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31 女伯は不敵に笑う

 女伯の形相にビビリつつ、「ねえ、エルイング」と、私は小声で耳打ちした。

「なに?」とエルイング。


「この人、あなたの知り合いなのよね? 学院でそこそこ関わりがあったみたいだけど」


 そう訊くと、エルイングは「まあ、一応」と肯いたけど、そこそこかなあ、ほんのちょっとだと思うけどなあとブツブツ言ってる。


「僕が一人でいる時に限ってよく声をかけてきた子の内の一人だけど」

「…三日くらい前、あなたの隣をユーリィ様が留守にしたせいで、あなた、女生徒達にもみくちゃにされた結果、この女伯とどっか行ったのよね?」

「ああ、うん。なんかもう人集りに酔って、断るのも面倒臭くなってきたから。て言うかセーラ、なんで知ってるのかな? 見てた?」


 心なしか声音が弾んでいる。


「いや、人に聞いたもんで」

「そう…」


 エルイングはフフッと顔に陰影をつけて笑う。


「……あなたがこの人を何回か見つめていたって証言もあるんだけど」

「ああ、うん。そうかもね。…なんか、どこかで見た事のある顔だなあとは思ってたから」


 すると女伯は顔を輝かせる。私の言った「見つめていた」とか、エルイングの「どこかで見た事のある顔」と言う言葉に反応したようで、


「エルイング様、やはり私の事を。五年前、デンスレイドの魔道具ショップでお会いしましたよね。私とエルイング様は幼馴染みなのですわ」


 そう言われたエルイングは、だけど「え? どういう事?」という顔をして、摩訶不思議な物でも見るように女伯をまじまじと見つめる。


 私はエルイングに耳打ちをした。

 五年前に会った事があるよ、こんな事があったよと。


 そう言われてエルイングはしばらく考え込んでいたけれど、後頭部ぶっ叩き事件にまで言及してもピンと来ないようで、最終的に「そんな事あったっけ?」と首を傾げて終わった。どうやら全く思い出せないらしい。女伯の顔はなんとなく覚えていたらしいのに、なんてこった。エルイングは女伯の"紫の瞳"についての絡繰りを知らないから、その辺りの齟齬でピンと来ないのかもしれない。


 すると、


「あの、エルイング様!」


 女伯が堪えきれないとでも言うように声を上げた。


 私達が耳打ちし合っているのが女伯には相当に不快だったらしい。確かに、まるで見せつけてるみたいだもんね。そりゃそうかと思ってエルイングから離れようとしたんだけど、エルイングはそれを許さず、私の肩に置いた手にググッと力を込めて抱き寄せようとする。


 女伯はますます色をなした。


「そもそもその女は誰なのですか? 私やユーリィ様を差し置いて、そんな、出し抜けに現れた見も知らぬ女を…」


 そう言うと、エルイングはキョトンとした。

 らしくなく目を丸くしてるなと思ったら、次の瞬間、艶然と笑った。


「出し抜けに現れた? 見も知らぬ? こちらの女性がですか? 僕からしたらあなたの方がよほど"見も知らぬ"存在なのですが」

「私はあなたの恋人であるユーリィ様に紹介された身ですし。それ以降は度々お話をした仲でもありますよね。しかも五年前に知り合った幼馴染みでもあります。でもそちらの女は… 特徴のないお顔のせいかしら、見覚えすらないですわ。あ、クローディア様に少し似てる? エルイング様目当ての凡百な女生徒達の中にいらしたかしら? いたかも?」


 いや、いないし。

 悪かったな特徴の無い顔で。


 なんて考えてたら、


「ユーリィ嬢は恋人じゃないですし。こちらのセーラが僕の恋人で婚約者です」


 エルイングがきっぱり宣言した。

 突っ込みたい箇所はあったものの、ややこしくなるので黙っておく。


「ついでに言うと"たった一人の"幼馴染みです」


 そう言ったエルイングはなんかちょっとドヤってた。

 そうして私を見返って、


「セーラの事、"出し抜けに現れた"だって。この人、面白い事言うね」


 面白いとか言いながら、目が据わっていた。

 そしてフッと息を吐いてわざとらしく緩く首を振り、


「まあ、仕方がないのかもしれませんね。どこぞの誰か様のせいで、真の恋人同士である所の僕らは数ヶ月もの間、非情にも引き裂かれておりましたので。学院の人達の認識がおかしかろうとも責められた事ではないのでしょう…」


 そう言いながら傷付いた面持ち&俯きがちにチラッと皇子殿下を見る。


 私と皇子殿下が思わず「お、おう…」とうっかりハモると、エルイングは絶対零度の眼差しを皇子殿下に向けた。殿下は一度ふいっと目をそらした後、小声で「…悪かった」と呟く。


 ありゃあ。


 皇子殿下、なんか雰囲気に飲まれて謝ってくれちゃいましたが、そいつ、約束反古のチャンスはあったのに自ら私への試し行為に邁進してましたよ。つーか、そもそも私が学院では他人の振りしろと………という真実は言わないでおいた。まぁ、皇子殿下から謝罪の言葉を引き出すチャンスなんか滅多に無さそうだし、いっかあ。


 とりあえず謝られた事で気をよくしたのか、エルイングは顔を上げた。そうして女伯を見下ろす。顔面蒼白になっている女伯に対し、エルイングは追い打ちをかける。


「ところで君。なんで僕と幼馴染みなんて主張してるんだ? 小指の先ほども覚えてないんだけど五年前に1回会っただけなんだよね? なんでそれで幼馴染みなんだよ。意味不明すぎて気味が悪いんだけど?」


 心底忌々しそうな顔をするので、女伯はますます顔色を真っ白にする。さすがに少し可哀想な気もしてきたけど、エルイングは汚物を見る目で見下ろし続けるだけだった。


 まあでも仕方ないかなと思う。


 黒姫さまのお陰で時間が戻ってユーリィ様は確かに生き返ったけど、私は彼女が一度死んでしまった事実を生々しく覚えているし。エルイングはエルイングで、女伯が私を誣告した事をしっかり覚えているわけだしね。


 一方の皇子殿下はエルイングが女伯に対して何故そこまで冷たいのか判らないみたいで、少しだけ小首を傾げている。殿下の印象としては、エルイングは女伯に対して、しつこくされて冷たくあしらう事はあっても基本的には無関心で、こんな風に過剰に嫌悪の態度をとるのは違和感があるんだろう。


 女伯はぶるぶる震えていて、悔しさと悲しみをない交ぜにした表情で見上げている。


 そんな中、


「セルバイス女伯よ」


 しばらく様子を窺っていた黒姫さまがようやく再び口を開いた。


「そなたは今回、"微弱な魔力"でユーリィを殺しかけた。だが特に殺意は無く、単なるイタズラのつもりであった。今回だけがイレギュラーな事態で、運悪くユーリィを殺しかけてしまっただけ。言わば事故のようなものであったのだと―――その事を私は充分理解しておる」


 だけど話の内容はまるで女伯を弁護しているかのようで、女伯もそう感じたのか、少しだけ顔色が戻る。


「あ、ありがとうございます。―――ただ、イタズラだなんて。私、そんな事しておりません。冤罪ですわ。そもそも私、魔力なんか持ってはおりませんもの。"微弱な魔力"すら」


 言いながら、何故だかクスッと小さく笑う。


「そなたは魔力を」

「持っていませんわ。子供の頃に二度も魔力判定を受けましたが、いずれも魔力無しの診断を受けました。たった今この場で魔力判定してくださっても構いません」

「そもそも判定を二度もやるという時点で怪しいのだがな」

「怪しかろうと、私は本当に魔力を持っておりませんもの」

「わかっておる」


 黒姫さまは面倒臭げに女伯に肯いた。


「そなたは魔力も神力も持ってはいない。まるっきりゼロだ」


(ええ!?)


 それを聞いて、私と皇子殿下はまたしても顔を見合わせる。


 今の今まで女伯は言い逃れようとしているだけだと思っていたのに、黒姫さまがその言い逃れを受け入れるとか、一体全体!? って、お互いの目で語り合っちゃったよ。

 

 なお、その様子を見たエルイングはチッと舌打ち。


(そういえば時間が巻き戻る前、捜査員に何かを報告された皇子殿下が「そんなバカな」とか「もう一度調べ直せ」とか言ってたけど。女伯が微力な魔力すら持ってないって結果が出たからだったのだろうか)


 案の定、時間が戻った後の殿下も「そんなバカな」と言って椅子から立ち上がり、


「納得がいきません」


 そう言って捜査員を呼ぼうとしたけれど、黒姫さまが止めた。


「いや、キャシュレットよ。この女の言っておる事は真実ゆえ。この女には本当に魔力はない。よって、"魔力隠蔽"などという罪状ではこの女は裁けんのだ」


 黒姫さまの台詞を聞くと、女伯は満足そうに大きく肯き、不敵な表情で笑う。


 え? え? えー? じゃあ、ひょっとしてこの女伯、なんの罪科もなくなっちゃうの? ユーリィ様いじめの軽い方、謝って赦してハイ終了だったらしいけど、女伯は? 軽い方のイジメと比べたら少々悪質でしたね、もっとじっくりしっかり頭を下げて謝りましょうね、ハイ終了! ―――とか、そんな感じ?


 ないわ。


 絶対ないし、そんなん、あり得ないし、無理。


 ものすごい不満感が湧き上がってきて、チラリと皇子殿下を見る。きっと私と同じ気持ちだろうと思っていたのに、どういうわけか皇子殿下は意外にも涼しい顔をしている。

 吃驚した。

 そりゃあ私と違って皇子殿下はユーリィ様の死を綺麗さっぱり忘れてるわけで、仕方ないかもしれないけどさあ。でもさあ…。

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