瞬間、なんか水を打ったようにその場が静かになった。そして僕は謎の優越感に浸ってた。多分だけど、セーラを婚約者とする事で羨ましがる人はそんなに居ないんだとは思う。でも僕がセーラを好きだからそれでいいんだ。


 しばらくロビーで待っていたら、セーラが来た。

 大勢の寮生達に囲まれてた。


 みんなものすごい目でセーラを睨んでいて、でもセーラ本人はといえば、この僕に怒ってた。階段の降り口に仁王立ちして僕の姿をじっくりと確認すると、トトトトと階段を降りてきて、僕の襟首をむんずと掴むなり、小声で「どういうつもり!?」とドスを効かせてくる。


 なんかさ。


 ここ数ヶ月、ほんとセーラとは疎遠になっちゃってた分、セーラの顔がすぐ傍にあるのが嬉しかったし、間近でドスの効いた声を聴くのも嬉しすぎて、ちょっと顔面がとろけそうになりました。でも僕の顔面がとろけたらセーラが自慢出来なくなるかなと思って必死でキリッとしてた。


 そうしたらセーラのすぐ背後で、セーラの背中をトントンと叩く女の子がいた。細かい巻き毛に赤紫髪のまあまあ可愛い子。

 セーラが振り返ると、


「ねえ? セーラさあ。モテモテ君とどういうご関係なの?」


 と訊いてる。


 モテモテ君って僕のことかよ。

 なに変な仇名つけてんだ。

 まあいいか、どうでも。


 セーラはギギギギギと歯ぎしりして呻っていたけど、

 黙ってるのも変だと思ったのか、


「じ、実家の領地が近くて。親が友達同士で。実は小さい頃から顔見知りで」


 なんてすっとぼけようとするので僕はスンッと真顔になった。

 だから赤紫髪の子を見て、


「いえ、婚約者です」


 にっこり笑ってそう言うと、セーラはこれ以上の言い逃れは難しいと悟ったのかな。


「何を隠そう…… 婚約者、ですネ」


 と小声で呟く。

 多分、セーラは赤紫髪の子だけに伝えるつもりだったんだろうけど、残念。セーラを呼び出す前に僕がとっくに寮生に聞こえよがしに暴露してるっての。ざまあ。

 実は僕はちょっとセーラに怒っていた。

 婚約"ハキ"と言った時、あっさりさっさと了承した事、僕はそれなりに傷付いていたんだ。

 そりゃ僕にも悪い点はあったけど。


 まあいいや、過ぎた事だし。


 だけど、


「はあ? なにその冗談、受ける-」


 赤紫髪の子は僕がさっき寮生に向けて暴露した時はその場にいなかったみたいで、そのせいか、セーラの言葉を疑った。でも、バカにするニュアンスじゃなくて、なんかこう、ちょっとだけ怒ってる感じの声音。

 そういえばセーラと一緒に階段を降りてきたし、ひょっとしてこの子が噂のルームメイトだろうか。春先、まだなんとか図書室デートを続けていた頃、セーラがルームメイトの事を話していたけどその子なんだろうな。確か、僕より第三皇子殿下のファンだとかナントカ。趣味悪いな。まあそれはどうでもいいけど、それを言った時の当時のセーラが僕に対して「ざまあ」とでも言いたげだったのがそういえばムカついたのを思い出す。まあ今更どうでもいいけど。

 

 僕が色々考えている間にもセーラと赤紫髪のルームメイトは小声で会話し合っていた。


「いやあ、なんつうか、ごめん。残念ながらマジなんだよね…」

「ええ? ないわー さすがにないわあ、嘘って言ってよセーラさあん」

「ちょっとお、ダイナさんさあ、"秘密のミッション"は信じるくせにい」


 なんか長々と仲良く言い合いしているセーラの腕をひっつかみ、無理矢理僕の方を向かせた。


「今日暇? ギュリエンターの魔道具ショップ街行こうよ。ここに入学する前から約束してたよね」


 ギュリエンターというのは帝都にある有名な古物通りで、新品の魔道具ショップと古魔道具ショップが建ち並んでいるんだよね。


「確かに約束した。でもそれ以前にさ」


 セーラは周囲を見回し、寮生達の冷たい眼差しにあてられながら、一層声を低くして耳打ちしてくる。


「学院では赤の他人のふりするって約束の方はどうなったのよ?」

「……そんな何ヶ月も前の約束、わすれていまシタ、ネ」

「いや、忘れてないでしょ。こないだの手紙、ちゃんとこっちの要望に添ってたじゃん」

「……わすれていマシタ、テ言ってるじゃなイカ」


 僕が目をそらしてそう言うと、


「わざとだ…」


 セーラは愕然とした顔をしていた。

 なんか絶望の二文字が顔面に浮かんでた。


「細かい事は置いておこうよ。ね?」

「置くな」

「さあ、出掛けよう」


 僕はセーラの肩をググッと鷲掴んで玄関から押し出した。


 セーラはものすごく困ったって顔をしてて、「あーあ」とか「しょうがないなあ」とか言ってたけど、一歩一歩歩く内にだんだん諦めたみたいだ。


 セーラが言う。


「当たり前のように横にいた存在が帰ってきて、なんでこんなに安心しちゃえるのか。こうやってなし崩し的に元鞘にされるのが無性に腹立たしい。いやもう、真面目に。本気で」

「ごめんなさい」


 謝罪で済むなら何回でも言うよ。

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