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33 21時32分15秒

「ではお聞かせ下さい。大事な話とは一体?」


 もうすぐ公爵さまがいらっしゃるって瀬戸際、それでも話したい大事な話。

 私は居住まいを正して黒姫さまを見た。


「うむ、実はだな」


 黒姫さまは実に深刻そうな顔をする。


「パシフェルは怒っておるのだ」

「いや、それはもう判ってます」


 実はもクソもないですよね?


「尋常ならざる怒りようでの。女伯が私の神力を奪った時点でもうヤヴァすぎたのだが、その後、私はあやつの所に釈明に向かうのと会場に戻るのとで、瞬間移動を二回分。あやつ、とっくに怒り狂っておるゆえ、追加でこのくらいは誤差の範囲内だと私は思っておったのだ。

 が、その後、時間を止めたり、戻したりでこれまたとんでもない神力を使った次第だ。

 カクレミーノに換算すると……。すまん、換算すら出来ぬなコレ。ザクッと雰囲気だけ伝えるとすると、落っこちてきた巨大隕石が空中爆発するのを防ぎつつ宇宙の彼方にバットで叩き返すくらいの神力を使った感じだの」


 私は首を捻る。


「……わかったようなわかんないような感じです」


 黒姫さまの説明は想像の範囲を超えていた。


「とにかく、割と途方も無い神力を使ったとだけ把握すれば良い。女伯に奪われた神力など比較にもならない量を、時間停止と巻き戻しの為に使ったのだ」

「了解でス」


 私は拳をギュッと握って黒姫さまにニコリと笑って見せた。


「で、私がその神力を使った時間が21時32分15秒なわけだ。時間を戻したゆえ、今現在のパシフェルは私のやらかした未来の神力消費を知らぬ。あやつのたった今現在の認識では、女伯に奪われた神力と、せいぜい瞬間移動分の神力しか私は使っていない事になっておるのだ」

「ああ…」


そういう事でしたか。


「今から20分後…、いやもう後15分後か。とにかく21時32分15秒が来た瞬間、あやつは知ってしまうのだ。私がやらかしたという事を―――」

「それは…」


 私は背筋に寒気を感じた。


 これって誰のせいになるんでしょう?

 今回の件だとやはり女伯が―――と言うのは、先ず間違いなく確定だけど。


 え?


 ひょっとしてそれでは済まないかもな感じ?


 ユーリィ様を死なせない為に時間を戻したんだから、では責任を取らされるのはユーリィ様? いやいや、それじゃ本末転倒じゃないの。そもそも私がエルイングに振られる時、クールでドライにだなんてしょうもない願いを黒姫さまに願ったりさえしなければ―――って線で考えると、私が責任取るべき?


 目と腕に大怪我をしていた皇子殿下の姿が脳裏に浮かぶ。

 たった17リエン分の神力消費であのザマ。


 では私は?


 ああでもないこうでもないと呻っていると、


「落ち着くが良い、セーラ。パシフェルめに捧げる生け贄は女伯一人で事足りるゆえ、そこは気にせんでよい!」

「そうなんですか!? やったあ」


 私は思わずガッツポーズを決めたんだけど、


「多分!」

「多分!?」


 そんな曖昧な。


「いや、大丈夫だ、安気にしておれ」

「は、はい…」


「多分」

「だから! 多分て!」


「大丈夫だ。私が全力で護ってやるゆえ」

「く、黒姫さまあ」


 黒姫さまは目を細めて微笑む。


「時間を戻す前、私は言ったよな? ユーリィは運が良いと」

「はい、仰ってました」


 すると黒姫さまはすいと私からを目線を外す。

 そして少し物憂げな目になった。


「私の神力をたとえ無意識にしろごっそり奪った時点で女伯の命数は尽きておった。そして、女伯という生け贄がすでにいたからこそ、私は時間を止めたり巻き戻したりする気になれたのだ。言葉は悪いが、ユーリィが助かったのはもののついでだ。そなたの青春の1ページの為だけに戻したのであるからな。でなかったら私はユーリィの為に時間を戻したりはせなんだのだから」


 私は愕然とする。


「そ、そうだったんですか? 黒姫さまとユーリィ様は昔からのお知り合いだし、お従弟の皇子殿下の為だからとユーリィ様を助けたのだとばかり思っていたんですが…」


 ユーリィ様の命よりも私の青春の1ページの方が重いと―――黒姫さまは仰るのだろうか。それはさすがにどうなんだろうかとちょっと混乱してしまう。


「ドン引きしているのが判るぞ、セーラ。だがな、私はたとえ死んだのがキャシュレットだったとしても、本来ならば時間を戻したりはせぬ。セーラよ、そなたならば別だがな」


 私は言葉を失った。

 なんでこんなに私なんかに肩入れしてくださるのか。

 もう本当にわからない。

 お気持ちは嬉しいけれど、でもなんで?って。


「あの」

「なんだ?」

「私、ひょっとして黒姫さまの前世の妹とかだったり?」

「違う。そういうんではない」

「母親とか姉とか娘とか、なんか親戚的な」

「違うと言うておろ」

「なんでそんなに私に肩入れしてくださるのか判りません」


 心の底からの疑問だった。


 だって私はつい10日前に知り合ったばかりの無力な男爵令嬢に過ぎない。一方の黒姫さまは皇女さまで。同じ生命体なのかと疑う程の美女で、しかもあんなにも凄い神力を持っていて、魔術の天才のお父様もいて。本来なら私なんか歯牙にもかけてもらえない筈。それなのになんで。


 すると黒姫さまは言った。


「そなたが黒姫像に祈っておったからだ」


 それは前にも聞いた気がする。

 でも正直、本気には受け止めていなかった。


「一体どういう…」

「私はな。いわゆる神話の黒姫、その本人なのだ」




 ……はい?




 なんか凄い事を言われた気が。




 え?




 神話の黒姫。

 神話の黒姫というと。


 婚約していたアースタート神と破局した魔族の女王。

 人間の女アカネイシャに婚約者を奪われた、最古のふられ女(黒姫さま談)。


 原初の神話の黒姫は、ふられても特に動じる事はなかった。


 後の伝承では、ふられた事に激怒し、アースタート神を罵り、

 沼に身を投げて死んだとか、恋敵のアカイシャを呪い殺したとか。

 そんな風に伝わっている。


 言わば最古の"悪役"でもある。


 一方アースタート神は、妻にしたアカネイシャを寿命によって喪って以降、

 今も世界のどこかで眠っている……。




 ん?


 んん?


 私はこめかみを親指で押してみた。


 黒姫さまが"黒姫"なら。


 魔族の女王なのになんで魔力ゼロで神力持ち?

 て言うか、なんでこの帝国の皇族?

 黒姫さまは皇帝の第二皇子であるロンドグラム公爵さまの娘さんで、皇女さまで。


「…………つまり」


 私はたっぷり三分ほど悩んだ後、言ってみた。


「黒姫さまの前世が、かの神話の黒姫であったと……?」

「違う。私がそれそのものなのだ。前世もクソもないわ」

「なんか、お名前襲名的な」

「わからん奴よのう~」


 いや、判ってたまりますか…。


「まぁ、信じられぬのも無理はあるまいて」


 黒姫さまは少し淋しそうに笑う。


「え? いえ、信じますよ」


 私は自分でも意外な程、きっぱりとそう言った。


「私はなんの変哲もない凡人なので、自分でも理解可能なように咀嚼しようとしただけで。ほら、前世だと言われたら納得もし易いじゃないですか。前世じゃないなら他になんだろうって悩んだりはしますけど。でも、私が黒姫さまの言葉を疑うなんて無いですから」


 すると黒姫さまは目をぱちくりとさせる。


 10日前の学院祭初日、舞台上での黒姫さまはビックリする程の美女である反面、無表情でいらしたし、その後もあまり表情筋の動かない方で、でも慣れてくるとちょっとした眉や目尻、口元の幽かな動きでなんとなく判断出来るようになって、今では思ったほどは無表情ではないと感じていた。

 でも今の目をぱちくりとしたお顔は本当に無表情とはとても言えない顔だなと思う。


「私、黒姫さまが私の印籠になって下さるって言ったあの瞬間、黒姫教に入信考えましたし」


 そう言うと黒姫さまはでっかいアーモンド型の目を見開く。


「それに、黒姫さまみたいな人間離れした美女が普通の人間なわけないかなって思いますし」


 そう言うと、


「それはそうかもしれんのう」


 黒姫さまは思い切り表情を緩ませて笑った。






「では、黒姫さま。とりあえず簡単なプロフィールをお願い出来ますか。先ずはお名前。本名が"黒姫"なんですか?」


 私が訊くと、


「いや、本名はユンライだ。私のこの名が後世まで伝わらなんだのと、外見の特徴で後の人々が勝手に名付けたのが黒姫というわけだな」

「気になるご年齢をば」

「四万から五万歳だと思う」

「ええ?」


 ぶっふぉと私は噴いた。


「ババアで悪かったのう」

「いえ、そんな」


 ババアなんて可愛いレベルじゃないです。


「とりあえず四万五千歳前後って事にしておこう」

「了解です」


「誕生日とかはわからぬ。なんせ当時は暦もなかったゆえ」

「黒姫さまがアースタート神にふられたって件は…」

「あれはガセだ」


 黒姫さまはすうっと目を据わらせた。

 そうしてこめかみに青筋を立てる。


「ガセ……」

「そもそもはアースタートの奴めが私に求婚して、私がお断りをした立場なのだ。ふられたのはアイツだというに、後の世の奴らが好き勝手に伝承を改変しよってぶつぶつぶつ」


 神話ではアースタート神って全知全能の唯一神って事になってるんだよね。実際の所はどうなんだろうと気になったけど、それよりも私はこの美しい黒姫さまの恋敵になれたアカネイシャへの興味が勝った。


「アカネイシャという方は?」

「アカネイシャは後の世の人々が神話に勝手に組み込んだ別の伝承の主人公よ」

「ええ!? じゃあアカネイシャがアースタート神の妻ってのは」

「勿論ガセである。私がアースタートを振ったのが四万五千年前、アカネイシャが実在したのは一万二千年ほど前。ぜんぜん時代が違っておるわ」

「マジョリカは」

「アカネイシャの恋の手助けなぞはしておらん。アカネイシャの親友ではなく遠縁で、どっちかというとアカネイシャとは不仲だったと記憶しておるぞ」

「なんですか、それ。歴史の真実、面白いんですけど!」


 すると黒姫さまは破顔する。


「……いや、なんか、ホントに信じるとは思わなんだわ」

「え、嘘なんですか?」

「真実だとも」


 ふふんと鼻を鳴らす黒姫さまが可愛らしい。


 他にも聞きたい事がある。


(そうだ。先ず、なんで魔族の女王なのに魔力ゼロで神力持ちなのかって辺りを訊かなくては)


 そう思った時だった。

 ふいに黒姫さまが時計を見上げる。

 見上げたまま、声を掠らせる。


「セーラよ。しくじったぞ…」

「え?」


 釣られて私も時計を見上げた。


 長針と短針が21時31分を指していた。

 巨大隕石を宇宙に叩き返すレベルの神力―――を黒姫さまが消費した事。

 それを公爵さまが知るまで―――あと1分と15秒。


「しもうた。想い出話に打ち興じている間に"大事な話"を言いそびれておるし!」

「ええ? てっきり黒姫さまの正体が大事なお話なのかと」

「いつの間にか話が脱線しておったわ」

「ええー? なんなんです? 大事な話ってえ」

「……もうすぐそなたに忘却の術をかけると―――事前に報告しようと思っておったに」

「忘却?」


 忘却って。


 ただひたすらに黒姫さまの四万五千年の人生に向いていた私のハイテンションな興味が、突如冷水をぶっかけられたように鎮まる。


 え?

 どういう事?


 ひょっとして私、黒姫さまの事を忘れさせられちゃうの?

 黒姫さまが私の後ろ盾になって下さった事や、

 色々尽力してくださった事や、

 あんなに無表情だったのに、

 さっき凄く可愛らしく笑って下さった事とか全部?


 それを私の記憶の中から奪うとか?


 まさかそんな。


 え? 酷くない?


 忘却とか絶対嫌なんですけど。


「では残念だがセーラよ、」


 黒姫さまが片腕を横に突き出した。

 さっき、黒姫さまが時間を止めるときに用いたポーズだ。

 やがて手の平にパチパチと小さな雷が現われて、そして。


 ひょっとして今から忘却の術を私にかけるのかなあ。


 そんなの酷い。


「嫌ですよ、黒姫さま。黒姫さまが"黒姫"だなんて、そんな面白話ふっといてバックレるとか。さっき言ってた神力無尽蔵というのも気になるし。無尽蔵なら減らないのに公爵さま、なんで激怒するのかって。さっき私、訊きましたよね?」

「セーラ…」


 黒姫さまの顔が悲痛に歪む。


「酷いです、さっき、後で質問に答えて下さいって言ったら、わかったって仰ったじゃないですか」

「……うむ、確かに言ったな」


 哀しそうに眉を顰める。

 

 て言うか、ちょーと待ったあ。黒姫さまの手の平のパチパチとしたソレ、ハンマー型なんですけどお? ま、まさかそれで私の頭部をぶっ叩いて物理で忘れさせるとかあ!?


「セーラ、安心せよ。痛くないよう叩くゆえ」


 いやいやいやいや、何言ってんですか、この方あ。


「そそそそうだ、公爵さまの12歳の謎とかもめっちゃ気になってて、いつか質問しようと思っていたんです。せめてそれ、答えてくださいよお」


 もうほとんど一か八かの泣き言だったんだけど。

 

「待て待て待て待て、セーラよ、待て」


 黒姫さまが急に動きを止めた。

 そして、ちょうどその時。


 時計の針が21時32分15秒ジャストを指した。

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