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34 地響きと共に

 21時32分15秒。

 とうとう来たこの時間。

 一体何か起こるんだろう。


 いやでもさんざん煽られたけど。蓋を開けてみたら大した事なかったー…みたいなオチで終わる可能性ないのかな。実際、エルイングの件なんかまさにそれだった気がするし。ほんと、ここ数ヶ月というもの、私の事が大好きなエルイングに一体何が!? って思ったわけだけど。蓋を開けてみたら、結局やっぱり、あいつが好きなのは私だけだったわけだしな。黒姫さまのような美女を前にしても一切揺らがなかった事には、実のところちょっと感動を覚えたし―――。


 なんて事を0.01秒くらいの間に一瞬で考えた私は、期待を込めて黒姫さまを見返した。いつもみたいに優雅な姿で泰然としててくれないかなあって。黒姫さまの手の中の輪郭バチバチのハンマーなんかは見なかった事にして。


 だけど時計を見上げていた黒姫さまは、ちょっとばかり顔面蒼白気味で。


「ええい、ままよ」


 輪郭バチバチハンマーをパッと放棄して、手の平を弧を描くように空間に旋回させた。すると黒姫さまと私はなにやらシャボン玉のような、まるくて透明な膜に包まれる。


 膜の外を見るとモノトーン。


 皇族御用達なだけあって、それなりに華美で豪華だった筈のサロンの室内がすっかりモノトーンに変色した。窓の外を見ると多分そちらも。夜だから基本、暗いんだけど、それでも色彩が失われている事は判る。


「く、黒姫さま、ひょっとしてまた時間を止めました?」

「……この膜の内側以外は21時32分15秒で止まっておる。応急措置ゆえ、先ほどよりは柔いがな。パシフェルを―――少しくらいならば足止めできよう。セーラ。そなた、先ほど気になる事を申したよな?」

「はい? なんでしたっけ」


 パニックのあまり頭が真っ白で、脳から思考が抜け落ちてる。


「先ほど、なんか妙な事を言うておったではないか」

「えーと?」

「なんか、12歳がどうのとか」

「ああ、はい」


 私はコクリと肯いた。


「公爵さまって現在のお歳は。えっと、29歳くらい? と、前にルームメイトと話してて、そのくらいかなと思ったんですけど」

「いかにも」

「でも黒姫さまって17歳くらい…… いや、実際には四万五千歳かもしれませんが。なんか、29歳の男性が17歳の娘さんのお父上って事は、12歳の時にお作りになったんだよなあって。ふっしぎだなあと、ずっと思っていたんで、すケド…」


 なんか言ってて虚しくなってきた。

 黒姫さまのお歳が四万越えという時点で、最早12歳問題って重要でもなんでも無くなったよね、これ。それ以前の問題だよね。黒姫さまという存在の不思議さを前にしたら、今更公爵様の"12歳問題の謎"とかめちゃくちゃどうでも良くなってきた気がする。


 続けるべき言葉が浮かばず、思わず瞼を閉じる。


 私、ひょっとして夢でも見ているのかもってちょっと思うのよ。さっきエルイングは一人でグースカ寝てたけど、実は私も並んで一緒に爆睡とかしてる可能性ない?

 そうしてそんな私を黒姫さまや皇子殿下が苦笑しながら見守ってるの。


 なんて呑気な情景をほとんど現実逃避よろしく想像していたんだけど。


 そうしたら、黒姫さまが突然ビクッと身を震わせた。

 その直後、遠くからなにやら地響きのような音が聞こえた。


「……!?」


 私は驚いて地響きの聞こえてくる方を見る。


 膜の外側のモノトーンの世界が小刻みに揺れている。


 そして、なんだか。

 遠くの方からズシーンって音がするんですけど。


 ズシーン……


 ズシーン……


 ズシーン……


 って。


 何なんですかこの音。

 しかもこの音、なんだかゆっくりゆっくり近付いてくる。

 音が近づいてくる度に地響きの音は大きくなって、

 耳に伝わる振動はだんだんズシンッ… ズシンッ… に変わる。


 竜か何か、巨大生物が近くで歩いていたらこんな音するかも?

 なんて思いつつ、黒姫さまを見ると。


「あやつが来よったわ…」


 とか言ってる。


 知ってた。

 なんか、そうなんだろうなって。


 黒姫さまと私がいる、このまあるい膜の外って、確か時間が止まってるんじゃなかったっけ。じゃあさ。このズシンッッって音は一体なんなわけ?―――なんてね。考える端から気付いてしまっていた件。

 なんだかぶわっと冷や汗が吹き出す。


 やがて、ズシンッッ…という音は、サロンの扉の前で止まった。


 私が「黒姫さまあ」と呟くと、

 黒姫さまは庇うように私の前に立ち塞がる。


「大丈夫だ、犠牲は女伯が一人で請け負ってくれるとも。多分」

「多分て」


 そんな会話を交わした直後、いきなり扉にビシッと青黒い閃光が走ると共に亀裂が入り―――扉が粉々になった。


 扉の向こうには背の高い男性が立っている。


 公爵さまだ。


 ロンドグラム公爵。


 以前、皇宮の魔道具倉庫の少し手前でお見かけした、とても美しい男性。

 野性味と優雅さを兼ね備えたような。

 以前お姿を見た時と同様、黒い髪と黒い服装。―――でも。


 あれ?


 私は小首を傾げた。


 公爵さま、お肌の色が白に近いような灰色なんですが。

 水色だった筈の瞳も灰色なんですけど。


 時間の止まった世界と同様のモノトーンな配色なんですけど。


「黒姫さま。あの、公爵さま、普通に時間が止まっていらっしゃる?」

「止まってる―――筈なんだが、なんでか動いとんのな。なんでだろ」

「気合いでしょうか?」

「まあそれもあるんだろうが。あやつ、神力とは相性が悪いゆえ、そのせいかもわからんが」


"止まっている"筈の公爵さまは、扉を破壊した後、再び地響きを立てながら一歩一歩ゆっくりと進んでくる。


 ずいぶんと歩きにくそうだ。

 まるで濁流の河の底を、流れとは逆に歩みを進めているかのような。

 止まった時間の中を歩くというのは、そういう事なのだろうか。


「…えげつないのう」


 語尾が少し震えている。黒姫さまと出会ってからまだ10日しか経ってないとはいえ、それでもこんなご様子を見るのは初めてで。今まで黒姫さまといるとなんだか不思議な安心感に包まれていたんだけど、今回ばかりはちょっとなんだかアレな気が。ひょっとして相当ヤヴァイ状況なんだろうか。なんだろうな。


 もしも。


 もしもだけど、黒姫さまの身にまで危険が及ぶなら。


 ここはやっぱり私がお庇いするべきだよね。

 だって私、してもらうばかりでぜんぜんご恩返し出来てないんだし。


 でもどうやって。


 オロオロしている間に公爵さまは、とうとう私と黒姫さまの入ってるまあるい膜の前まで到達した。してしまった。緩慢な仕草ながら、公爵さまの拳がゆっくりゆっくりと膜を抉ってくる。


「きゃあ」


 私は思わず悲鳴を上げる。


 一打目の拳は膜を突き破るに到らなかった。だけど、その後もゆっくり、あくまでゆっくりと、二打目三打目と打ち込まれる。しかも膜の抉られる深度がどんどん増していく。


 ずっと黙っていた黒姫さまが、


「セ、セーラよ。てっ提案なのだがっ」


 膜の外の公爵さまを凝視しつつ、かなりビビリ気味に背後にいる私に話しかけてきた。


「は、はい!」

「そなた、私の信徒にならんか?」

「あ、はい、なります! て言うか、とっくになってます!」


 私がそう言った次の瞬間、公爵さまの拳がとうとう膜を突き破る。全身モノトーンだった公爵さまは、膜の内側に入った拳のみ、生気のある色に変わる。次には割れた膜の中にもう片方の拳も突き入れてきて、両手で膜の破れ目を握ると、ビリリッと力任せに縦に引き裂いた。


 そうしたら、黒姫さまの作ったまるい空間は塵と化し、

 モノトーンだった世界に色が戻る。


 当然、目の前の公爵さまも。


 もともとの髪と服装が黒なのでそんなに劇的ではないけれど、生気のある色合いの白い肌と水色の目とが有ると無いのとでは違う。

 その水色の瞳は凍てついていて、黒姫さまの肩越しの私を見下ろしている。

 その瞳を見ただけで、どれだけ激怒しているのかを肌で感じた。風雪の吹きすさぶ極寒の地に全裸で投げ出されたかのような恐怖心が背中を走った。


 視線で肌の肉を削がれる心地。

 全身が泡立って溶かされる心地。


 妙に足下が覚束なくて、立っているのがやっと―――と思ったと同時に尻餅をついちゃった。


 黒姫さまはそんな私の前にあくまで立ち塞がり、


「パ、パシフェルよ。残念だったのう。この娘は私の信徒になったゆえ、手出しはさせんぞ、けしてな」


 まるで強がりのような言いよう。


 こっそり拾って飼育していたペットの存在が親バレしちゃって、小さい娘が「ちゃんと最後まで面倒見るから」って泣きついてる場面がなんか、不覚にも脳裏を過ぎっちゃったんですけど。


 いやでも、このお二人、父娘だから、そんな場面を想像してもそんなに変でもない?

 でも、黒姫さまが四万歳越えで、公爵様は29歳なんだよね?


 あれえ?


 これホント、どういう父娘なんだろうなあもう。


 すると公爵さまは、私に向けていた視線をふいっと外す。

 こめかみにでっかい青筋を立てながら、黒姫さまの両手首を片手で握りこむ。

 そのまま高く吊り上げて、


「ユンライ、お前。とんでもない事をしたな」


 ドスの効いた声で呟く。


「あいつの"起床"が早まったぞ?」


 まるで言い聞かせるみたいにそう言う。


 あいつって誰だろう。


 色々訊きたい事があるのに。


 でも黒姫さまは哀しそうに私を見て、「許せ」と淋しそうに笑う。


 公爵さまは黒姫さまをぐぐっと懐に抱き込むと、再び私を見下ろして手の平を向けてくる。その手の平に視界が塞がれたと思った次の瞬間、私の視界と意識は暗転した。

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